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 冒険者で賑わう『クワシルの酒場』は、活況に満ちていた。今日また一つ、マギニアの冒険者たちは新たな迷宮を制覇したのだ。巣食い潜むは飛竜ワイバーン、その圧倒的な生命力を前にいかに冒険者たちは戦ったか。
 (すで)にそれは歌となって踊りを連れ回す。
 歓喜の声に満ちた酒場の隅で、ヒロは静かにズズズとエールを飲んでいた。

「やっぱすげえな……これが本職の冒険者か。まるで本当のRPG(ロープレ)みたいだ」

 ヒロは賑やかな場所は、あまり得意ではない。昔から合コンの数合わせなどに引っ張り出されたりするが、苦労した思い出がある。付き合いが微妙なので、同窓会にも呼ばれなくなって久しかった。
 でも、人々の喧騒と音楽と、料理の(あぶら)が弾ける音。
 雑多な匂いとたゆたうこの空気は、なかなかいいものだと思う。
 そう思って一人で今日の晩酌(ばんしゃく)をしていると、

「……ん? あ、ああ、ども」

 一人の美丈夫(イケメン)と目が合った。
 互いに目礼を交わせば、愛想笑いが浮かぶ。
 でも、なんとなく一瞬で察した。ヒロにはわかるのだ……この空気になんとも馴染(なじ)めぬ、いわゆる陰キャの独特の雰囲気を。あちらもそれを感じたらしく、目と目に通じるものがあった。
 これね、ちょっとね、慣れないよね……離れていても、言葉のない会話が成立する。
 どうやら彼はアルカディア大陸から来たルナリアで、今日の勝利の立役者らしい。
 ヒロとは大違いで、(いか)つい冒険者に囲まれて大騒ぎである。
 そしてヒロはといえば、今日も一人前の冒険者目指しての特訓が続いていた。




 その迷宮の名は第一迷宮『東土ノ霊堂(トウドノレイドウ)』と呼ばれている。
 既にめぼしい冒険はあらかた終わり、よほどのルーキーでもなければ訪れる者もいなかった。他のギルドでは新人を容赦なく最前線に送ることもあるし、死にながらでも初手からドデカい経験を積ませることを良しとする者もいた。
 だが、ヒロがウカノと選んだのは、もっと身になる地道な道だった。

「ウカノ、後ろっ! ――っし、当たる。当たるには当たるんだけどなあ」

 手にした拳銃が火を吹き、ウカノの背後に回り込んだ敵意を粉砕する。
 巨大な羽虫マッスルフライが、弾丸に穿(うが)たれ木っ端微塵(こっぱみじん)に弾けた。
 と、同時に、獰猛(どうもう)なコアラの爪がヒロを襲う。

「ヒロ! 待っててください、今行きますっ!」
「だ、大丈夫! こっちでなんとか」


 肉食コアラは人喰いコアラ、ヒロの知ってる愛くるしいコアラとはまるで別の生き物だ。
 距離を取りつつ背中に壁を感じて、それでもヒロはジタバタと身を投げ出す。
 必殺の一撃を外した肉食コアラが、もうもうと土煙を巻き上げ壁を削った。
 その時にはもう、石畳(いしだたみ)を転がるヒロが銃を構えている。
 狙いあたわず、凶悪なシルエットに丁寧に弾丸を叩き込んだ。
 どうやら敵は一通り片付けられたようで、なんとも言えずホッとする。

「はい、ここまで。お疲れ様、二人共。ん、いいね」

 気付けば、離れて見ていたネカネが立っていた。彼女は周囲を警戒しつつ弓の(つる)を外す。どうやらもう、近辺に魔物はいないようだった。
 それでドッと気が抜けて、そのままヒロは立てなくなってしまった。
 だが、これから倒した獲物の解体、素材の回収が待っている。
 最近慣れ始めたとはいえ、自分が命を奪って糧としている実感はまだまだ重い。

「ウカノはもう、ほとんど一人でも大丈夫だね。イクサビトの身体能力に加えて、武術の素養も申し分ない。この奥にボスがいるけど、今日は挑戦してみようか」
「はいっ、ネカネ先生!」
「……先生はやめて。ちょっと、こそばゆい」
「ええと、では……お母さん? ママ?」
「そういう歳じゃないけどね。ふふ……んで、ヒロ」

 ゆっくりとネカネが歩み寄って、目の前で屈んだ。
 顔をあげれば、いつもの澄ました美貌がまっすぐ見詰めてくる。

「ヒロ、銃の訓練はどこで? 素人(しろうと)にしては習熟が早過ぎるし、狙いも正確だから」
「あ、ああ、そのぉ……ゲームで、ちょっと。いや、かなり? 昔ドハマりして」
「ゲーム? ゲームというと、射的場のような?」
「え、ええ、まあ、そういう感じです」

 ゲームセンターでも家でも、割とガンアクションは好きなジャンルだ。その頃の経験が生きてるのか、ヴァインにも最初は大いに驚かれたものだ。
 迷宮のイロハも知らないズブのド素人が、射撃だけはマスタークラスの腕前だ。
 もっとも、ヒロはヴァインのように、実戦で鍛え上げられた反射神経と反応速度がある訳ではない。ゲームを通じて得た感覚の、そのパターンが膨大な経験値となって蓄積されているだけである。
 だから、不意打ちや不測の事態には結構(もろ)かった。

「最近は体力もついてきたし、そろそろ二人だけでクエストを受注しても大丈夫かな」
「ウス」
「ありがとうございます、ネカネ先生」
「もう先生も終わりだよ? 今日からは同じ冒険者。一人前として扱うし、頼らせてもらうね?」

 そういう訳で今日は、この『東土ノ霊堂』の最後の部屋、恐るべき植物の魔物が巣食う場所を攻略してみようということになったのだ。
 すぐに弾薬の残量を確認して、ヒロは再び迷宮の冒険に集中力を尖らせた。
 だが、先程肉食コアラが崩した壁の一部に、彼は謎の輝きを見つけてしまうのだった。




 そして今、無事に迷宮のボスも倒してお一人様の慰労会である。ネカネは集めた素材の売却とかで忙しく、ウカノはといえば――

「いやあ、ウカノちゃん! 大活躍だったってなあ」
「あの迷宮を三人で抜けれるなら、もう一人前の冒険者だな! ガッハッハ!」
「おいおい、ちょっとお前! ウカノちゃんにくっつき過ぎだろ、ったく」
「まあまあ、さあ! 新たな仲間たちの門出(かどで)に乾杯しようぜ!」

 何故か、ベテラン冒険者のおじさまおばさまに囲まれていた。
 タジタジに圧倒されつつ、ウカノも祝いの席に笑顔を浮かべている。
 それを遠目にぼんやりと見て、ヒロはポケットから今日の秘密の拾得品を取り出した。
 親指大の真っ赤な石で、それをかざせばウカノたち全てが真紅に染まる。
 どういう訳か、崩れた壁の中からこの宝石が出てきたのだ。

「なんか、どこかで話を聞いたような? ボスとの戦いが必死過ぎて、ネカネさんに言いそびれてしまった、けど」

 緋色(ひいろ)に輝く石を見詰めていると、不思議な気分になる。
 まあ、大した値打ちのない貴石かもしれないし、鑑定してからギルドに報告しても良さそうだ。それに、このところ自分のフォローで忙しいウカノに、ちょっとしたプレゼントを渡せるかもしれない。
 深い紅蓮の赤は、不思議な輝きでまばたきさえ忘れる程に美しい。
 それをじっくり眺めていると、突然横で声がした。

「ヒロ、お疲れ様なのです! 料理を沢山持ってきました!」
「あ、ああ、ども……なんだ、まひろちゃんか。びっくりした」
「ヒロも食べてください。こっちがお肉で、こっちもお肉。鳥も豚も牛も、選び放題なのです!」

 あっという間に皿が並んで、カロリーがスタミナにしろと無言で香ってくる。
 苦笑しつつフォークを手に取り、そっと例の石をテーブルに置いた。

「えっと、まひろちゃんっていくつくらい?」
「5歳です! ――あっ、兄様には16歳くらいって言えって。16歳デス!」
「あ、うん……そうだ。見てこれ、今日たまたま拾ったんだけど……女の子って、どういうプレゼントが嬉しいのかな。指輪、はちょっとまだ……耳飾り、とか?」

 相変わらず謎の美少女だが、ヒロはその秘密にこうしていて気付いた。
 ネカネやジルベルト、リベルタといった面々と違って、まひろの美しさは意図的なのだ。それこそ、ゲームやアニメのキャラクターのように徹底的に作り込まれた印象がある。整い過ぎた目鼻立ちに大きな緑の瞳、透けるような白い肌に淡雪のような髪……しなやかな長身も肉付きがよく、たまに見かける発育のいい女児というレベルではない。
 そのまひろだが、ヒロの手にした赤い石を見るなり、突然手を握ってきた。

「えっ、ちょ、ちょっとまひろちゃん!? 待って、今……イデッ、イデデデデ!」
「――、……はっ! ご、ごめんなさいです! なんか、今ちょっと変でした」

 まひろは突然、ヒロの手ごと石を握り潰さん勢いで掴んできた。すぐに手を放してくれたが、ちょっと普通の握力ではなかった。それが何故か、まひろ自身にもわからないという。ただ、彼女を象る彼女の全てが、叩いて砕けとささやいた……そうとしか言えないような不思議な気持ちらしかった。
 ともあれ、まひろと相談してヒロは、この謎の貴石を鑑定に出してペンダントにしようと決意するのだった。

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