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 世界樹の迷宮、最上層……かつて原初の闇が支配していた玄室(げんしつ)。その奥に、天へと向かって伸びる光があった。それがさらなる上層に続く移動装置だと、もうニカノールは知っている。それは隣に立つノァンも同じ筈だが、緊張に胸が高鳴った。
 これより先は、星の海を渡るきざはし。
 不安もあったが、探究心と好奇心は抑えられない。
 それは、我先にと装置に向かう三人娘たちも一緒だった。

「おい、チェル! 来る時にも何回か使ったけどよ……こりゃ、凄えな」
「触るとピカーッ! ってなって、フワワーッ! って次のフロアに飛べるんだよね」
「二人とも、あまり勝手に触らないで頂戴(ちょうだい)。……これがおばあちゃまの言ってた、エレベーターとかいうものなのかしら」

 今日もラチェルタとマキシアの弾丸コンビは元気いっぱいである。保護者を気取るレヴィールも、今日ばかりは興奮を隠しきれないようだ。
 結局、最後の旅の最初の仲間は、この三人に決まった。
 本人たちの強い希望もあったし、誰もがあの決戦の功労者に道を譲った形になる。それはニカノールにとっても、とても嬉しい話だった。やはり、彼女たち三人のドキドキとワクワクは、なによりも冒険者としての資質を物語る才能なのだから。
 そんなことを考えていると、不意に背後で声が響いた。

「手間をかけさせるな、ギルド・ネヴァモア。そして、ギルド・トライマーチ」

 振り返るとそこには、普段通りのマント姿で、フードを目深く被った少女の姿があった。
 今回の壮大なミッションの依頼人、アルコンである。
 彼女は、この星の人間ではない。
 ひょっとしたら、人間ですらないかもしれない。
 かつて、この星が死に絶えつつあった時、彼女は星の海より降りてきた。そして、世界を再生させるために七本の世界樹をもたらしたのである。
 世界樹は破壊された環境を癒やし、この星に根付いた。
 同時に、その(ふところ)に原初の闇を封じて眠らせたのである。

「手短にだが、説明させてもらう。ニカノール、そして冒険者たちよ。まずは、改めて礼を言わせてもらおう。本当にありがとう」
「いいさ、僕たちも随分アルコンには助けられた。これはその恩返しでもあるし、なにより僕たちは冒険者だからね。未知と神秘のあるところ、必ずそこに冒険あり、だよ」

 三人娘もうんうんと大きく(うなず)く。
 そして、先程からウズウズと待ちきれぬ様子のノァンも声をあげた。

「アタシはアルコンのこと、助けてあげたいのです。それに、うちゅー、とかいう場所も見てみたいし、スゥやワーシャにも見せてあげたいのです」
「宇宙、それは遠い未来……(なんじ)ら人類が、生活の場とする場所。今は遠きフロンティア」
「空気がないって本当ですか!? アタシは死体だけど、息ができないと困るです。それに、地面がないのにどうやって歩いていくですか? ……星の海だから、泳ぐですか!?」

 ノァンの矢継ぎ早の質問に、アルコンが小さく笑った。
 こんな優しい表情もできるのかと、少しニカノールも(ほお)(ほころ)ぶ。
 アルコンはフードを脱ぐと、頭髪にも角にも見える光を広げる。それはまるで、牡鹿(おじか)や竜のように雄々しく、珊瑚(さんご)や宝石のような輝きに満ちていた。
 本来の姿を(さら)したアルコンは、そのままマントも脱ぎ捨てる。
 いよいよ、アルコンの生まれた母星への旅が始まるようだ。

「ニカノール、本来ならば……私の同胞が船で迎えに来る筈なのだ。しかし、何度通信を試みても、船からの応答がない」
「それは、心配だね」
「私たちは言うなれば、宇宙へ種を蒔く種族。無限に広がる銀河の、果ての果てまで生命を運ぶことを使命としている。しかし、その活動が今、一つも探知できないのだ」

 僅かにアルコンが表情を陰らせる。
 感情の起伏に乏しい印象だが、美しい顔立ちが悲しみに染まるとニカノールも胸が痛んだ。だが、ラチェルタやマキシアが左右からアルコンを挟んで、バシバシとその背を叩く。

「ママが言ってたよ、アルコン! 便りがないのはいい便り、だってさ!」
「そうだぜ、アルコン! オレたちが送り届けてやっからよ……心配すんなって! きっとあれだ、故郷で祭でもあるんじゃねえか? 大丈夫、みんな待ってるぜ! アルコンをな!」
「汝らは……ふふ、ありがとう。気を使わせてしまったな。とても嬉しい言葉だ」

 アルコンは少し元気を取り戻すと、例の装置に向かって歩き出す。
 そっと彼女が手をかざせば、ヴン! と(うな)る光の柱が(まばゆ)く輝いた。
 準備が整ったようで、ニカノールも思わず身構える。
 だが、ふと振り向いたアルコンが、不思議そうに小首を傾げた。

「そういえば、ニカノール。あのコッペペとかいう男は、どうしたのだろうか」
「ああ、コッペペ」
「彼は何故(なぜ)、熟慮も黙考もせず、私の願いを聞き入れてくれたのだろうか。ここから先は危険な旅だ。遠い昔、まだ私たちの始祖の時代に使われていた道だからな。今は船での行き来が主流となり、閉鎖されて久しい回廊だ。勿論(もちろん)、危険な魔物も無数に存在する」

 言おうかどうか迷ったけど、ニカノールはバツが悪そうに口を開く。

「その、コッペペね。昨日の夜はまあ、みんなで出発の前夜祭だって盛り上がっちゃって」
酒宴(しゅえん)か、ふむ」
「それで、どうも飲み過ぎたらしくて……動けなくなっちゃって」
「二日酔いと呼ばれる症状だな」
「そういう訳で今、寝込んでる……ごめんね」
「いや、いい。ただ、少し気になる人物だっただけだ」
「どうして彼が二つ返事で引き受けたか、それは彼自身に聞いてみてほしい」

 頷きつつ、アルコンはじっとニカノールを見詰めてきた。

「汝には、その理由がわかっているようだな」
「だいたいはね」
「わかった、では後日コッペペに確認しよう」
「その方が彼も喜ぶよ。よし……じゃあ、行こうか」

 それは、とても単純な理由だとニカノールは思う。
 そして、それだけを判断基準にして生きてる、コッペペという男のことを凄いと尊敬するし、(あき)れもする。記憶を失って尚、冒険者として生きてきた彼の気概や挟持は、話に聞いた過去と全く変わっていない。
 デフィールやクラックスから、人となりは聞いている。
 大の女好きで、かわいい女の子の頼みは絶対断らないのがコッペペという男なのだった。
 そのことを心の中に留め、ニカノールはアルコンと一緒に一歩を踏み出す。
 あっという間に、周囲の風景が光に飲み込まれ、さらなる光を溢れさせた。

「わあ……ニカ! ニカニカ、ニカッ! これが、うちゅー! 凄いです、うちゅー!」

 真っ先に声をあげたのは、ノァンだった。
 ニカノールも言葉が出てこず、ただ曖昧に「ああ、うん」と返すしかできない。
 そこには、見渡す限りの大海原が広がっていた。どこまでも濃密な闇が、無限の彼方へと向かって果てしなく続いている。そして、闇があるからこそ星々が光となって(またた)いていた。見上げる夜空よりもずっと近い距離に、数多(あまた)の星が様々な色で(きら)めいている。
 極彩色に彩られた、それは星の海を渡る回廊だった。
 すぐに、浮かれてラチェルタとマキシアが飛び出す。


「うおお、すっげーぜっ! チェル! こいつぁすげえ! ……へへっ、また始まっちまうぜ。オレの、オレたちの伝説がよぉ! たまんねな、おい!」
「うんっ! 行こうっ、マキちゃん! 競争だよっ、よーいどーん!」
「あっ、こら待て! ずるいぞチェル!」
「あははっ、マキちゃん隊員、我につづけーっ! ラチェルタ探検隊、しゅっぱーつっ!」

 元気よく二人は、駆け出していった。
 そこは回廊といっても、複雑に入り組んだ迷宮を思わせる。足元は見えない床があり、所によっては星屑(ほしくず)が散りばめられていたり、剥き出しの岩盤が浮いている。
 そう、ここは世界樹の迷宮、最後のダンジョン……その奥に二人の少女が見えなくなった。バツが悪そうにレヴィールが、溜息(ためいき)(こぼ)しながら振り返る。

「すみません、ニカさん。あの二人、また……アルコンもノァンも、ゴメンね」
「ああ、いいよレヴィ。これ、いつものアレじゃない? すぐ戻ってくるよ」
「そうなんです……いつものアレですよ。もぉ、なんで学習しないのかしら。ふふ、でも二人とも、とても楽しそうだった。逃げ足は速いし、大丈夫だと思いますけど」

 レヴィールが苦笑する側から、悲鳴が響いた。
 そして、必死の形相でラチェルタとマキシアが戻ってくる。全力ダッシュで逃げてくる。その背後に、見たこともない異形の魔物が牙を向いていた。
 すぐにニカノールはアルコンを下がらせると、ノァンと共に戦いへ飛び出すのだった。

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