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 ウカノは少し、ほんの少しだけ落胆した。
 場所は今、第三迷宮たる『原始ノ大密林(ゲンシノダイミツリン)』である。かつてここには、竜の眷属(けんぞく)たるワイバーンが居座り、多くの冒険者がその謁見(えっけん)の間で苦難に突き落とされた。そう、謁見を迎える玉座だ……空の王、飛竜ワイバーンは恐るべき強敵だった。
 それを打ち破った今、ウカノたちは次の迷宮へと向かう道を探していた。
 そして、やはりウカノはちょっぴり落ち込んでいた。

「パジャマパーティー……ガールズトーク……何故(なぜ)、そんな日に限ってわたしは夜間業務を。自分で申し出たとはいえ、女子力UP(アップ)の一大イベントを、わたしは……!」

 事実である。
 ウカノはことの詳細をレポートに纏め、ペルセフォネ王女への報告をこなしていたのである。勿論(もちろん)、仲間たちからのお誘いはあった。だが、ユーティスに「冒険者同士の懇親会がありますが、どうでしょうか」と言われ、新米としてギルドの仕事を優先したのだった。
 女子会だと言ってくれれば、マッフやアルサスに報告任務を頼んだ。
 ヒロ以外の男子と仲良くなるのは始めてだったが、もともといたイクサビトの里と変わらなかったし、彼らとは信頼できる冒険者仲間として支え合えている。
 だが、ほんのりとユーティスを恨む。
 そういう催し物だったら、そうだともっとわかりやすく教えてほしかった。

「ぐぬぬ……噂のドロテアさんともまだ、挨拶を交わせてません。うう、失敗ですぅ」

 しょげつつも、ウカノは周囲へ気を配って魔物の脅威を探す。殺気が感じられない中でも、決して油断はしない。
 そんな彼女に、隣を歩く長身の女性が声をかけてきた。

「ウカノ様、どうかお気になさらずに。機会はまた訪れます。その時こそは私も」

 長剣を二刀流で構えて歩くのは、セレマンだ。
 彼女もまた、どこか不満を(くすぶ)らせている。
 そして、その理由を話された時にウカノは苦笑いに好意を織り交ぜてしまった。

「お夜食にと、クリームパスタを用意していました。豚のレバーと野菜を各種散りばめた。これは私の得意料理です。アルサス坊ちゃまも美味しく食べてくれるのですが」
「あ、あー、うん、その……ちょっと、女子会の夜食としては、カロリーが」

 背後で笑いが噛み殺された。
 振り向けば、ジルベルトとリベルタが微笑んでいる。
 でも、彼女たちは申し訳無さそうに左右から肩を組んできた。
 ギルドの仲間、冒険者仲間としての気安さが、今はウカノにありがたい。

「ごめーん、ごめん! ウカノさ、探索司令部に行ってくれてたんだよね」
「次はウカノを交えて、ウカノの歓迎会するからさ!」

 ジルベルトとリベルタだ。
 二人からは、偽りない真摯な友情を感じる。異世界からの迷い人ヒロと、異世界から戻ったウカノ……二人は幸運もあって、理解ある仲間と生活の安定を得ていた。
 だから、ウカノも女子会の機会を逃したことを気にしてはいない。
 それに、ウカノが頼まれた仕事は重要でとても大切なものだったから。

「ジルさん、リベルタさん。大丈夫です、同じギルド、協力体制にあるギルドの仲間ですから。あの、わたしも次は是非」
「勿論! ウカノとも私、もっと仲良くなりたいな」
「ジルの言う通り! アタシもさ、なんか……腹を割って話す? そういう友達始めてだから。それに……やっぱパジャマパーティでは恋バナっしょ!」

 フンス! と鼻息も粗く、リベルタは語り出した。
 どうもあのあと、シリカとレオがなかなかにいい雰囲気らしい。二人揃ってワイバーンの討伐に貢献した上に、ペルセフォネ女王直々の評価を得たとか。以前は自らを死神と称していた少年も、最近は仲間たちと協力する姿を見せている。

「シリカちゃんが結構グイグイいくからね……気取って卑屈になってられないのよ、ニシシ」
「リベルタ、よしなよー? 悪い顔になってるってば」
「いやもう、アタシは壁になりたい……なんてな、わはは!」

 ジルベルトとリベルタの笑顔に、ウカノも自然と(ほお)がほころぶ。
 そうしているうちに、一同は到着した。
 目的地、それはワイバーンが根城としていた迷宮の中央部である。かつてこの場に踏み込んだ者は、恐るべき飛竜ワイバーンに蹴散らされ下層のフロアに突き落とされたのだ。
 今は覇者を失った玉座だけが、静かに広がっていた。

「こっちの階段はここで繋がってたかー? じゃあさ、ジル」
「うん、そうだね。ユーティスたちの向かったほうが、次の迷宮……レムリアの最深部に続く道だと思う」
「ハズレを引いたかー、まあ、うん。……ちょっとでも、調べてみたいんだけど?」
「私もそう思った。なんかさ……ん、だよね。このフロア、奥に……行ってみようか」

 ジルベルトとリベルタの言葉に、一同は進む。今日はウカノは、この二人とまひろ、セレマンとパーティを組んでいた。
 そして今、恐るべき飛竜ワイバーンが営巣(えいそう)していた大部屋の調査を開始する。
 因みに、ここは行き止まりで先に進む階段も通路も見当たらなかった。
 そしてすぐ、一同の前に異形の建造物……不思議なオブジェが現れた。

「これは……ワイバーンの巣? ですね……あっ、ジル、リベルタも皆様も。気をつけてください、なにかしらの熱量を感じます」
「コピー。私のセンサーにもそれは感知できていますが……凄いものですね。イクサビトの直感は、このレベルの反応を感じる精度があると知って驚いています」

 ウカノは先頭を歩いて、一同を止めた。
 その中から、セレマンが彼女の意志を拾って裏付けを添えてくれる。
 眼の前には、金属が折り重なって円形に渦巻く不思議な物体があった。ウカノの知識で言えば、少しだけ鳥の巣に似ていた。

「ワイバーンの巣、かもしれません。だとしたら……この熱量は」

 すぐに踏み出しジャンプして、ウカノは謎の構造体に乗り込む。
 予想通り、中央には卵と思しきものが数個並んで転がっていた。そして、その全周を金属の集合体が囲んでいる。だが、妙だ……突然、西暦時代の東京に飛ばされた自分だからこそわかる……本来ウカノが生きる世界、ウカノが元いた時代のものとは思えない物体がワイバーンの巣を形成していた。
 それで、すぐに先日のミッション報告、そしてペルセフォネ王女との会話を思い出す。


「これは……太古の超文明レムリアの残滓。さながら、ええと、飛行機? 空を飛ぶ船の残骸で造られてますね」

 次の瞬間には、追いついたリベルタが怪訝な顔で小首を傾げる。それは、ウカノの予想と想像を後押しする顔だった。リベルタが生まれて育った帝国には、空中艦隊が存在する。軍と騎士団が運用する、巨大な武装飛行船によるものだ。
 だが、この場に散らばり積み上げられた部品は皆、もっと精度の高い全て金属製だった。

「まじかー、なんだこれ。ジル、ウカノもみんなもさあ。これ……空飛ぶ機械の部品っぽく見えるんだけど」
「……先日、ペルセフォネ殿下と話した時に知りました。古代の超文明レムリアは、空中軍艦から不老不死の秘薬、無尽蔵の電力といった異次元の技術を持っていたと」

 そのウカノの言葉に、皆が押し黙る。
 そう、マギニアは探し求めていた。絶海の孤島に栄えた、古の超文明……その奇跡の最たるもの、世界を刷新(さっしん)するだけの力を秘めた秘宝を。それは、病に倒れたペルセフォネの父親が欲して求め、国の書庫深く眠っていた古文書が解析されたことで現実になった。
 マギニアは世界中の冒険者を集め、(いにしえ)の奇跡を掘り起こそうとしているのだ。

「なるほど、ウカノ。なんとなくわかったけど、ふむ……問題は古代文明よりも、眼の前のこれかなあ。みんな、どうする?」

 リーダー的な立場のジルベルトが、剣を(さや)に収めて考え込む。
 かつて空を覆って支配したレムリアの航空機は、()びて朽ちて今はバラバラだ。それを集めて作ったワイバーンの巣には、鼓動も呼吸をまだまだの命が収められていた。
 そう、卵だ。
 そして、今まで黙っていたまひろが突然に剣を抜く。

「これは……悪いものです。また、あのワイバーンが出てきて人を殺すです!」

 ウカノは、驚くことしかできなかった。
 まひろは複雑な事情を抱えた少女らしいが、同世代の同じ冒険者だと思っていたから。その彼女が、抜刀と同時に消えた。目に追えない程のスピードで、ワイバーンの卵を破壊しようとしたのだ。
 そう思って理解した時には、まひろに抱きつくジルベルトが行動を遮断していた。

「待ってまひろ、待って! いつものやつが出てるよ、考えて! 衝動に理性を当ててみて!」
「う、うう……うん? あれ? わたしは……でも、またワイバーンが出てくるです」
「そうだよ、この卵は全部ワイバーンのもの。だけど! 人の脅威になるものとは決まってない!」
「ワイバーンが生まれるです……壊して殺せば、それを防げるです」
「そうだよ、でも! でもね、まひろ! 可能性を摘み取ることは、私たち冒険者の領分じゃない。なにより、まひろ……この卵が人喰いの怪物にならない可能性を感じて!」

 まひろは、手にしてかざした剣を止めた。
 背後から抱きつくジルベルトは、そんな彼女を振り向かせ、正面から抱き締める。その意味がウカノにもわかった。
 まひろは、善か悪かを常に問い、悪ならば撃滅(げきめつ)躊躇(ちゅうちょ)がない。
 過去に、そうして伝説を打ち立てた英雄たちの影法師(かげえ)のようだ。
 そんな彼女に、ジルベルトは寄り添い諭して、時には非効率でも説き伏せる。
 この日、次なる迷宮への階段も見つかり、ワイバーンの卵は放置された。
 定期的に生まれて蘇るワイバーンが、後の世に英雄と呼ばれる勇者、凄腕の冒険者を育てる登竜門(とうりゅうもん)になったことは、この時はウカノたちには全く想像もできないことなのだった。

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