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 ギルドで手続きを終えて、ドロテアは正式に『タービュランス』の一員となった。いわば、一人前の冒険者として第一歩を踏み出したところである。
 そうして軽めの夕食を終え、定宿『(みずうみ)貴婦人亭(きふじんてい)』で部屋の整理を終えた頃だった。
 同じギルドの仲間、ジルベルトに誘われ、一つ上のフロアを寝巻きで歩いている。

「今日はバタバタしちゃったけど、歓迎会。よかったら寝るまで少し、付き合って」
「は、はいっ! あ、ありがとうございますっ、ジルベルト様」
「ジルでいいよ。あと……な、なんか、私、ガン見されてる?」
「クワシルの酒場で聞いたことが、あの」
「ああ、例の噂ね。私こそ、ドロテアがそのお姫様かと思った」
「そ、そんなっ!」

 にこやかに笑うジルベルトは、ギルドの先輩冒険者。だが、親しみを込めてジルと呼べば笑顔でなんでも応えてくれた。
 夢にまで見た、冒険者生活がついに始まったのだ。
 だが、昼間の事件を思い出すとやはり心が疼く。

「あの、お師匠様は」
「ああ、ザッシュさん? なんか『ストラトスフィア』に逃げ……加入したらしいよ。うちとは協力体制にあるギルドだから、よく一緒にパーティとか組むから大丈夫」
「そうなのですか……」
「あの人、ああ見えてややこしい経歴だし、シャイ? っていうか、耐性なさそうだし」

 今日、ドロテアは理想に出会った。
 噂に聞いた姫君と、それを守る守護騎士の少年ではない。
 恐るべき瘴気を身にまとった、死神かと見紛(みまが)う殺気の塊……しかし、男とも女とも知れぬ美貌の悪魔は、ドロテアを助けてくれたのだ。
 一目で見抜いた、我が師と思ったのだが……ドロテアはどうやら嫌われてしまったらしい。あまりにも貧相な農家の娘なので、失望されただろうか? それとも、助けられたのは()の美獣の気まぐれだろうか?
 だが、自室のドアを開けつつジルベルトは「そんなことないよ」と微笑んでくれた。

「さ、入って。私の部屋もちょっと散らかってるけど」
「お、お邪魔しまぴゅ!」

 緊張のあまり、噛んでしまった。
 だが、そんなドロテアをアットホームな雰囲気が出迎えてくれる。
 紅茶のいい香りと、バターたっぷりのスコーンの匂い。
 テーブルにお茶会の準備がしてあり、既に先輩冒険者たちがドロテアを待ち受けていた。その中から、白髪の乙女が瞳を輝かせて飛び出してくる。
 まるで大型犬にじゃれつかれたように、思わずドロテアはびっくりしてしまった。

「ようこそなのです、ドロテア! わたしはまひろ、今日からお仲間なのです!」
「は、はひっ」
「こらこら、まひろー? びっくりさせちゃ駄目だって。あ、わたしはネカネ、よろしくね」

 まひろと呼ばれた少女は、目も覚めるような美貌の持ち主だった。絶世の美少女という形容を、現実世界で始めてドロテアは思い知る。自分も似たようなものなのに、そこには全く気づかない。
 そして、テーブルでは帳簿をパタン! と閉じて、小柄な少女が挨拶をくれた。
 そっとジルベルトに背を押されて、中央の座卓に皆と並んで座る。
 正直、同年代の女子がこんなに仲間にいると知って、少しホッとしたドロテアだった。


「改めて自己紹介、私はジルベルト。ジルって呼んでね。で、こっちがネカネとまひろ」
「よろしくー、雑務や書類仕事とか、わからないことはなんでも聞いてね」
「わたしは、じゃあ、えと、力仕事はお任せなのです!」

 徐々にドロテアの身体が、緊張に強張る冷たさを忘れてゆく。
 冒険者の世界は弱肉強食、アウトローの渡世人(とせいにん)も多いと聞いていた。絵草紙(まんが)物語(しょうせつ)で見たような、勇者や英雄たちの夢と浪漫ばかりではないと思っていたし、今日はそれを思い知った。
 でも、それだけじゃなかった。
 早くもドロテアは、居場所を見つけて、そして冒険が始まるときめきに高揚した。
 優雅な声が響いたのは、そんな時だった。

「まあ、貴女(あなた)がドロテアさんですわね? わたくしはリベルタ、よろしくお願いしますわ」

 窓際に佇んでいた令嬢が、典雅な所作でそっと歩み寄ってくる。
 その全身から、気品に満ちた高貴なオーラが滲み出ていた。
 だが、すぐにジルベルトが苦笑で溜息を零す。

「リベルタ、まだそのキャラで通すんだ? ってか、その格好だと凄い、その……ダメダメ感が、ねえ」
「たっは! やっぱ駄目かー、わはは。アタシ、リベルタ! よろしくね、ドロテア」

 リベルタと呼ばれた少女は、五秒で被った猫をひっぺがした。
 田舎育ちのドロテアが見てもイモ臭い、ジャージ姿が全てを台無しにしていたのだった。それでも砕けた口調で素顔を見せると、リベルタはドロテアに手を差し出してくれる。
 握手してわかったが、同じくらいの歳なのに、リベルタの手はがっしりと力強かった。
 聞けば、あの帝国騎士らしく、瞬時に実力を察することができる。
 その程度にはドロテアも、人を見る目だけは育ちつつあったのだ。

「まま、そんじゃ楽しく始めよー! ドロテア、紅茶にはレモン? ミルク?」
「ジャムもあるです! このジャムは、小さな果樹園の野イチゴで作ったのです!」
「はいはい、みんな落ち着いてー? ドロテアがびっくりしちゃうからね」

 そして、背後でノック音が響いた。
 完全に賓客モードでもてなされていたドロテアも、ふと背後のドアを振り向く。
 立ったジルベルトが出迎えた、それはさらなる驚きを連れてきた。

「遅くなりました、あねさま。ああ、あなたがドロテアですね」
「そそ。さ、入って、ユーティス」
「失礼します。私はユーティス、タービュランスで働かせてもらっている者です。どうか、よろしくお願いいたします」

 ジルベルトの弟? 否、妹?
 とても端正な表情の、しかしながらどこか(はかな)げな少女が現れた。
 どうやら若手の女子メンバーは彼女で最後らしい。
 しかし、不思議な少女だった。
 ジルベルトを姉と慕う彼女は、とても中性的な顔立ちをしている。

「あねさま、マッフとアルサスから差し入れをいただきました」
「おっ、クッキーだ。いい匂い」
「それとセレマンが、要望があればお夜食に豚レバーのクリームパスタを作ってくれるそうです」
「そ、それは……まあ、ちょっと遠慮しようかな。カロリー的に」

 かくして、楽しいパジャマパーティが始まった。
 かに思われたが、悲鳴にも似た奇声と共にリベルタが立ち上がる。

「グワーッ! ユーティスが、ユーティスが!? まってそれ解釈違い、いやでも、ちょっと待って!」

 真顔で小首を傾げるユーティスの隣を駆け抜け、あっという間にリベルタは退室していった。なにごとかと思っていると、すぐに猛ダッシュで戻って来る。
 その手には、沢山の服がこれでもかと抱きかかえられていた。

「まずこれ! ちょっとこれ、当ててみて! ……はい死んだ! 即死! 最高かよ!」
「あの、リベルタ」
「わかってる、わかってるよユーティス。なんか、セレマンさんがそれっぽいこと言ってた! あとこれ、うんうん……グワーッ! 似合い過ぎる!」
「サイズが合いませんが。今の着衣はあねさまから借りてるもので」

 最後の一言で、穏やかな笑みとともにリベルタは気絶したが、すぐに戻ってきた。そして、ドロテアも巻き込まれてのファッションショーをしながら、初顔合わせながらも和やかに親睦が深まってゆく。
 夜が更けてゆくほどに、ドロテアは近付く明日への希望に胸をふくらませるのだった。

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