冒険者たちによる第三迷宮『
ただ、やはり魔物は一段と手強くなり、新たに赤い
そして、うろつく巨大な怪鳥ジャイアントモアも脅威だった。
結局、今日もジルベルトたちは目立った成果を持ち帰られずにいた。
「でも、収穫はありましたよ。採集ポイントも見つけましたし」
夕焼けの中、宿への帰路でマッフがにこやかに笑う。
今日は怪我の手当で奔走して、彼が一番の大活躍だった。
ジルベルトとマッフの他には、リベルタとまひろ、そしてカラブローネが今日のパーティのメンバーである。この布陣では多くの局面で柔軟な対応ができる上に、マッフの医術によって失敗のリカバリーが比較的容易だった。
ただ、いつものようにユーティスやエイダード、ヴァインといった面々がいないために突破力では一歩劣る。
ジルベルトは、局面に応じてのメンバー構成にも最近は知恵が回るようになっていた。
「けどさー、レオだっけ? 今日はみなかったけど、アタシ思うに、あれなんだよね」
「あれ、とは?」
頭の後に両手を組んで、ジルベルトの隣でリベルタが
その顔を覗き込むマッフに、彼女はニヤリと笑って自説を披露した。
「なんかさー、こじらせ系? っていうの? ほら、男の子ってそういうのあるじゃん」
「ギクッ! そ、それは、でも、ですね、リベルタさん」
「なんか、世界の命運を背負った主人公だと思い込んでる系。そゆ感じするなー」
「あー、その……ちょっと、そのへんは、僕には、心当たりがありすぎて」
ポンとマッフの肩を叩きながら、無言でカラブローネがウンウンと頷く。
年長者の気遣いが、さりげなくマッフの少し前の過去を埋めてくれていた。
そして、ふとジルベルトも故郷の兄を想う。生まれながらの難病で、ずっとベッドの中にしか居場所のなかった兄……ジルベルトという名も、本来は家を継ぐ兄の名だった。
兄もやっぱり、自分が主人公の世界を夢見ていた時期がある。
それだけに、それが無理だとわかってからの今までは物寂しい穏やかさを
「……久々に手紙でも書いてみようかな。結構、色々な大冒険だったし」
「ん、どしたのジル。もしかして、故郷にいい人とか?」
「うんにゃ、あにさまだよ」
「ああ、病気で寝たきりの……うんうん、それがいいよ。なんかお土産も買って同封しようぜー!」
「そだね。で、そういうリベルタこそ、帝国に帰ればいるんじゃないの? 気になる人」
「……すんません、その……気になるサークルしかないです……」
そんなこんなで、和気あいあいとジルベルトたちは定宿へと無事に帰還した。
入り口のドアをくぐれば、ジルベルトにも安堵の気持ちがはっきりと浮かぶ。
今日も生きて帰れた。
つまり、明日も生きて迷宮に挑めるということである。
そう思っていると、突然の衝撃がジルベルトを襲った。
「おかえりなさいませ、ジルベルトお嬢様。皆々様もお疲れ様です」
誰もが固まり、
突然、五人の目の前に一人の青年がうやうやしく
だが、様子が変だ。
奇妙を通り越して、
彼は端正な表情を真顔に凍らせ、そっと皆の脚を洗う湯を
「え、えっと……ユーティス、なにしてるの? っていうか、どうなっちゃったの?」
「ジルベルトお嬢様、さ、
耽美な雰囲気が空気を支配した。
被った猫が具現化したようなお嬢様笑顔で、リベルタがその場に倒れる。鼻血が宙に赤い虹を描いて、そのまま彼女は動かなくなった。慌ててマッフが抱え上げるが、無常にも彼は無言で首を横に振る。
一瞬、ジルベルトには現状が理解できなかった。
「それとも、わた――」
「ちょ、ちょっと待ってユーティス! どうしたの、変だよ!」
「わたしがお部屋にお連れしましょうか」
「……あ、うん。えっと、その」

ちらりと周囲にジルベルトは視線を走らせる。
すぐに、混雑するロビーの柱の影に、真顔でサムズ・アップするメイドの姿を見た。
あれは、最近ストラトスフィアに加入したメイド兼ナイトシーカーのセレマンだ。その横では、主のアルサスが両手を合わせてひたすらに恐縮して頭を下げている。あの手の仕草は、東洋で拝んだり祈ったり、そして謝罪したりするときの
なんだか、ちょっと事情が読めてきた。
「あのさ、ユーティス」
「はい」
「どしたの? なにかあった?」
「ええ……私は理解したのです。私には、ほんの少し、ちょっぴり
カラブローネもマッフも真顔になった。
ほんの少し? ちょっぴり? まひろ以外、誰も頷けない話だった。
まひろもそうであるように、ユーティスのそれは時に少しというレベルではない。
そして、ユーティスは淡々とジルベルトの
「セレマンに教えられました。彼女は当世でも私より何百年も早く覚醒し、稼働していた個体です。情報を共有した結果、私は自分のありかたについて考えました」
「……あの人かあ、ポンコツメイドめ……困ったことしてくれちゃって」
しかし、未だにそのセレマンは物陰からグッジョブ! のポーズを無言で送ってくる。
やれやれ困ったなと思い、ジルベルトはブーツを脱ぐなり足を湯に浸した。
「ねえ、ユーティス。私は別に、ユーティスの
「そうでしょうか。この時代にあって、特別に前後関係や認知の度合いを持たない私たちは、人類との関係性において――」
「難しい話はナシ! 今更お嬢様だなんて……ジルでいいんだよ、いつも通りで。いつもいつでも、ユーティスは私たちの仲間なんだから。セレマンさんは、あれは」
アルサスがひたすらに謝罪を繰り返しながら、セレマンを連れて行ってしまった。彼女の加入で、ジルベルトたちのギルドも炊事や洗濯等でかなり生活面をバックアップしてもらえるようになった。時々トンチキなことを言うが、ユーティスで慣れているから仲良くなるのも早かった。
だが、彼女はジルベルトたちが思っている以上におかしな面があったのだった。
「では、ジル。今後も今まで通り、ジルと。あと」
「あと?」
「……あねさま、そう呼んでもよろしいでしょうか」
「は? いや、ちょっと待って、それって」
「ジルのお陰で毎晩、適度な休眠でのメモリ整理がはかどります。ただ、手を繋いでくれてるジルが時々、あにさまという存在を寝言で……即座に私はセレマンに助言を求めました」
「またか、ポンコツメイド……で、でも、いいんだよ? そんなに気を使わなくて。……そ、それでユーティスが、まあ、その……気が済むなら」
因みにこのあと、セレマンにはカラブローネがよく言って聞かせてくれた。話が通じたかどうかは謎だったが、彼女はカラブローネへのマッサージ奉仕二時間を課せられた後に、無罪放免となる。
そしてジルは、時々ユーティスにあねさまと呼ばれて不思議な親しまれ方をするようになったのだった。