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 半人半魔(はんじんはんま)の血を持つスーリャは、傷の回復も早い。今では普通に暮らせるようになったが、冒険者という新しい仕事に彼女は戸惑っていた。
 ギルドの仲間と協力しての迷宮(ダンジョン)探索、そして共同生活も驚きの連続だった。
 そのことでスーリャは、自分の無力さを知って少し落ち込んでいた。
 だが、そんな自分にもとても優しい少女がいる。

「助かりましたわ、スーリャ様」
「そ、そうだろうか。私は……役に立っているか?」
「ええ、とても」

 ワシリーサの笑顔をすぐ間近に見下ろし、スーリャは不思議な気持ちに胸をざわめかせる。今まで暗殺で成功を重ね、始末屋として実績を積み上げてきたが……こんなに気持ちがゆるやかになることはなかった。
 そして、ふと思う。
 命の恩人である、ノァンが見せてくれる笑顔もスーリャの胸中をざわめかせると。
 今日のスーリャは失敗続きだった。まきりと厨房(ちゅうぼう)に立てば、料理になる前に肉も魚も台無しになってしまう。シバが張り切って洗濯を教えてくれたが、上手くできなかった。あづさは焦らずおやりと笑ってくれたが、こんなに自分が戦力になれないのは初めてだった。

「スーリャ様が荷物を持ってくださったので、買い物がとても楽でしたの」
「なら、よかった。……私には、これくらいしかできない」
「ふふ、わたしも同じです。できることは少ない……でも、やれることもあるし、なにかしたいのです。皆様のために……ニカ様のために」
「そういう、気持ちも、あるのか……不思議だ」

 ワシリーサは今日、できる仕事が一つもないスーリャに声をかけてくれた。それでこうして、野菜や肉が入った(かご)を両手で抱えている。なるほど確かに、大量に買い込んだのでワシリーサの細腕では重いかもしれない。
 彼女は、地下の研究室に閉じこもってしまったシシスを心配しているのだ。
 同時に、彼女に半ば拉致(らち)されるように連れ去られたフリーデルとカズハルも。

「なにか温かいもの、スープなどどうでしょうか。でも、わたしも料理はまだ……スーリャ様、手伝っていただけますか?」
「わ、私は、料理は、その……すまない、ワシリーサ」
「一緒にやれば大丈夫ですわ。それと、ワーシャと呼んでくださいな」

 ワシリーサは不思議な少女だ。スーリャとはまるで真逆で、なにもかもが正反対である。恵まれた家に生まれ、死ぬまでを定められて生きる生贄(いけにえ)の少女。そして、その宿命を悲観するどころか、受け入れている。嬉しく思って大切にしてる節すらあった。
 呪われた身で生まれ、負の感情しか知らないスーリャには(まぶ)し過ぎる。
 だが、ワシリーサという光はスーリャを()くのではなく、静かに温めてくれるのだ。
 ジェネッタの宿に戻ると、すぐにワシリーサは行動を開始した。

「料理も二人でゆっくりやれば、きっと成功します。なので、それまでシシス様達には果物を差し入れておきましょう。確か、大きな青いオレンジを買ったので、それを」
「あっ、そ、それは……私が、持とう。やはり、ワーシャには重い」

 両手で沢山の果物を抱えようと、ワシリーサは一生懸命だ。不思議とスーリャは、それを見ると支えたくなる。報酬も難易度も考えずに行動したくなるなど、生まれて始めてだった。
 二人は、以前は物置だった宿の地下室へと降りる。
 ドアを開けると、そこには惨劇が広がっていた。

「フレッドさん……今日、何時ですか? 確か、連れ込まれたのが」
「もう、三日も、寝てない……カズハル、君だけでも、逃げ、ろ……」

 フリーデルとカズハルが、互いに作業台に突っ伏していた。
 何事かと思わず、敵の存在を案じてスーリャは身構えてしまう。そんな中、真っ先にワシリーサは二人に駆け寄った。
 スーリャも驚き目を瞠る。
 冒険者としてはそれなりの手練(てだれ)が、憔悴(しょうすい)仕切って戦闘不能の状態に見えた。
 ワシリーサの心配する声に、二人は疲労に濁った目を眠そうに擦る。

「あ、ワーシャさん……ええと、こんばんは? 今、まだ夜ですよね? ……え? 違う?」
「やあ、ワーシャ。ちょっと、シシスに強制労働をさせられていてね。冒険の方はどうだい? それと、ああ、そう。なあ、シシス! そっちの作業はどうだい? そろそろ俺達も限界だよ」

 ワシリーサがオロオロする中、スーリャはフリーデルの(うつ)ろな視線を目で追う。研究室の奥には、暗がりの中でなにかが(うごめ)いていた。暗殺者として鍛えられたスーリャの瞳は、瞬時に人影の輪郭を捉える。
 あれは確か、自称錬金術師(アルケミスト)のハーフルナリアだ。
 だが、ゆらりと振り向く彼女の隣に……硝子(がらす)(ひつぎ)に入れられた少女が眠っている。

「あら、ワーシャ! いいとこに来たわね。天才錬金術師の最高作品が今、生まれるわ! フレッドもカズハルも、とてもいい仕事をしたもの。やればできるのね、うんうん」

 フラフラしてるが、何故(なぜ)かその人物……シシスは得意げである。
 そして、彼女は硝子の棺が無数に広げるコードやケーブルを手繰(たぐ)って、大きなレバーをガチャン! と降ろした。
 瞬間、大量の電力が青白いスパークで周囲を照らした。
 そして、眠り姫のような少女が(まぶた)を開く。硝子玉のような瞳に、スーリャは人間の生気をまるで感じなかった。それもその筈……よく見れば、彼女は機械でできてる。
 (まばゆ)い光の中、フリーデルとカズハルはオレンジの皮を向きながら溜息(ためいき)(こぼ)す。

「あー、これで解放される。ミクロン単位の金属加工なんて久しぶりだったから」
「カズハル、君はまだいい。俺なんか、三日三晩ずっとコーディングだ。術式の制御とアレンジ、そして何百回というチェック……しかも、シシスの仕様書は滅茶苦茶だったぞ」

 もはや乾いた笑いしか出ない二人とは裏腹に、シシスは気味悪くフフフフフと肩を揺すっている。そして、機械仕掛けの少女は裸でゆっくりと床の上に降り立った。
 声もまるで、楽器のような響きだった。

「おはようございます、お母様」
「やったわ! 成功よ! ほらっ、フレッド! カズハルも! ちょっと、喜びなさいよ! そして、(たた)えて。褒め讃えて! 私を!」
「フレッド……正式名称、フリーデル。わたしの、お父様」
「……へっ?」

 硬直するシシスを尻目に、機械人形はガチャガチャと近付いてくる。無意識にスーリャは、背にワシリーサを(かば)ってしまった。
 だが、白磁(はくじ)のような人形はフリーデルとカズハルのところまで来て、無表情で(つぶや)く。

「お父様、それと……ん……まあ、それで。じゃあ、カズハル」
「ちょっと待ってよ、ねえ? 俺もすっごく君を作るのに協力したんだよ? なに、じゃあって。それでって。しかも呼び捨て」
「名称の登録をお願いします。制作されてる最中の記憶を辿(たど)ると、お母様のネーミングセンスは常人比マイナス47%。よって、お二人に命名の権利を(ゆだ)ねるぞい」


 なんだか妙だ。凄く、おかしい。
 だが、特に感慨もなさげにフリーデルは、プルプルと震える手で彼女を指差した。

「ロジカル・コンポーネント・オートマトン第一号……略して、ポン子。それより……寝せてくれ」
「登録完了、個体名を以降はポン子として活動します。おねむですね、お父様? ベッドに運びましょう」
「いや、ちょっと……今、(あらが)う力も出ない、から……こら、やめろって、おおい」

 ポン子と名付けられた少女は、ヒョイとフリーデルを抱えて行ってしまった。呆気(あっけ)にとられるシシスが、目を丸く瞬かせる。
 だが、そんな時でもワシリーサだけが平常運行だった。

「まあ……もう一人分、多くスープを作らないといけませんね。お口にあえばいいのだけど。ね、スーリャ様?」
「えっ? あ、ああ……その、なんだ。私は……ここでは、特殊ではないんだな」
「ふふ、ギルドの仲間はそれぞれが特別ですわ。さ、料理に取り掛かりましょう」

 スーリャは改めて知って、何故か少し心が楽になった。
 ここには、夢魔(むま)の宿った少女もいれば、トミン族の少年も呪術師育ちの自称歌い手、そして記憶喪失の助平(スケベ)老人もいる。なにより、死体人形とコシチェイ家の御曹司(おんぞうし)、死人コンビがいるのである。
 少しでも皆に馴染みたいと、改めてスーリャは思うのだった。
 因みに、不揃い野菜のグダグダスープ 〜 ワシリーサの笑顔を添えて 〜 を飲んだカズハルは、よほど疲れていたのかガチで感涙して事情を語ってくれた。シシスが迷宮探索の補助用に制作した機械人形(オートマトン)は、こうして新たな冒険の仲間に加わるのだった。

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