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 ジルベルトたちが『垂水ノ樹海(タルミノジュカイ)』を調査し始めてすぐ、その少女は現れた。
 カラブローネから話は聞いていたが、友好的かつ快活闊達(かいかつかったつ)なその性格にまずはホッとする。やる気に満ちて心身の充実した、その娘の名はカリスといった。
 ネイピア商会からの依頼通り、まずはカリスとパーティを組んで奥へと進む。
 すぐに誰もが、ネイピア商会がわざわざ自分たちを指名してきた理由を理解した。

「はわわっ! まっ、魔物です! ひええっ!」

 カリスはどうやらパラディン、仲間たちの前に立って守りを固める職業のようだった。その彼女が、背負った盾を構えもせずに縮こまっている。
 すかさず、前線で砲剣(ほうけん)を振るっていたリベルタの声が響く。

「カリス様、いけませんわ。まずは……つーか盾! 盾を構えて! アンタ、盾職でしょ! タンクでしょ!」

 今日も今日とて、被った猫の剥がれるのが早い。
 記録更新モノの早さだったなあと思いつつ、ジルベルトも剣を抜く。
 眼の前には、宙を泳ぐ無数の肉食魚が乱舞していた。
 その動きは全てがランダムに見えて、群れで行動するタイプの法則性が徐々に見えてくる。短時間でそれを見抜いて、ジルベルトは無自覚にリーダーの才を発揮し始めた。

「リベルタ、とりあえず前線お願いっ! カリスは私の横に……カリス?」
「たっ、たた、盾を……ううう、盾を構えて鉄壁デス!」
「でも、目を(つぶ)ってちゃ駄目だよ。前を見て、仲間をよく見て」
「な、仲間……ハッ! そうでした、ワタシには今、頼れる皆さんが」


 盾職のカリスを(かば)うという、なんだかよくわからない戦いの中でもジルベルトは冷静だ。
 ある種、想定内ですらある。
 面倒をみてほしいと言われるからには、半人前の冒険者だとは思っていた。自分たちとて修行中の身、まだまだ師匠たちの足元にも及ばぬ若輩者だ。
 そんな彼女から見ても、カリスは未熟としか言えない。
 だが、誰もが最初はそんなものだとも思う。
 最初から強い人間など、存在しないのだ。
 ――たった一人を除いては。

「リベルタ、そっちに纏めて押すです! これはそう、一網打尽なのですっ!」

 今日も今日とて、張り切ってまひろが躍動する。
 彼女はジルベルトと同じヒーローだが、その名の(ごと)く英雄的な戦いに奔走する。まるで、なにかに取り憑かれているかのように、今日も我が身を(いと)わず突撃してゆく。
 その性格や持って生まれた素性がそうなのか、彼女は盾を使っての攻防に長けていた。
 というより、彼女の人並み外れた身体能力の前では、盾は守りの壁である以上に凶器だった。その盾を上手く使って、小さな肉食魚たちをまひろは一箇所に集める。

「おしきたっ、まひろ偉い! ――ほいでもってえ! コイツで消し飛べっ!」

 一箇所に集められた魔物へと向かって、リベルタが大きく剣を引き絞る。自分の身長を超えるような長剣は、モーターの唸りと共に赤熱化して炎の力を解放した。
 まるで重さを感じさせない、一閃。
 使い慣れた砲剣を、まるでタクトのようにリベルタは振るう。
 ワンテンポ遅れて、フレイムドライブの業火が周囲の敵を焼き尽くした。
 が、数匹逃れて戸惑う影が爆炎から迷い出る。

「ウカノ、お願い。脚、止めるね」
「はいっ!」

 すかさずネカネの弓が矢を放つ。
 穿(うが)たれた一撃は狙い違わず、逃げようとする肉食魚の影を縫い止めた。
 次の瞬間には、まとめてウカノの回し蹴りが周囲を薙ぎ払う。ヴン! と空気が唸って沸騰し、その中でバラバラと鱗や背びれが舞い散る。
 なんとも手際のいいことで、ジルベルトはなにもしてないのに勝利を収めた。
 厳密に言えば、カリスのフォローで手一杯だった。

「……終わっちゃった、デスネ」
「あ、うん。でもほら、先は長いから。少しずつ慣れていこ?」
「うう、ジルベルトさんは優しいデス。ワタシももっと、強くなりたいデス!」

 カリスは例えるなら、そう……酷く(なつ)いた大型犬みたいな娘だった。体格に恵まれ武器防具も良いものを揃えているのに、どうにも臆病でジルベルトの背後をついてくる。長身の背を丸めて、まるでなにかに緊張して怯えてるような雰囲気だった。
 そんな彼女を、お荷物扱いする者たちはいない。
 誰もが最初はこんなものだし、ジルベルトも始めて剣を取った日を思い出すと赤面の思いである。
 ただ、そんなことを全く気にしない、気にできない仲間もいる。

「大丈夫ですっ、カリス! 前衛はわたしに任せて、ちょっとずつ慣れていくです!」

 まひろだ。
 この娘には、初心とか初陣、その緊張というものが全くわかっていない。
 そういう風に造られた人間だと、師カラブローネからは聞かされていたが、ジルベルトとしてはそっちの方がカリスの何倍も危うい。
 常人を凌駕する肉体と反射神経、細身の少女に押し込められた爆発的な筋力と耐久力。それは全て、英雄として使い倒して使い捨てる、そのために持って生まれたものだ。

「まひろー? あんまし前に出ないでね、カリスにもちょっと仕事を残してあげて」
「あっ! そ、そうでした……カリス、わたしと並ぶです。一緒に前へ立つです!」

 オロオロと立ち尽くすカリスの腕を、同じ長身のまひろがガッシ! と抱く。そうして有無を言わさず、先の通路へと歩み出ていった。その背を見送り、苦笑しつつジルベルトも仲間たちと続く。
 今日は同年代の少女たちだけのパーティなので、自然と華やぐ話題がちらほら浮かぶ。

「つかさー、カリス。もっと背筋伸ばしなー? アタシが見た感じ、絶対実力はあるんだからさ。そのために鍛えて、武具も揃えて、マギニアに乗ったっしょ?」
「え、ええ……実はワタシ、もっと強くなりたいのデス!」
「うんうん、それなー。とにかく、あんまビクビクしてないで思うようにやってみ? アタシたちでフォローするし、タンク職は本当に貴重なんだからさ」

 まひろに手を引かれるカリスは、曖昧にリベルタの言葉に頷く。
 そう、なにかきっかけがあれば……カリスはすぐに一人前の冒険者として独り立ちできるだろう。それはジルベルトもわかるのだが、なにがトリガーになるのか全くわからない。
 そうこうしている間に、進む先で再び魔物が襲ってきた。
 迷宮に入ってまだ数刻と経っていないのに、もう五度目のエンカウントである。

「結構手強い迷宮かも。まひろ、カリスについてて!」
「はいですっ! カリス、わたしみたいにやってみるです! こう、グオー! って気持ちでンギギー! って頑張れば大丈夫なのです。ガッツとファイトなのです!」
「……ごめんまひろ。ついてるだけでいいからね。私も後ろにいるから」

 持って生まれた当たり前の力だからだろうか。力と技を言語化できないまひろを責めるのは酷というものだ。
 それでもまひろは、しっかりカリスをフォローしつつ一歩下がる。
 森林ガエルの群れが無軌道に跳ねて飛んだ。
 その全てを、ジルベルトはしっかりと俯瞰(ふかん)の気持ちで視界に捉える。

「カリス、そこの二匹を抑えて、お願いっ!」
「は、はいデス! ええと、ワタシが……そう、ワタシは! 仲間を守る盾デス!」

 どこかぼんやりと頼りない印象が一変する。
 ジルベルトたちのフォローもあって、カリスは立派に敵の一部分を引き付け、盾と鎧で封じ込めた。自由を奪われた数匹が、少ない選択肢の一つを選べば次々と倒れる。音もなく矢が生えて、それは全て森林ガエルの脳天を射抜いていた。
 年下だが大ベテランの冒険者、ネカネの弓が次々と死を歌う。

「できた……できまシタ! ワタシも、役に立ててマス! ――あっ!」

 笑顔で振り返るカリスのすぐ脇を、ウカノの蹴りがブチ抜く。まるで矢のような飛び蹴りに、ぐんにゃりたわんで大きなカエルが地面に弾んだ。
 すかさずまひろが盾の表面でブン殴って、さらに盾ごと雑に蹴り飛ばす。
 なにをやっても一撃必殺、人造英雄様の面目躍如(めんもくやくじょ)といったところだった。

「よしっ、いい流れ。片付いたね……リベルタ、マップは」
「ん、まだ一本道かな。今日はもうちょい進めそうだよん?」
「うん。さ、カリス。次はもっと働いてもらうよ? どんどん動けるようになってるから、すぐに慣れてくると思うし。正直、盾職がいるとありがたいし」

 ジルベルトの言葉に、カリスは満面の笑みでフンス! と鼻息荒く頷く。
 こうして一行は、その日は適度な調査と戦闘とを繰り返し、無事に夕刻にはマギニアへと帰り着くのだった。

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