冒険社ギルド、タービュランスとストラトススフィア、両陣営の者たちによって、恐るべき魔物は撃破された。もはや怪獣としか形容できぬ、大いなる背甲獣はもういない、
新たな島へと進んだ冒険者たちは、我先にと次の迷宮に飛び込んでゆく。
その何割かは毎日、帰ってくることなく死亡者名簿に名を連ねていた。
そんな中、一気に名声を得た二つのギルドは、地道で地味な活動を重ねていた。
それがネイピア商会の女主人には、上客としてこの上なく頼もしく思えるのだった。
「ネイピアさんっ! 今日もよろしくお願いします。ようやく全ての採集ポイントを地図に書けたので、かなりの量を持ち帰ることができましたっ!」
ファーマーの少女の、満面の笑みが
ネイピア商会の女主人は、いつも
彼女は、採集してきた素材を余さず預けて、決して値段交渉をしてこない。
めずらしい花や鉱物があっても、ネイピアに信頼を預けてくれる。
こんな素直で純真な冒険者は大丈夫かと、時に心配になるくらいだった。
「おやおや、随分沢山もってきたねえ。ちょいとお待ちよ」
「はいっ! 今回の探索で、
「ご苦労なことだねえ。清算するからちょいとお待ちよ」
ドロテアが持ち込んだ素材は、どれも希少でありがたいものだった。冒険者たちの多くは、新たな迷宮『
だが、ドロテアは、タービュランスは少し違っていた。
踏破した迷宮を改めて調査し、後続の冒険者たちのために地図を完成させる。そういう得にもならないことをさりげなくこなすのが、このタービュランスというギルドだ。
時々現れる茶飲み友達のカラブローネが、そういう方針を語っていたのを思い出す。
「あ、あれ……? あの、ネイピアさんっ! この鎌」
「ああ、
「やっぱり……これ、師匠がいつも使ってる武器だ」
札束を数えながら、ネイピアはちらりとドロテアを見る。
彼女は今、自分が勝手に師と仰いでる人物の武器を手にしていた。体格差もあって、すこしドロテアには重すぎる。だが、それを手にしてよろけながらも、少女は鏡に向かってキラキラと輝いた憧れを全身から発散していた。
「これ、ドロテアや。あまり触るでないぞ? ……臭いが移るといかんからの」
「臭い? え、えと……特に悪臭は。あ、でも、師匠の匂いはします!」
「その
ネイピアには見える。切り刻まれた命の臭い、他者の怒りを買って暗殺者を差し向けられた者の臭い……鼻孔に感じずとも、はっきりとネイピアには見えるのだ。
だから、それ以上は多くは語らず、ネイピアは札束を数えなおしていた。
だが、ちらりと見ればドロテアはよたよたと鏡の前に立つ。
「これが、師匠の武器……ゴクリ! ふ、ふふふ、うふふふ……格好いい!」
何度もエンの札束を数えなおした上で、ネイピアは静かに見て見ぬふりをする。
その視線の先で、鏡に向かってドロテアは大きすぎる鎌を構えて見栄を切った。
「稲穂の
ネイピアの頬がほころぶ。
なんと無邪気でほがらかなことだろうか。
鏡の前で決めポーズを披露する少女は、その横顔は煌めいて見えた。自分にも妹にも、あんな時期があったなと思い出す。
ドロテアはそのまま笑顔で、元の場所にザッシュの大鎌を戻そうとした。
だが、その彼女がビクリ! と身を震わせる。
ネイピアは黙って見守ってたが、口を挟む人物が現れてしまった。
そっとしてやってくれと思うが、見たままに驚く少年を責めることもできない。
「あっ、ああ、あの……ドロテアさん、今はなにを……えっと」
「グワーッ! ちょ、ちょっと、あの、いっ、いい、いつから見てたんですか!」

現れたのは、薬品類の在庫を補充するために訪れたマッフだった。そういえば、この少年は律儀に定期的に商店を訪れるのだとネイピアは思い出す。
凄く、気まずい。
遠く番台から見守るネイピアですら、重い空気に言葉を失っているのである。
なりきってスーパーリーパーを演じたドロテアも、それを偶然見てしまったマッフも、完全に凍り付いていた、
だが、ドロテアは真っ赤になってカウンターに詰め寄るや、素材の売却金額を受け取り、それを確認もせずマッハで走り去った。
見送るネイピアもマッフも、なんともいえぬ気持ちに押し黙るしかない。
「あ、この鎌はザッシュさんのですね。それで……ま、まあ、ネイピアさん。いつもの補充をお願いします」
「よかろう、少年。ちょっと待っておれ。……まあ、かわいいもんじゃよ」
ネイピアはくすぐったい笑みを感じながら、マッフに納品する薬品をまとめはじめた。
ただ、その目は見てしまった。
横目に
「最近、妙な噂がある……自分のクラス以外に、もう一つサブクラスを得られる古文書があるとか。だったら……リーパーも、恰好いいなあ、ま、まあ、まだ考え中だけどさあ」
マッフもまた、ザッシュが置いていった鎌を手に身構える。重い鎌によろけつつも、精一杯の見栄を切って鏡の前で決めポーズを披露した。
「白衣の死神、見参……我が同胞を傷付ける、全ての悪意をこの手で、断つっ!」
ネイピアは必死で笑いをかみ殺した。
ドロテアがドロテアなら、マッフもマッフである。ちょっともう、面白過ぎて呼吸が乱れてしまうくらいだった。
必死で腹を抱えて笑いをこらえていたが、そこに遠慮なく
「おっ、少年! サブクラスはリーパーかい? いいねえ、お姉さんニヤニヤしちゃうよ」
「はっ! マ、マイカさん!? ちょ、なんでここに……いつからここに!」
「いやねえ、注文してた研究用の資材が届くころだと思って。しかし少年! ……ぷっ、ふふふ! ふははははは!」
「アッー! わ、忘れてください、これはその、ええと」
「白衣の死神、キリッ! うわー、滅茶苦茶かっこいーい! ……ま、礼の噂を聞いてるとね。いいんじゃない? まひろちゃんなんかもう、決めちゃったみたいだし」
ここ最近、冒険者の間で有名な噂が伝搬している。
なんでも、自らの職業として得たありかたに、新たに補助的な能力として別の職業のスキルを得られる、そんな奥義を習得できる書物があるらしい。
まだ、それは発見されていない。
ただ、世界各地の世界樹を攻略する冒険者にとっては、有名な逸話だった。
「ふふふ、少年……君にもかわいいところがあるんだねえ」
「ちょ、ちょっと、マイカさん! やめてくださいよ、もう!」
「サブクラス、かあ……まあでも、少年も好きな物を選ぶといいよ。戦いで扱える武器防具も、格段に選択肢が広がるらしいからねえ!」
「そ、そうなんですよ! それで今――」
「白衣の死神、キリッ!」
「ぐあああー、やめてくださーい!」
ネイピアは冒険者たちに目を細めつつ、マイカに頼まれていた品物を取り出す。既に多くの冒険者が先をいっているが、タービュランスとストラトスフィアは懸命だ。日々、新たな迷宮からの行方不明者を聞くが、彼ら彼女らはそうはならないだろう。
若く青い活力に満ちて、それを見守る大人たちがいる。
他のギルドに遅れること一週間、ついに両ギルドは新たな迷宮に挑み始めるのだった。