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 世界は驚きに満ちている。
 謎と神秘の群島、レムリア……足を踏み入れた冒険者たちは皆、懐かしい違和感に戦慄さえ感じた。数多(あまた)の危険が(ひそ)む迷宮に、不思議な既視感(デジャヴ)を感じたからである。
 どこかで見た道、歩いた道。
 未知なる道のはずのそこを、覚えて入るものは少なくなかった。

「うーん、なんだろ……あと、あのレオって人と、謎の(いばら)の床と、あと、でっかい鳥?」

 腕組み唸るジルベルトは、迷宮のことを考えて余念を消し去ろうとした。
 今、彼女は友人たちと共にマギニアの街を歩いている。気が進まないまま、(なか)ば強引に連れ出された追尾行である。
 これには訳があった。
 いい天気で散歩日和だし、今日はギルドの休息日でもある。
 そんな日に朝から、あのユーティスが個人的なことで外出したのである。
 ジルベルトは勿論(もちろん)、誰もが驚いた。
 そして、この有様である。

「ジル、見て見て。中央公園の方に行ったよ。やっべー、なにこれ……新展開!」
「おやおや、本当に珍しいことですね。心なしか、僕には足取りが軽やかに見えますよ」

 同行者のリベルタとライトニングは、やけに楽しそうである。
 逆に、ジルベルトはあまり気が進まなかった。
 気にならないといえば嘘になるが、人のプライベートへの干渉はマナー違反だという気持ちもある。そして勿論、説明不能なもやもやを心から遠ざけたい気持ちもあった。
 だが、そんなジルベルトを連れて、二人は物陰から物陰へとユーティスを追う。

「ねね、もう戻ろうよ? ユーティスだって、なにか個人的な用事くらいあるんじゃ」
「でもさ、ジル。アタシはこうも思うわけよ……あのユーティスだよ? なんか、悪い人に騙されてたりしたら、ってさあ」

 何故(なぜ)リベルタがちょっと嬉しそうなのか、全くわからない。
 ただ、確かにそうした心配はあって、ジルベルトの心を言い訳で支えてくれる。
 ユーティスは太古の文明から蘇った、人ならざる異邦のエージェント。それ(ゆえ)か世間に疎く、コミュニケーション能力も決して高いとはいえない。誠実で真面目だが、あまりにも純真で無防備な一面があった。
 そう思えば、追いかけずにはいられない。
 そんなことを自分に言い聞かせていた、その時である。

「……ん? あれ、えっと……君、も? いや、なにやってるのかな、って」

 ふと視線をスライドさせると、先を急ぐリベルタとライトニングを、(たる)の影から観察する眼差しがあった。ジルベルトたちと同じくらいか、やや年下の少年だ。
 身なりの良さはどうやらプリンスのようで、彼も視線に気づくとペコリと頭を下げた。

「ど、どうも、こんにちは。お姉さんこそ、なにを」
「あ、いやあ……なんと説明していいか」
「僕の名はアルサス、ええと、まあ……ド田舎(いなか)貴族の息子です」
「そっか、私と似たようなもんだね。よろしく」

 境遇が似てるせいか、不思議とジルベルトはこの少年への警戒心を引っ込めた。怪しいことには怪しいのだが、それは同じことをやっている自分もしかりである。
 そして、そそくさと影から影へ移動するリベルタたちを追えば、アルサスもついてきた。


「実は、僕の……そう、僕のメイドがですね、ちょっと不思議な動きを」
「不思議な動き? ……掃除中に突然タップダンスを踊り出したとか?」
「……だったらまだ、僕も落ち着いていられます。小さい頃から、不思議な人だったので」

 妙な話になってきたぞと思ったが、渋々ジルベルトはリベルタたちを追う。
 もう(すで)に、リベルタとライトニングは名探偵とその助手になって、トンチキな推理を繰り広げながらノリノリで尾行していた。
 さらに、アルサスの話を聞けば奇妙な一致が感じられた。
 彼の話はまるで、自分のメイドが人ならざる謎の存在だと言わんばかりなのである。

「とても優しくて気の利く人なんですが、その……」
「ちょっと、世間とズレてる? 時々、なんだか話がおかしい?」
「そう、それです! ……なんでわかるんですか、ジルベルトさん」
「ジルでいいよ。んとさ……なんか、凄い嫌な予感がするんだけど」

 そうこうしていると、壁に背をピタリと貼り付けたライトニングが、笑顔のウィンクで(くちびる)に人差し指を立てる。
 この角を曲がれば、マギニアの中央公園に緑が広がっていた。
 今も親子連れや老夫婦が散歩をしてたり、休日を満喫する冒険者で賑わっている。
 その中を歩いていたユーティスは、日当たりの良いベンチの前で脚を止めた。
 そして、ジルベルトたちも呼吸を止める。
 心臓だって止まったかも知れない。
 そこには、信じられない光景が広がっていたからだ。

「ユーティスが、二人? ……違う、あっちのメイドさんは、いや、でも!」

 そう、ベンチから立ち上がったのはユーティスだった。ユーティスと全く同じ顔立ちのメイド服姿が、静かにユーティスに一礼している。
 似ているなどというレベルではない、そっくりそのものなのである。
 強いて癒えば、髪型や表情の雰囲気が二人を男女に、そして他者と他者とに隔てていた。
 それは、あまりにもありえない光景だった。
 そしてさらに、ありえない事態が突如としてジルベルトの網膜を襲う。

「ちょい待ちっ! ジル駄目! 見たらあかんでこれ!」

 それは、慌ててジルベルトがアルサスの両目を手で覆ったのと同時だった。その時にはもう、リベルタが鼻血を流しつつジルベルトの両目を手で隠してくれる。
 二人のユーティスは、出会うなり密着に近い形で顔と顔とを近付けた。
 ジルベルトには一瞬、ユーティスが鏡に向かって唇で触れたような錯覚を見たのだ。
 だが、それも一瞬で終わると……くるりとユーティスが振り返る。

「そうでした、セレマン。ご紹介します。私の……私の、大切な仲間たちです」

 どうやら尾行は、最初からバレていたようだった。
 エヘヘと皆で気まずい笑顔を並べれば、もう一人のユーティス……セレマンと呼ばれたメイドは両手でスカートをつまんで深々とお辞儀を一つ。そして、顔をあげると「おや?」と無表情で首を傾げた。
 アルサスは、顔を真赤にしたままあうあうとパニック寸前になっていた。
 自分はそこまでではないと思いつつ、ジルベルトも心拍数が妙に高鳴る。
 だが、ユーティスとセレマンは落ち着いていた。

「坊ちゃま、どうされたのですか? 御用があれば鈴を鳴らして頂ければ、私が直接参ります。半径5km以内であれば大丈夫ですが」
「セッ、セセ、セッ、セレマン! 今、君は……この人と、え? いや、弟さん? お兄さん? じゃないよね? でも、でも今っ!」
「接触による情報共有、そして彼の欠損データの整理を行いました。私たちは額を近付け合うことで互いの情報をやり取りできるんです」
「……額? おでこ?」
「はい。おでこです」
「コツン、って?」
「コツンです」

 ユーティスからの説明も一緒だった。
 そして彼は、改めてセレマンにジルベルトたちを紹介してくれる。いつもの無機質で無感動な言動に見えるが、ジルベルトには心なしかユーティスの声音が軽やかになった感じがした。そう感じただけで、いつもの抑揚のない声が冷静に響く。

「ジル、皆さんも。私は先日、初めて稼働状態にある同型機に遭遇しました。それがセレマンです。彼女は私より古いロットナンバーで、稼働時間も長く経験値が豊富でした」

 なんとも人騒がせな話である。
 だが、露骨に安心した様子を見せるアルサスを見て、ふとジルベルトは思った。先程の動揺、そして胸の高鳴り……形容できぬ不安。それはどこか病床の兄を気遣う日々のそれに似ていたが、ちょっと違うような気もする。
 尚、リベルタはずっと鼻血が止まらず、ライトニングのハンケチを借りる羽目になるのだった。

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