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 世界樹の迷宮を探索する冒険は、早くも『鎮守ノ樹海(チンジュノジュカイ)』の2Fへと進んでいた。
 そして今、冒険者達は……手際よく()()を起こして、魚を焼いては頬張(ほおば)っていた。(まき)をくべながら、フリーデルは改めて今日の仲間を見渡す。
 魔物がひしめく迷宮内とは、とても思えない。
 仲間達は皆、リラックスして樹海魚(じゅかいぎょ)の塩焼きに舌鼓(したづづみ)を打っていた。
 特に(にぎ)やかに語らうのは、ナフムとノァンだ。
 食べるか喋るかどっちかにして欲しいと思ったが、黙ってフリーデルは手近な枝へと樹海魚を刺して塩をふる。淡水魚特有の淡白な白身ながらも、適度に引き締まって脂も乗っている。こういう素材はシンプルに塩だけをふるのが、味の調和を完成させるコツだ。

「ふが、ふぐぐ……ゴッキュン! ナフム、やっぱしアタシがあれをやっつけるです!」
「いやまてノァン。ありゃ、力押しで行っても駄目なタイプだな。いくらノァンでも……因みに聞くけどよ、どうするつもりだ?」
「グッと力を貯めて、ダーッと全速力で走って! ドッカーンと思いっきり殴るです!」
「まあ、ノァンらしいっちゃーらしいが……それは作戦って言わないわなあ」

 二人が相談しているのは、この先の広場にいる巨大な魔物のことである。通路いっぱいを占める大きな芋虫(いもむし)の魔物が、何匹もうろうろしているのだ。試しに戦闘を試みたものの、まったく歯が立たない。
 魔物が強いのもあったが、怪力無双のノァンが意外に戦力にならないのも一因だ。当たれば一撃必殺の拳を、彼女は完全に持て余している。


 そして、それ以前に微妙に戦力どころか微力にもならない、努力も協力も微妙な二人がいる。フリーデルはそんな同族のルナリア二人組を振り返った。
 そこには、焼きたての樹海魚を手にしたニカノールとフォリスが並んで座っている。

「え、このままかじりつくの? へー、ワイルドだね。……熱っ! はほ、ふふ、はふっふ! うん、美味しい。ちょっとお行儀が悪いけど、これは病みつきになるねえ」
「……ああ。味がするな。魚みたいだ」
「魚みたい、じゃなくてさ、フォリス。魚そのものだよ」
「そうか……」
「そうだよー」

 ニカノールは美味しそうに焼きたての樹海魚を頬張っている。その横では、どんより小さく丸まったフォリスが膝を抱えるようにもそもそ焼き魚を食べていた。
 この二人、共に屍術士(ネクロマンサー)なのだが……片や未熟、片や無気力で、共に戦力外である。
 ――まだ、今は。
 ニカノールが張り切って呼び出した死霊(しりょう)達は、全く言うことを聞かない。そして、フォリスはこちらがなにかを言わない限り自分から動かない。だが、不思議と二人は意気投合したようで、ニカノールの言葉で少しずつフォリスは進んで冒険に参加するようになった。フォリスもまだ修行中の身だそうだが、ニカノールに彼がアドバイスをすれば、少しだが戦闘や道中での死霊達も動きがよくなった。
 それでも、例の芋虫の化物がいるため先に進めないのだ。
 そして、相変わらずナフムとノァンは次々と魚を焼きながら議論を尽くす。
 論点はどこまでもずれてゆくが、二人は真剣に瞳を輝かせていた。

「芋虫なあ、地域によっては食うらしいけどな! 貴重なタンパク質だしよ」
「美味しいですか!? 芋虫だからやっぱり、お芋の味がするですか!?」
「その発想はなかったぜ、ノァン! ……ありうるな。じゃあ、ほくほくに蒸してバターか」
「アタシの知ってるお芋は、落ち葉で焼くです! あれ? お芋を焼いたことないのに、そゆ記憶があるです!」
「それともあれか? すり潰してとろろに……そういうタイプの芋かもな!」
「それ、知らないです! どゆ芋ですか!? アタシ気になるです!」

 駄目だ、早くなんとかしないと。
 とはいえ、八方塞(はっぽうふさ)がりでフリーデルも自分の考えをまずは整理する。
 次の3Fへと向かう階段は見つからないが、フロアの広さからして西側がまだまだ探索不十分だ。未だ踏破(とうは)し終えぬ空白地帯のどこかに、上への階段があると見ていい。
 だが、どうしても件の巨大芋虫が邪魔になる。
 そして、フリーデルが考えているのは『どうやって倒すか』ではなかった。

「ふむ……どうにかしてやり過ごせないものかな。あれは……なにかもっと観察することで、少しでも情報が――」

 思案に沈むあまり、独り言が口をついて出る。
 せっせと仲間達に魚を焼いてやりながらも、フリーデルの脳裏で思考が高速回転していた。
 先に進むのが目的であって、芋虫の駆除はその手段でしかない。
 で、あれば……他の手段というのは考える余地がある(はず)だ。
 そう思っていると、不意に背後で声がした。
 気配は感じなかったが、振り返ればルナリアの少女が立っている。鎖をあしらった黒いローブは、どうやら屍術師のようだ。十代半ば、それもかなり幼く見える少女は、笑いながら一同の輪に加わってくる。

「こんにちは! わぁ、お魚美味しそう。私も御馳走(ごちそう)になっていい? あ、これあげるねー! 樹海ベリー。あっちに沢山自生してたから」

 少女はリリと名乗った。
 そして、(あさ)で編んだ(かご)にいっぱいの樹海ベリーをフリーデルに押し付けてくる。流れに押されて受け取った時には、もうリリはニカノールとフォリスの間に収まっていた。
 人のいいニカノールが、なんの警戒心もなく焼き魚を渡してやる。
 (いぶか)しげに思うフリーデルをよそに、リリは小さな口で焼きたての樹海魚を食べ始めた。

「んー、美味しいっ! そうだ、お兄さんたちは私と同じ屍術師だよね。……ちょっと上手くいってない感じ? 貴方(あなた)、貴方はええと――」
「僕はニカノール、こっちはフォリスだよ」
「私はリリ、よろしく! で、ニカノールは……ちょっとまだ、死霊さんのコントロールが自信なさそう。呼びかけに応じてくれたんだから、もっと頼ってもいいんだよ? ガンガンして欲しいことを伝えなきゃ」

 素直に感心しているニカノールに微笑み、リリは次にフォリスを指差す。

「それと、貴方! そう、フォリス! フォリスは、きっと戦いに術と死霊を使うのは慣れてないのね。大きな街では葬儀屋(そうぎや)みたいな仕事の方が多いけど、世界樹ではもっと実戦的な術を優先しなきゃ。……でも、おっかしーなあ」
「……そ、そうか。覚えておく」
「んー、フォリスはなんだか、凄く大きな術を使ったことがある? なんだか、まだフォリスの回りの空気が(よど)んでるから。ちょっとだけ、名残が感じられるんだけどなー」

 フリーデルはちらりと視線を走らせた。
 リリが敏感に察したのは、恐らくフォリスが使ったという禁忌(きんき)の術のことだろう。
 そして、その結果として生まれた成果物は……あんぐり大口をあげて焼き魚を丸呑(まるの)みにしていた。
 ちょっと説明しても説得力を生み出す自信がなくて、フリーデルは敢えて言及を避ける。
 だが、楽しそうに樹海魚を食べるリリもまた、幼くとも一人前の冒険者なのだろう。この世界樹の探索を許された者にとって、性別や容姿、年齢などは意味を持たない。実力が全ての秘境では、その日にアイオリスの街へ帰れた者が勝者だ。そして、そうでないものは敗者として忘れ去られてゆく。
 ふと、フリーデルはリリへと二本目の焼き魚を渡しつつ話しかけた。

「そうだ、リリ君。この先に大きな芋虫の魔物がいるんだけど……」
「あー、倒せない?」
「うん。そして、倒すことなく済ませられないかなと思ってる。なにか知ってる情報があれば教えてくれないかな。もちろん、俺達もタダとは言わないし十分にお礼をするつもりだ」

 リリは大きな目を瞬かせたあと……にんまりと笑った。
 それは不思議と、あどけない童女とは思えぬ深い笑みだった。

「お礼ならもうもらってるよ、食べてる! 美味しい! ……あと、倒さず済まそうっての、スマートで好きだなあ。んとね、よーく芋虫さんを見てみて? あの魔物は、決められた場所だけを行き来するタイプなの。ああいう、周囲の魔物とは別に縄張りを作って陣取ってる魔物は強いから、要注意だよっ!」

 それだけ言うと、リリは立ち上がった。
 二本目の焼き魚を「これは相方(あいかた)にもらってくね!」と、手にしたまま去ってゆく。一度だけ振り返って手を振る、その姿は確かに可憐なルナリアの少女にしか見えない。
 だが、フリーデルには先程の大人びた、どこか老成した笑いが気になった。
 ともあれ、ヒントを得たことで午後の方針が固まった。フリーデルは改めて、(はや)るノァンをなだめるようにフォリスに頼み、自分もナフムを抑える役を買って出る。ニカノールには地図を任せて、再び五人は探索を再開させるのだった。

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