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 桜の舞い散る中で、冒険者たちの探索は進んでゆく。
 この迷宮『桜ノ立橋(サクラノタテハシ)』には、主に鳥類を中心とした魔物が闊歩(かっぽ)していた。そう、飛べない歩く鳥もいたし、中には猛スピードで回廊を巡回する大型の怪鳥までいる。
 いよいよ危険度の高い迷宮の本性が垣間見えて、ザッシュは複雑な心境だった。
 いつもの澄ました微笑はそのままに、内心は初めての感情に少し戸惑っている。

「なんだ、ザッシュ。今日はどういう訳か集中力が感じられねえな」

 隣を歩くエイダードが、隠し通しているはずのザッシュの本心に触れてくる。
 このハイランダーは不思議な男で、普段からテンションは低いし、寡黙で物静かな印象がある。しかし、ひとたびハイランダーとしての誓い(ゲッシュ)を立てれば、悪鬼羅刹のごとき戦闘力を誇る一流冒険者だった。
 ザッシュとは花街でよく会うし、連れだって飲み明かすことも少なくない。
 そんな彼に言われて、ザッシュは平常心を取り繕った。


「私がかい? フッ、そんなことはないさ……エイダードも気付いてるんだろう」
「ん、ああ。背後、距離にして十五歩といったところか」
「そう、付かず離れず距離を保って、追跡してくる気配がある」
「しかも、足音を消してな。訓練された冒険者の尾行といったところだな」

 とっさに取り繕って、現状の探索状況に話題をスライドさせる。
 そう、確かにザッシュは集中力を欠いてはいた。
 それでも、エイダートと一緒に不穏な気配を感じ取る。ちらりと見れば、ネカネも無言で頷く。影の暗殺者、護国(ごこく)のハイランダー、そしてエトリア育ちのベテランレンジャー……三人共、背後に迫る謎の気配を察していた。
 だが、全く気付かぬ仲間もいる。
 その存在が今、ザッシュの絶対零度の心を揺らがせているのだ。

「まひろさんっ! ここ掘れガンガン、ですっ! さあ、秘められし地脈の恵みよ!」
「任せるのですっ! 力仕事は凄く得意なのです!」

 採掘ポイントを見つけるや、二人の少女が笑顔を向け合っていた。発見したのはファーマーのドロテアである。彼女は自分でもツルハシを取り出し、振り向いてザッシュに満面の笑みを向けてくる。
 その(まぶ)しさが、ザッシュには少しこそばゆい。
 ほのかな炭火で(あぶ)られているような、心の闇に光が差し込むような。
 そんな心境になること自体が、彼という殺戮装置には違和感であり不自然だった。

「師匠ー! なんか、キラキラした石が沢山取れました! これは酒場で受けたクエストの納品物に回しますね」
「まひろも頑張ったのです! ザクザク掘れたのです」

 二人でハイタッチして、少女たちは革袋に鉱石を詰め始める。
 ザッシュの視線に、ドロテアは無邪気な笑みでエヘヘと上機嫌だった。
 この不可思議な少女が、ザッシュにとって無視できぬ存在になっていたのだ。生来の根無し草、風来坊の無頼漢(ぶらいかん)……闇社会を影から影へと生きてきた人間には、眩し過ぎる。
 そして、ドロテアと同じくらいにまひろの笑顔も太陽のようだ。

「……あの男のことを、偽善者だと思ってたんだけどね」
「ん? ああ、ヴァインのことか」
「今は、少しわかる。理解というより感じるのかな? ……参ったね、ホントに」
「それでお前さん、いつも酒場でヴァインにいじられてるのか」
「そゆこと。こんな私みたいな人間が、他者に師と呼ばれるなんてさ……ッ、ン!」

 ネカネがとっさに「まひろ、ドロテアを守って」と静かに叫ぶ。その声は小さくても、通りがよくてその場を戦場に変えた。
 ザッシュと話していたエイダードも、槍を構えて臨戦態勢だ。
 そして、無意識に大鎌(デスサイズ)を構えたザッシュは……ドロテアを(かば)うような立ち位置に陣取る自分に驚く。とりあえず、冒険者同士なんだから当然、普通のことだと心に結んだ。
 同時に、黒い影が背後から躍動した。

「……いいさ、私は私の仕事をするだけだもの。ねえ、ふふふ」
「余裕ぶっこいてるとこ悪いけどよ……ネカネの矢を避けた。手強いぜ、こいつは」

 ネカネの放った矢を、黒い影が左右へのステップで避ける。
 そして、エイダートとザッシュという、両ギルドでも手練れのツートップに牙が迫った。
 魔物としか思えなかった、謎の追跡者……それは黒い(おおかみ)だ。
 漆黒の孤狼(ベイオウーフ)が今、エイダードの突きをかわし、ザッシュの薙ぎ払いを飛び越える。

「ドロテアッ! そっちに……っ、まひろも! 気をつけろ、そこいらの魔物とはレベルが違う!」

 焦りに叫んで、そのこと自体に驚く。
 ザッシュにとって、他者がそういう存在だった経験がないからだ。だから、いつでも笑顔で悪友の……お尋ね者のお得意様をからかっていられた。
 皆殺しにした人造英雄の、その最後の一人を妹として育てて守っている。
 偽善者だとくさしていられた過去が、今はとほうもなく恥ずかしくさえ思えていた。
 だが、そのドロテアは盾を構えるまひろをそっと手で制した。

「師匠、大丈夫です。この子……敵意がない感じな雰囲気の様子ですっ!」
「そんな、ざっくり雑なふんわりした話は……あ、ああ、うん。そうみたいだね」

 ずっと背後をついてきた謎の狼は、その巨体が嘘のようなスピードでドロテアの懐に着地する。そして、彼女がまひろと一緒に掘っていた穴から、なんともいえぬ(きら)めきの宝石をくわえて取り出した。
 敵意どころか、まだまだ採掘の余地があったから手を貸してくれたようだった。
 宝石をドロテアに渡して、謎の黒狼はハッハハッハと息も荒く尻尾を振っている。

「魔物じゃないようだな。なあ……ザッシュ? おい、お前。大丈夫か?」
「えっ? あ、ああ」
「……肝を冷やしたか?」
「そこまでお見通しとはね。まあ、否定はしないよ」

 黒く大きな狼は、ドロテアに(なつ)くようなしぐさですり寄って、やがて今来た道を引き返す。だが、何度も振り返るその目が、ついてこいと無言で語っていた。
 敵意は感じないし、むしろ助力するように貴重な素材を掘り出してくれた。
 そして、この鳥類の楽園ともいえる迷宮の中で、珍しい動物でもあった。
 その狼は、一声吼えると通路の奥へと消える。
 真っ先にドロテアが駆け出したので、慌ててザッシュも後を追った。

「くっ、なんだこれ……どうして私は走ってるんだ? あんな小娘になんの価値が」
「師匠、この子! なんだか案内してくれてるみたいなんです!」
「あーもぉ、ドロテア! 気をつけて、素直に信じないで! そいつは――」

 だが、口に出したらザッシュは軽くショックを受けた。
 他者を否定することは常だったし、赤の他人は情報源でしかなかった。そうして多くの人間を地獄の釜に蹴り落として、いくばくかの金を稼いできたのがザッシュという男だ。
 そのアウトローが今、一人の少女が心配で走っている。
 自分でも信じられないが、身体は正直でドロテアに追いついていた。そして前に出るや、自分たちを翻弄する謎の狼に対峙する。狼はなにもない中空の崖、空の広がる通路の奥で振り返った。

「ドロテア、私の後ろに! ……なんだ、なんなんだこれは」
「師匠、あの子……なにか言いたそうにしてます」
「迷宮の魔物じゃないらしいね。……ドロテア、こういう時は冷静な洞察力が一番大事だ。慌てて動くよりもまず、相手を観察するんだ」
「はいっ! 師匠!」

 自分に言い聞かせるような言葉だったが、ザッシュは持ち前の平常心で無理矢理に心の動揺を胸の奥に沈める。どうやら黒い狼は、この迷宮の謎を一つ教えてくれるらしい。
 ちょっとした子牛くらいの黒い巨体が、空中へと飛ぶ。
 その狼が着地したのは、宙に浮かぶ不思議なタイル……おそるおそる全員で乗れば、空の上を対岸の通路へと移動できるのだとザッシュたちは知らされるのだった。

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