今日も今日とて、一日の終わりにクワシルの酒場は賑わう。
この混然として騒がしい浮かれた空気が、ユーティスは嫌いではなかった。今日もまた、半ば無理矢理引きずられるようにして、仲間に連れてこられた。彼を
「わは、わははははは! 聞いたぜえ、ザッシュ……うちに逃げ込んでくるたあなあ!」
「……私はね、君みたいな偽善者とは違うんだよ。とてもじゃないけど、責任持てない」
「言っとけ言っとけ、お師匠様ァン! ギルドに入れてやったんだ、感謝しろよ?」
「クッ、まさかこんな形で弱みを握られるとは思わなかったよ」
ヴァインが赤ら顔でバシバシと、ザッシュの
どうやらこの酒場で昼間に、ちょっとした事件があったらしい。よくある横柄な冒険者の新人いびりだが、それをたまたまザッシュが助けた……というよりは、その新人にコナをかけようとして手ひどく逆襲されたらしかった。
社会の闇を影から影へ、そうして生きる男には眩し過ぎる光だったようである。
結局彼は、その少女から逃げるようにストラトスフィアに加入したのだった。
「で? ザッシュよう、その
これが不思議と、ユーティスに奇妙な落ち着きをもたらしていた。
平穏、安堵……ジルベルトの側とはまた別の、ゆったりとした時間が流れる。
そんな中、ヴァインを手で遠ざけつつザッシュは真面目な表情になった。
「彼女はファーマー、ちょっとした豪農の娘です。まあ、兄も姉も沢山いて、跡取りがどうこうという話は聞かないですね。そっちの腕は心配ないけど、リーパーとしてはどうでしょう」
「おんやあ? そこまでもう調べがついてるのかい」
「蛇の道は蛇、ですよ、カラブローネさん。私の情報網を舐めてもらっては困るなあ。……あと、うん。あの娘は、ドロテアはよく言えば……伸び代しかないタイプの人間です」
「ほほーう? あのザッシュがそうまで言うとは、なかなかに面白いねえ」
カラブローネもにやりと口元を歪める。
ユーティスも、性別行方不明なこのザッシュの言葉には意外性を感じた。この男、好色にして神出鬼没、敵か味方か謎の存在だったのだが。今は不思議と、同じ冒険者のように思えるのだ。
彼もそうだが、自分も変わったのかもしれない。
そう思いつつ、ユーティスも冷えた炭酸水で唇を濡らす。
「カラブローネさん、恐らく……彼女は強くなります。真っ当な冒険者、日向を歩く表側の冒険者としてね。あの
「ふーむ、じゃあ……お前さん、どうして自分であれこれ教えてやらないんだい」
「ガラじゃないんですよ。
それだけ言うと、黙ってザッシュは真っ赤なワインを飲み出した。
空気を察して、ヴァインも小突いていじるのをやめる。そして改めて「ようこそストラトスフィアへ」と、空になったグラスにワインを注いでやっていた。
この二人の関係も奇妙で、つくづく人間というのは難しい。
そうこうしていると、酒と料理の追加注文を終えたエイダートが呟く。
「そういや、ユーティス……なんか、メイドさんから凄い技を教わったらしいなあ」
皆の視線が、そっとユーティスに殺到する。
凄いと言えるかどうかははなはだ疑問だが、ユーティスは確かに新たな機能を獲得していた。それが本来あるべき能力なのか、たまたま同型機故に共通性があったのか……それはわからない。
ただ、個人的には驚きだったものの、便利だとは思った。
「特殊コードにより、本来は護衛タイプにしか実装されていない能力を獲得しました」
「へえ、あのメイドさん……セレマンさんが、そんなことを」
「お見せした方が早いと思いますので」
そう言って立ち上がると、そっとユーティスは目を
どういう訳か、店内から無数の濡れた眼差しが注がれる。女性客の殆どが、何故かいつもユーティスを見ては溜息をつき、諦観の苦笑を楽しそうに交わし合っていた。
本当に人間は不思議なものだと思いつつ、脳裏に特殊コードを打ち込んだ。
瞬間、ユーティスを構成する物質が分子レベルで配列を変え始めた。
「ん? なんだあ? ユーティス、お前……背が、少し縮んだぞ?」
「それだけ、なのか? いや、ああ、ふむ。ヴァイン、ちょっとこれは」
ガタッ! と椅子を蹴ったのは、ヴァインでもエイダートでもなかった。
驚きつつも冷静を装い、カラブローネは酒を飲んでいる。
そんな彼の背後をぐるりと回って、ザッシュが迫ってきた。
「……驚いた。人間じゃないなと思ったけど。君、さ。ユーティス……今、女の子になったよね?」
「はい。これは本来、護衛タイプが守る対象に応じて性別を」
「どどど、どうやったの! ねえこれ、どうなってるの!? ……うわ、骨格レベルで変わってる。胸は……あー、ささやか、慎ましい。けど、これって凄いことだよ!?」

ザッシュとて、女性かと見紛う美貌の持ち主だ。その自覚があって、女装して出歩いている時も多い。性別や服装など、快楽主義者の彼には些細な問題なのだ。
だが、その肉体は紛れもなく人間の男性である。
ユーティスが説明を試みても、彼はただただ驚き瞬きを繰り返すだけだった。
「顔も、大まかには変わってないけど……凄い。ねね、ちょっとその技、私にも教えてよ」
「いえ、人間には無理かと思われます。……あまり過度な接触は困ります、ザッシュ」
「腰、細っ! えー、なにこれ、反則! 私が体型の維持にどれだけ苦労してるか……」
そう、これがユーティスの新しい機能、性別変更だ。
人型戦闘機の用途は多岐にわたるが、その基本設計は全タイプ共有である。よって、あらゆる機能を共通して備えているが、ユーティスのような最前線での戦闘タイプは不要なものをコードによって封印されているのだ。
勿論、ユーティスは覚えてはいない。
過酷な戦場でかつて、自分たちは人間と協力して死闘を繰り広げていたことを。
その中で、同胞の人型戦闘機には封印コードを用いて性別を変え、友軍の兵士を慰安している者もいたことを。
すべては旧世紀においてきた、忘却の記憶だった。
忘れたことすらもう、覚えていなかった。
「ユーティス、君……今夜、暇? だよね? 時間あるよね、っていうか作って」
「申し訳ありません、ザッシュ。今夜はジルたちと、そのパジャマパーティ? なる催しに参加する予定でして」
「なにそれかわいい! ずるい! ……ふ、ふーん、私も着替えて行こうかなあ」
「ドロテアの歓迎会を兼ねてます」
「うん、やっぱり帰って寝よう。ぐぬぬ……」
協力関係にあるヴァインたちのギルド、ストラトスフィアのメンバーになったからだろうか。今までミステリアスで得体のしれなかったザッシュが、初めてユーティスに人間らしい表情を見せた。
ユーティスもまた、気付けば無意識に警戒レベルを下げていることに驚く。
だが、今夜は早めに引き上げ、ジルベルトたちに合流するつもりだ。
新たに同年代の少女ドロテアを迎え、彼女たちは張り切って活気付いている。ネカネがマフィンを焼いて紅茶を用意するらしく、ユーティスもご相伴に預かることになっていた。
「はあ、駄目だ……酒を飲んで寝よう。……でも、独り寝は嫌だし」
「ああ、だったらこのあと俺と花街にでも出るか?」
「おっ、そういう君はたしか、エイダート。ハイランダーのエイダートだったね」
「馴染みの娼館がいくつかあるし、まあ、気が向いたらな」
「いいね、行こう行こう。そうと決まったら、飲もう飲もう!」
ヴァインは呆れているし、カラブローネも肩を竦めて笑っている。
そして、なんとなくユーティスには不思議な可能性が感じられた。
抜き身の刃みたいな危うさを持つ、凄腕のリーパーにして情報屋のザッシュ……彼の浮かれた陽気さが、まるでなにかから逃げるような演技に見えたのだ。
そうでもしないと溶けて消えそうな……そんな光を感じたかに見えたのだった。