ウカノの行動は間違っている、間違いなくそれだけは言える。なにを落としたかは知らないが、それを拾いに飛び降りるなど、まさに命を落としかねない。
ユーティスが遅れて降り立つ、そこは巨大な怪獣の
振り返るウカノの手に、真紅の宝玉が光っていた。
その輝きに照らされる彼女の表情は、自分の犯した
「ご、ごめんなさい、ユーティスさん。でも、わたし、これは……これだけは」
同時に、去りかけた巨大な殺意の塊が振り向く。
この『
この迷宮の
見上げれば、ジルベルトやリベルタたちがいる通路は高い壁の上。
この高さは、身体能力に長けたイクサビトのウカノでも、オーパーツのユーティスでも登るのは難しい。跳躍ではギリギリ届かず、のろくさ登れば背後を急襲される。
「話はあとです、ウカノ。私がアシストしますので、あなたのジャンプ力で上へ」
いつも通りの冷静さを自覚して、ホッとする。
同時に、どうしてその冷静さをもっと大事にできなかったのか。
理由はわかってる。
ウカノは大事な仲間で、同じく仲間のヒロが苦しんでいた。
なにより、ジルベルトが今にも飛び出しそうな顔をしていたのである。
論理的ではないし、酷く非効率だと分かっていた。
それでも、気が付いたらユーティスはウカノを救うために地を蹴っていたのだ。
「で、でも、それじゃあユーティスさんが」
「……わ、わわ、わっ、
「は。はい。では」
壁を背に、ユーティスは手と手を組んで足場になる。
そこへと駆けてくるウカノの脚を受け止め、思いっきり全力で頭上へと放り上げた。ユーティスの腕力に加えて、ウカノの俊敏性が高さを超えて彼女を仲間たちの元へと運ぶ。
そして、ユーティス一人だけが猛獣の檻に取り残された。
だが、そんな危機的状況でユーティスは自分のスペックに変動が起こるのを感じていた。
「い、今、私は……
そう、
ユーティス一人では壁の上に戻れない。
全力のジャンプでも僅かに届かず、助走を使うには迫る敵意が近過ぎる。
なにより、上から仲間たちがピックアップしてくれたなら……その仲間ごと、ユーティスは大いなる背甲獣に薙ぎ払われることになるのだ。
それがわかってるだろうに、ジルベルトが身を乗り出して手を伸ばす。
「ユーティス、跳んで! 私が受け止めるから!」
「しかし、あねさま……ジル」
「ああそうだよ、あねさまの言うことを聞いて! 急いで、すぐ後ろに――」
「……リベルタ、そこにいますね? ……お願い、します」

同時に、ユーティスは走り出す。
頭上から響いていたジルベルトの声は、誰かに突然引きずり降ろされたように壁の向こうに消える。
それもまた、驚きだった、
リベルタは頼れる仲間、信用できる人間……同時に、有用で戦力として申し分ない戦闘個体だった。それ以上でもそれ以下でもない少女に、何故かユーティスは頼ってしまった。根拠が全くないと分かってるのに、話せば意思が通じて仲間が動いてくれた。
「放してリベルタ! まだユーティスが」
「先に謝っとくけど、ごめんね。……全滅は避けなきゃだし、アタシもああ言われちゃね」
「ユーティスが! 引っ張り上げればまだ!」
「ごめん、ごめんて……アタシだって……でも、今はユーティスを信じるしかないじゃん!」
仲間たちの安全は保障された、
にじりよる大いなる背甲獣の、その爪が届かぬ距離にジルベルトたちは去ってゆく。この迷宮は複雑だが、基本的に巨大な檻を囲むようにできている。
ユーティスは瞬時に生存の可能性を計算した。
そして、それが一桁台だが0ではないことに頷く。
同時に、大いなる背甲獣の攻撃を避けるべく走り出した。
一秒前の自分が木っ端微塵になる。
大いなる強獣の絶叫が、走るユーティスの影を殺してゆく。
だが、全力で走る中でユーティスの脳裏に不思議なものが浮かび上がった。
それが過去の記憶だと築くまでに、随分長くユーティスは回避行動を繰り返していた。
「何故、私が嘘を……そういう機能はない
激しい攻撃の中を逃げ回る。
相手は鈍重だが、なにせサイズが違う。大いなる背甲獣の一歩は、あっという間にユーティスの逃げる距離を潰してくる。しかも、完全に外界から隔離された状態だ。
そう、これは古代の文明が作ったコロシアム。
獣と人とが逃げ場を捨てて戦う娯楽の祭典にも思えるような状況だった。
違うのは、酒に酔いしれてそれを見て笑う者がいないこと。
同時に、今のユーティスを助けようと駆けまわってる仲間がいることだった。
「私が、嘘、を……ありえない、論理的ではありません。しかし、何故――!?」
大いなる背甲獣の猛攻に追いかけられながら、ユーティスは迷っていた。
わからない……ありえないし、理解できない。
それでも戦い避けて逃げ、着実に攻撃を弾きながらユーティスは過去を見た。
『総員、突撃っ! あのガメラ野郎を今日こそ倒すっ! 俺に……続けえええええ!』
『おいおい、中隊長の士官様が先頭立って突撃だって?』
『それだけ切羽詰まってるってことだろ! いそげよ、ウーティス・シリーズ起動!』
『さあ、行こうぜ戦友……頼りにしてるぜ? 俺の隣にいてくれよ』
ユーティスは自分のジャンクメモリーが、この場所との連鎖で弾けて浮かぶのを見た。
そう、かつてユーティスはこの場で戦っていたのだ。
最終目的は思い出せない。
だが、倒すべき敵、未曾有の天災がいたことを覚えてる。
名も姿も知らないそれは、今も
「それにしても奇怪な……私が嘘など。感情プログラムのバグでしょうか。嘘をつく人型戦闘機など」
ひとりごちて、身を投げ出す。
次々と繰り出される攻撃は、その一撃一撃が必殺だ。
紙一重で避ける中、ユーティスは死の恐怖も感じていた。
それも初めてで、自分を驚かせる。
人間たちの消耗品として、激化する戦線に投入される存在……それがウーティス・シリーズ。同時にでも、人間の隣に並び立って、横を歩く者。混乱の中で
「おうこらー、ド怪獣! こっちだ、こっち! 襲い遊ばせコンチクショー!」
「リベルタ、いつもより三割増しで地が出てるよ……でも、ユーティス! ここは私が!」
「私たちが、ですね! オ、オレだって、ウカノを助けてくれた人を見捨てられない!」
北側の壁の上に、仲間たちが姿を現した。恐らく、迷宮の
ゆっくりと大いなる背甲獣が、北の壁へと振り向き、突進する。
皆が挑発して敵意を煽る中で、ヒロが必死に銃を発砲していた。そして、彼らは大いなる背甲獣が接敵する瞬間、そのギリギリの刹那に先へ進んで身を隠す。
自然とユーティスは己のコンディションを一度リセットし、過去の記憶も今の自分も思考の埒外へと追い出す。
「ジル、リベルタも、ヒロもウカノも! この部屋に入る扉は南側の一つだけです! そのままぐるりと回れば間違いないかと! 私は……私は、心配するに値しません!」
怪獣の檻をぐるりと回って、最後の南側にそのドアはあるだろう。同時に、このフロアから上に逃げる秘密の小道もあると予想されている。
だが、不思議とユーティスは確信していた。
南の扉がもうすぐ開いて、仲間たちと合流できると、
それが人型戦闘機としての演算結果とは別のなにかが、繰り返し何度も響くのを感じているのだった。