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 巨大な人喰い植物、大いなる花獣は倒された。
 そして、ビルギッタは無事に子犬のライカと再会し、マギニアへ帰っていった。
 ジルベルトたちは奥にある樹海磁軸(じゅかいじじく)から地上に出る。小さな迷宮(ダンジョン)は、このレムリアの島々を繋ぐ地下通路になっていたようだった。
 (すで)にもう、別ルートで渡ってきた冒険者たちがベースキャンプを開いている。
 例の不思議な死体を連れたまま、一同は医者を求めてベースキャンプへと歩を進めた。

「あの、そちらの方は怪我人ですか? よければ僕に()せてください」

 すぐに白衣姿の少年が駆けてくる。まだ若い、ジルベルトよりも年下に見える小さなメディックだ。どこか頼りないが、よく見ればつい先程見知った顔だった。
 真っ先にまひろが少年を指差し「あっ」と声をあげる。

「さっきの弱い子です!」
「こら、まひろ。ほら、指ささないで」

 ジルベルトはまひろをたしなめつつ、駆け寄ってくる少年に遺体を引き渡した。
 そう、先程マギニアの広場で巨漢の冒険者に絡まれていた少年である。彼はマッフ・モッフと名乗り、すぐにその場で死体を検分し始める。
 その時にはもう、物好きな冒険者たちが周囲に集まりつつあった。
 マッフはすぐ、その奇妙な死体の異常性に気付いたようだった。

「変ですね……死んでるにしては、そこまで冷たくなってない。死後硬直もないみたいです」
「あの、こういう状態で何百年も……っての、信じてもらえますか?」
「えっ? いやあ、そういうのは前例がないですけど」

 ジルベルトの言葉にマッフは考え込む様子を見せつつ、テキパキと呼吸や心音、脈などを調べてゆく。どこかまだあどけなさも感じる顔立ちだが、メディックとしての腕は確かなようだった。

「ちょっと、例えて言うなら……動物の冬眠みたいな感じじゃないでしょうか」
「さっきの迷宮に、まるで埋もれるようにして倒れてたんです。植物の茂り具合からして、かなり長時間遺棄されてたようで」
「だとしたら、やっぱり変ですね。腐敗も全然進んでないですし」

 周囲がだんだん賑やかになってきた。
 カラブローネは真っ先にぬるりと人混みから逃げて、今はエイダードやヴァインとなにやら話し込んでいる。まひろの怪我はリベルタが応急処置をしてくれているが、やっぱり彼女の傷の治りは驚くほど早かった。
 そして今、ジルベルトは改めて死体を見下ろす。
 血色の悪い白い肌は、確かに死者の冷たさとは少し違う気がした。
 そんな時、不意に静かな声が背後を通り過ぎる。

「おや? これはもしや……先生、ちょっと見てください。僕の御同輩(ごどうはい)、ではないようですが」

 ジルベルトが振り向くと、そこに背の高い騎士が立っていた。
 その姿に驚き、慌ててそれを隠しながら会釈(えしゃく)を交わす。
 騎士の男は、機械の身体だった。金属と樹脂で精密に組み上げられた、機兵だったのだ。確か、南のアーモロードと呼ばれる土地には、深都という海底都市があるという。そこには、機械の肉体を持つ民が住んでいると以前本で読んだことがあった。
 その機兵の男は、穏やかな紳士の微笑で背後を振り向く。
 再度、彼は先生と呼んで自分の連れを呼び込んだ。


「先生、マイカ先生……これは医者よりも先生の出番ではないでしょうか」
「んー? どしたい、イング君。なにか面白いものでもあるのかな?」
「我らアンドロとは少し違うようですが、雰囲気が少し」
「ふむ、どれどれー?」

 メガネのブリッジをクイと指で押し上げながら、美貌の麗人が現れた。錬金術師(アルケミスト)(たぐい)にも見えるが、彼女は例の死体を見るなり瞳を輝かせる。
 彼女はジルベルトに手早くマイカと名乗り、エトリアの遺都シンジュクから来た技術者だと説明してくれた。因みに、お供の騎士は弟子のライトニングというらしい。

「んー、妙だね。死体というには綺麗過ぎる」
「で、ですよね」
「とりあえず、お姫様のキスで目覚めるとか? そういうのだったりしてねえ」

 ニヤリとマイカは笑ったが、その冗談に彼女自身の目は全く笑っていなかった。澄んで透き通った眼差しは、つぶさに死体を観察してゆく。
 ジルベルトも、謎が深まる死体を前にゴクリと思わず喉が鳴る。
 まひろがハイハイ! と手を上げたのは、そんな時だった。

「じゃあ、わたしがキスしてみます! や、やれます!」
「いいから、ちょっと黙っとき……あんた、話をややこしくしちゃうからさ。あとほら、包帯巻くから! 動くなっての」
「リベルタもキスしてみますか? ジルも、みんなで協力すれば生き返るかもです」
「んなわけないよー、多分ね。って、ありゃ? 傷口が……ほぼほぼ、塞がってる?」

 まひろは大人しくリベルタの手当を受けてるが、その瞳には切実な光が揺れていた。先程からずっとそうなのだが、彼女の言動は少し奇妙で、ともすれば危なっかしい。何故、なにかに追い立てられるように全てを救おうとしてしまうのか。
 そんなことをぼんやり思いつつ、キスはないなとジルベルトは腕組み唸る。
 マイカは一同を見渡し、マッフに少し離れるように言った。

「まあ、ここじゃ機材もないしねえ。けど、ちょっと試してみていいかい?」

 マイカは居並ぶ面々の中で、何故かジルベルトを真っ直ぐ見詰めて同意を求める。意外だったが、もしまだできることがあるならと思えば、自然とジルベルトは頷きを返した。

「どれ、じゃあ……小さく、弱く、絞って……(またた)くように、(ひらめ)く程度に」

 そっとマイカが、遺体の胸に手を当てる。
 次の瞬間、パチン! と小さな光が弾けた。
 稲妻(いなずま)というには小さくて、(いかずち)とまでもいかない電気の躍動だった。一瞬にも満たぬ短時間、マイカの占星術が死体に電気を通したのである。
 そして、信じられないことが起こった。
 ビクン! と震えた死体は、ゆっくりと(まぶた)を開いて目覚めたのだ。

「そ、蘇生した! え、ちょ、ちょっと待って下さい! だって、脈も鼓動もまだ」
「私の専門じゃないけどねえ、メディックの少年。微量の電流によるショックを与えてみたんだ。心肺停止状態にも、時と場合によってはこういう対処があるけど」
「え、ええ……でも、この人……心臓、動いてないですよ」
「そりゃ、身体に備わってないものは動かしようがないんじゃないかな?」

 謎めいたことを言って、マイカは挨拶もそこそこに去っていった。後を追うライトニングも、慇懃(いんぎん)(こうべ)を垂れて礼儀正しく行ってしまう。
 そして、ジルベルトは見た。
 妙に整い過ぎてて、全く印象を与えてこない顔の男が……自分を見ていた。
 僅かに目を細めた双眸が、真っ直ぐジルベルトへと視線を注いでいるのだった。

「と、とにかく、えっと、どうしよ……師匠、ちょっと来てもらえますか!」

 驚きつつも、ジルベルトはすぐに冷静な判断力を取り戻す。できれば助けてやりたいとは思っていたし、駄目でも埋葬まで面倒見るつもりだった。
 だが、永い(とき)を超えて今……無貌の死体は眠りから覚めたのだ。
 パッとまひろが笑顔を咲かせて、その横でリベルタがあんぐり口を開けたまま固まっている。
 そして、ますます面倒だぞと顔に書かれたような表情で、カラブローネが歩み寄ってきた。そして、そんな師に割り込むように、マギニアの衛兵たちがやってくる。

「冒険者の諸君、そちらは犠牲者かね? 生きてはいるようだが」
「メディックがいるなら大丈夫そうだが、ふむ……見ない顔だな」
「どれ、ギルドの登録票を確認させてもらえるかい?」

 冒険者ギルドに登録を済ませている者であれば、登録票……通称ギルドカードを持っている。だが、目の前でゆっくり身を起こす青年には、そんなものはありはしない。
 ジルベルトが迷っていると、野次馬の冒険者たちの奥から矮躯(わいく)がゆっくり進み出てきた。

「ん、これ。よかったら使って。丁度、仲間を探すために何枚か貰ってあるから」

 小さなレンジャーの少女が、未記入の登録票を差し出してきた。そして、手短に手続きのことをアドバイスしてくれる。年下の女の子に見えたが、とてもしっかりした的確な言葉だった。

「あ、あの、衛兵さん。この人の登録票ならここに……ただ、急いでたんでギルドに出し忘れてたみたいで」

 勿論嘘だが、ジルベルトは咄嗟(とっさ)に言葉を連ねてみる。そして、目配せで頷いたカラブローネがフォローしてくれた。彼は一転して友好的過ぎる笑顔で衛兵たちにそっとエンを握らせる。

「ふ、ふむ! まあ、手続きが前後してしまったようだが、きちんと登録は済ませておくように。おい、行こうか」

 去ってゆく衛兵を見送れば、少し不自然な体勢でゆらりと例の死体が立ち上がる。体幹が見えない外側にあるような、操り糸で引っ張り上げられたような所作だった。
 だが、ジルベルトは内心で安堵して溜息をこぼす。
 この奇妙な青年は死体ではなかったし、どうやら事情はあれども生きている……すくなくとも、響かせる鼓動がなくとも無事に生きているようだった。

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