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 それは言うなれば桜の空中庭園だ。
 謎の黒い狼に導かれるまま『桜ノ立橋(サクラノタテハシ)』を進む冒険者一行。ドロテアは宙を滑るように飛ぶ不思議な床に、絶景を見下ろせばブルリと震えが込み上げた。
 迷宮はまだまだ、上へ上へと続いてゆく。
 そんな中、ちらりと見れば例の(おおかみ)と目があった。
 とても澄んだ瞳の孤狼は、ドロテアの視線を吸い込み大人しく見つめかえしてくる。
 だが、次の瞬間には素早く動いで床が小さく揺れた。

「凄い景色なのです! あんなに入り口が小さく……っと? おろ? あわわ!」

 床に手をつき下を覗き込んでいたまひろが、風景に夢中で思わず落ちそうになる。すかさず狼が彼女のマントを噛んで引っ張り戻した。
 やはり、敵ではないようだ。
 しかも、賢くて洞察力もある。
 ザッシュやエイダード、ネカネも警戒心を緩めていた。
 そして、空飛ぶ床は自然に再び通路へと到着する。

「到着、ですっ! さあ、まずは……ほえ? 行き止まりなのです」

 真っ先に上陸したまひろが、周囲を見渡し大きな目をまばたかせる。
 確かに、空に浮かんだ回廊の先は、(エル)の字に曲がった先で唐突に途切れていた。まるで、穴だらけのモザイクパズルみたいな迷宮である。
 だが、これが順路だとばかりに、狼は振り向いてくる。
 とりあえず歩ける分だけを歩いて、ネカネがそれを地図に記してくれた。
 そして、行きどまりで行きづまったと思われたその時。

「ん? えっと、なにかな。狼さん、なにか……わわっ」

 突然、例の狼が鼻先でグイグイとドロテアの尻を押しはじめる。
 そのままドロテアは、半ば背負われるようにして元の場所に戻った。そこは、先程乗ってきた空飛ぶ床が浮いている。ネカネたちは行き止まりを丹念に調べたり、隠し通路の可能性を話しているが、まひろはちょっと飽きてきているようだ。
 まひろが乗ったり下りたりして、こちらへ奥へと床がスライドして飛ぶ。

「まひろさんっ、遊んでる場合じゃないですよ。この子、なにか教えてくれてます」
「びゅーん! キーン! どどどどー……うゆ? ドロテア、わかるですか?」
「えっと、この床に乗れって……え? こ、こっちの方向から乗るの?」

 グルル、と唸りながらも、黒狼は先程まひろが遊んでいた飛翔床へとドロテアを押してゆく。それも、皆が来て降りた場所からではなく、奥の角を曲がった別方向から乗れと言っているようだった。
 思い切ってドロテアは、その言葉なき声にこたえてみる。
 そっと、一歩を踏み出す。
 あとからまひろがジャンプしてきて、その着地で床がぐらりと揺れる。
 ふらついたドロテアを支えるようにして、狼も後に続いた。
 そして、二人と一匹を乗せた床が動きだす。


「あ、あれ? これって……まひろさん」
「わかったです! この床、乗った向きに真っ直ぐ移動するのです!」
「そ、そうだ……つまり、さっきの小さな通路は、行ってみれば……乗り換え地点?」
「見てください、ドロテア! 新しい迷宮の続きが見えてきました!」

 ふと背後を振り向けば、ザッシュが珍しくなにかを叫んでいる。しかし、その声も高高度の風と気流が散らして消し飛ばす。エイダードもネカネも、今にも飛び出しそうな……飛び降りそうなザッシュを冷静に制止していた。
 あんな師匠は初めて見るな、とドロテアは思った。
 いつでもザッシュはクールでニヒルで、オシャレで飄々としていた。なんだかかわいい服を見繕って買ってくれるし、時々リーパーの秘術を教えてくれる。そのおかげでドロテアは、ファーマーでありながら瘴気兵装をなんとか操れるまで成長していた。

「師匠、なにか言ってる……え、あ、いや、それは、ないけど……し、心配されてる!?」

 そう思っていると、ドロテアたちを乗せた飛翔床は、未知なる迷宮のさらに奥へと静かに停止する。もうすでに、対岸の仲間たちは雲の彼方に見えなくなっていた。
 そして、新たな道の先に凶悪な敵意が飛んでいた。
 迷宮の断片、パズルのピースの一つみたいな小さな区画に、ドロテアは立った瞬間突風を感じた。それで、瞬時にまひろが守ってくれたと知る。
 今、巨大な怪鳥が逆巻く乱流を引き連れドロテアたちに襲い掛かっていた。

「ッ! う……こ、これ……師匠たちが言ってた、F.O.E!」

 ――F.O.E。
 すなわち『Field On Enemy』と呼称される迷宮の守護神だ。どれもが一級品の戦闘力を誇る、決して触れてはならない強敵。通常の魔物と違って、決まった行動パターンで冒険者たちの迷宮探索を妨害する難敵だ。
 押しかけ弟子としてドロテアも師匠から教わっていた。
 ザッシュは、情報と戦力が揃わない限りは、絶体にE.O.Fには触れてはならないと言っていた。
 だが、今のドロテアに選択肢はなかった。
 そして、敵意が甲高く鳴く中でまひろの雰囲気が激変する。

「ドロテア、狼さんとギュイーンな床で戻るです!」
「えっ? い、いや、それって……まひろさん」
「わたしなら、短時間なら持ちこたえられるです! ドロテアは、みんなを呼んできてほしいのです!」

 だが、瞬時にドロテアがとった行動は意外なものだった。
 自分でも、その判断を驚きつつ、疑いはしない。
 ドロテアは背負った大鎌を構えるや、まひろの隣に並び立つ。

「狼さんっ! 元の場所で師匠たちを! その間、ここはまひろさんとわたしがっ!」
「ド、ドロテア!? 危険が危ないのです!」
「そんなことないっ! わたしなら、なんて……駄目! わたしたちなら、でいくんだ!」

 黒い狼は察したとばかりに再び飛翔床に乗る。
 同時に、まひろがかざした盾が襲い来る猛撃を弾いて金属音を歌った。
 恐るべき桜の園の監視者……その名は怒れる猛禽(もうきん)
 それを知らぬまま、ドロテアはまひろと共に立った二人で挑むハメになる。そのことに後悔や理不尽は感じなかったが、一人ではないことをこれほどありがたく思ったこともなかった。
 その証拠に、まひろは圧倒的な盾さばきでクチバシとカギヅメの攻撃を押し返す。

「狼さんが呼びにいってくれたです! すぐ仲間のみんなが――!?」
「危ない、まひろさんっ!」

 瞬間、ドロテアの全身から黒い花びらが暗く輝く。
 覚えたての見様見真似でも、瘴気兵装は彼女を中心に強固な防御力で背を押してきた。そのまま彼女は、大鎌を構えて強大な敵へと立ち向かう。
 そして、その動きをアシストしてカバーするようにまひろも剣を振るった。

「うなーっ! 鳥さん、やっつけちゃうです!」
「でも、決め手が……もう少し、わたしたちに攻め手があれば――」

 怒れる猛禽はさらなる激昂に燃えて、反撃してくる。
 仲間たちが到着するまであと少し、もう少し……持ちこたえるべくドロテアは身構える。
 突然、猛る魔物の気配が委縮したのはその時だった。

「ご苦労様でした、クロガネJr。……おや? これはいけませんね」
「乙女たちよ、案ずるなかれ……(わらわ)が秘技にて祈り救わん!」

 突然、怒れる猛禽の動きが弱った。
 同時に、強力な加護の力が重く身を包む……まるで深海の水圧にも似た凄まじい力が込み上げてきた。
 次の瞬間、ドロテアはまひろと共に刃を一閃、恐るべき大怪鳥を両断する。
 そして、気付けば目の前に二人の冒険者……ジト目のプリンセスと凛々(りり)しいドクトルマグス、二人の女性が立っているのだった。

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