ユーティスは絶句に震えた。
今の今まで、感じたこともない不安定なパルスが全身を駆け巡る。記憶にない過去にすら、経験したことがないと言える異常事態だ。
「リベルタ、ジル? ……あね、さま?」
冒険者たちは攻守ともによく連携して、ワイバーンを圧倒していた。
かに、思えていた。
だが、敵は竜に連なる
あっという間に形成は逆転し、仲間たちが半分ほど崖に突き落とされた。
その暗がりを満たす穴を、ユーティスは
しかし、その隣で自分に似た声が静かに響いた。
「警戒を、ユーティス。こういう時こそ平静に」
「……セレマン」
「戦力半減、しかし相手も弱っています。ここは私たち二人で目標を殲滅し、迅速に仲間たちの救出行動に移りましょう。そうですね? お坊っちゃま」
「あの、セレマン」
「お坊っちゃま? ……お坊っちゃまは……まあ!」
突然、セレマンは取り乱してしまった。
握った剣を落とし、おろおろと顔を手で覆う。
一転して自分以上に混乱し始めた同族を見て、逆にユーティスには普段の冷静さが戻ってきた。
そして、この不思議な感情にだいたいの見当がつく。
信じられないことだが、自分たちを今襲っているのは……不安だ。
人間とともに並んで戦うべき
「ああ、なんということでしょう! お坊っちゃまが!」
「セレマン、落ち着いてください」
「ええ、ええ。わかっています。こういう時は素数を数えるのがいいと教えられました。では、どうかご清聴を……1、2、3、5、7」
「セレマンも不安なのですね。私もです」
そっとユーティスはセレマンの手を握った。
そして手を重ねる。
そうすることで気持ちが落ち着くと、教えてくれた人がいる。まるで実の姉のように、夜に怯える自分に寄り添ってくれた人だ。
その人のためにも今は、目の前のワイバーンを倒すことが第一である。
ぽかんとするセレマンに拾った剣を手渡し、ユーティスも巨大な殺気へと身構える。
「戦闘の継続を、セレマン。全速で目標を排除後、下層への救助行動に移行します」
「ユーティス……今のは」
「原理はわかりませんが、人は他者の体温を感じると精神状態が安定します。私たちは人ではありませんが、今の私はそういう人の隣にいるのです」
「……わかりました。効果を認めます。急いで目標を
吠え荒ぶワイバーンが苛烈な炎を叩きつけてくる。
燃え盛る火球はまるで、落ちてきた太陽だ。
それを左右に別れて避け、熱風と爆炎の中を走る。
明らかにワイバーンも手負いの状態で、だからこその必死さが伝わってきた。生物の本能をフル稼働させ、生存のために外敵を駆除しようと怒り狂っている。
それがユーティスには、手に取るようにわかった。
「ユーティス、一瞬だけ私が隙を作ります。その瞬間に最大限の痛撃を」
「了解」
振り回される尻尾を側転で回避しつつ、セレマンが
それが顔の傷に刺さって、一瞬ぐらりとワイバーンがよろける。その瞼が重そうにゆっくりと下り、瞳がぐるりと昏倒に回った。
睡眠効果のある毒の投刃は、塗られた薬液の粘り気もあって、なかなか魔物の表皮や甲羅を貫くことができない。
だが、先程の戦闘で傷付いた箇所ならば話は別だ。
「好機と見ました。状況、睡眠を確認……全力全開、この一撃で」
スッ、とユーティスの姿が影に沈む。
同時に、影そのものが大洋を泳ぐ
睡眠中の敵は無防備で、大きなダメージを与えるチャンスである。そしてユーティスは既に、自分と仲間たちの特技や戦術を考慮した技を習得していた。
そのまま影はワイバーンの死角で弾ける。
再び空中に姿を表したユーティスは、両手のナイフで渾身の一撃を重ね斬りした。
シャドウバイトが炸裂して、覚醒と同時にワイバーンが絶叫する。
そこにすかさず、セレマンのディレイスタブが炸裂した。
「……やりましたか?」
「セレマン、それは当世の人間社会では悪いジンクスと聞いています」
「ふむ、そうでしたか。……確かにそのようです」
現状で考えられる最大限の火力を叩きつけた。
これで倒せなければ、相手はとんでもない怪物ということになる。
そしてそれは現実だと、ユーティスは目標の評価を改めることになった。
怒り狂ったワイバーンは、吹き出す鮮血を蒸発させながらブレスを撒き散らす。炎を超えたそれは、激しいプラズマの雷となって周囲を薙ぎ払った。
いよいよ鉄火場とかした竜の巣……そこに突然、二人の
「おいっ、お前たち! 援護するからさっさと片付けろ!」
「あなたは……死神。死神のレオ」
「ああそうさ! クソッ! せっかく助けてやるんだ、勝手に死んでくれるなよ!」
「……死神にそう言われては、倒れる訳にもいきませんね」
一人のリーパーが、強力な
あっという間にワイバーンの動きが鈍り、そこへ
以外なことに、他者を避けるソロの冒険者レオが手を貸してくれた。誰もが死神と忌み嫌う彼が、突然助けに入ってくれたのだ。
リーパーの力は、瘴気を用いて相手の力を徐々に
レオの洗練された瘴気は、静かにワイバーンの勢いを引き剥がした。
さらに、危険なブレスを撒き散らす口が突然、なにかに縫われたように閉じられる。そして気付けば、真っ赤な方陣がユーティスたちの足元に広がっていた。
「どうも、お取り込み中に申し訳ない。そちらのお二人、実は僕は探しものをしてるのですが」
「おいっ、ヴィラール! いいから次は脚を封じろ! こいつ、ボクの瘴気を押し返そうとしてる!」
「ああ、申し訳ない、レオ。……そう、探しているのです。この血のように真っ赤な宝玉を」

そう、鮮血だ。
ヴィラーゼと呼ばれた顔色の悪いルナリアが、その手に握る細剣の刃から流血を広げている。彼の血が今、まるでミスティックの方陣の如く紋様を描いてワイバーンを縛り上げていた。
突然の援軍に、すかさずユーティスは勝機を見出す。
そして、改めて知る……人間の力は時に、高度なマシーンである自分たちを凌駕する。一人と一人は微力な個体でも、息を合わせることでその能力は何倍にも膨れ上がるのだ。
それが今、自分にも感じられることがとても不思議だった。
そう思っていると、突然身体が熱くなる。
疲労の蓄積した全身に今、熱き血潮とでも言うべき
「セレマン! ユーティスさん! 今です……最後の全力攻撃を!」
号令が聴こえた瞬間にはもう、地を蹴れば風が
視界の隅に、扉を開けて叫ぶなり倒れたアルサスが見えた。
その時にはもう、ヒュン! とセレマンの一閃がワイバーンの首に線を引いている。
寸分違わず同じ箇所をナイフがそっと通過し、ワイバーンの首が音を立てて崩れ落ちてくるのだった。