ドロテアは驚きに固まった。
まひろも、ぽかんと口をあけたままである。
そんな二人の横で、黒い
「おいで、クロガネ
ドクトルマグスの女性が、屈んで狼の頭を撫でる。どうやら名前はクロガネJrというらしい。
先程は助けてくれたが、ドロテアは瞬時に警戒心を励起させた。
勝手に師匠とあがめているザッシュもそうだが、冒険者は皆が迷宮では油断しない。たとえ助けられたり救われたりしても、そこにどういう意味があるのかと熟慮する。
思考と判断を止めてはならい、ドロテアはそのことを最近の冒険で思い知っていた。
「あのっ! 助けていただいてありがとうございます。わたしはドロテア、こっちはまひろといいます」
「あたしはアーテリンデ、そしてこの子はクロガネJr。あとは――」
アーテリンデと名乗った女性の、その声を遮るように隣のプリンセスが一歩歩み出た。
年のころはドロテアと同じくらいだ。一目でプリンセスと知れるその華美な姿は、濁ったジト目が暗く輝いている。まるで
そのプリンセスが、突然謎のポージングと共に叫ぶ。
「妾の名は、シェイレーヌ!
露骨に「あちゃー」とアーテリンデは手で顔を覆った。
どや顔のプリンセスは、高らかに名乗りを上げて満足げに笑う。
まひろは瞬きを繰り返すだけだったが、とっさにドロテアも前にでた。
「先程は助かりましたっ! わたしはドロテア、人呼んで

――豊穣なる秋の死神。
今、唐突に考えた。
もちろん、だれからもそう呼ばれたことはない。
ただ、謎のライバル心を感じて、気付けばドロテアも決めポーズをズビシィ! と取ってしまった。この、かざした
シェイレーヌの無駄にのけぞり見下ろすようなポーズも同じだろう。
しばしの沈黙の中で、二人の間に静かに風だけが吹き抜けてゆく。
「ほう、
なんだかよくわからないが、相手は少し嬉しそうだった。
ドロテアも、一瞬で思い付いた通り名があたかも定着しているかのような雰囲気にフンス! と鼻息を荒くする。
「禍神の姫巫女殿、これより先は我ら冒険者の進む道! 立ちふさがるならば」
「フッフッフ、よかろう。妾が奉じる禍神の名にかけて――」
「はあ、また始まったか……クロガネJr、お願い」
呆れた様子でアーテリンデが指示すると、無言でクロガネJrがシェイレーヌのマントを噛む。そしてそのまま、ズルズルと奥へと引きずって消えた。
「あ、これ! 放すがよい! 妾を誰と思うておる! あ、あーれー!」
「まったく……ごめんね、ええっと、ドロテアだっけか。……豊穣なる秋の死神?」
「忘れてください! まだ設定が固まってないので!」
「そのポーズ、というか、構え? ええと、リーパーの」
「特に意味はないです! あと、本職はファーマーなのです!」
ドロテアも今になって、
反射的に張り合ってしまったが、今になって恥ずかしくなってきたのである。真っ赤になって
「ドロテア、無事かい! ……あ、ああ、別に心配はしてなかったけどね。うんうん」
言葉とは裏腹に、ザッシュが駆け寄ってくる。
なにがあったのかと、エイダードやネカネが身構えた。
思い出したように、まひろがようやく
「なにか、凄いバトルがあったのです! そして、ドロテアが勝ったです!」
「ちょ、まひろ、待って……さっきのは、あれは」
「ドロテアは豊穣なる秋の死神と呼ばれる凄腕冒険者だったのです!」
「やーめーてー、忘れてっ! ししし、しっ、師匠、これはですね」
いつも微笑を絶やさぬザッシュが、フラットな無表情になってしまった。先程は僅かに焦ったかのような態度を見せたが、今は生温かい視線でドロテアを見下ろしている。
顔を背けたネカネは肩を震わせているし、エイダードだけが「なるほど」と真顔だった。
そんな中で、アーテリンデはやれやれと肩をすくめて話し出す。
「どうやら、ようやく話のわかる大人たちが来たって感じかな。いい、冒険者さん?」
そうだ、こんなことをしている場合ではなかった。
慌ててドロテアが警戒心を取り戻せば、その前にザッシュが自然と立つ。
「改めて、あたしの名はアーテリンデ。海の一族に雇われた冒険者よ」
――海の一族。
ちらりと話には聞いていたが、ドロテアにとってはそういう巨大船団がいるということしか知らない。ただ、
「女王エンリーカの言葉をあなたたちに伝えるわ……レムリアの秘宝は我々海の一族がいただく。マギニアはこの件から手を引き、即刻退去なさい」
それだけ言うと、アーテリンデは去ってゆく。
ただ、一度だけ肩越しに振り向いた、その表情は決して好戦的なものではなかった。
「確かに伝えたわよ? おねがい、無駄な戦いはあたしの望むところではないわ」
それが本音だと、ドロテアには信じられた。
そして、アーテリンデを見送る中で、事態が複雑になってきた理由を知る。
「……参ったね、これは。まさか、あの海の一族が出てくるとは」
「知ってるんですか? 師匠」
「フフ、私にとって情報は大事な商売道具だからね。豊穣なる秋の死神ちゃん?」
「あわわ、それはやめてくださいー!」
ザッシュが詳しく皆に説明してくれた。
海の一族とは、領土を持たぬ巨大な船団国家である。女王エンリーカを統治者とし、空中都市マギニアとは静かな対立関係で睨み合っていた。
海の一族はその大規模は制海権を使って、海の流通を取り仕切っている。
故に、同じく陸から陸へと飛ぶマギニアの存在は、海路の独占をもくろむ海の一族にとっては目の上のたんこぶなのだとか。
「ふむ、俺も多少は聞いていたが……海の一族、か。これは一度、探索司令部に戻った方がいいな。……国同士の問題は、こじらせたら厄介だ」
エイダードが渋い表情で頷く。
ハイランダーである彼の発言には重みがあった。なにせ、ハイダンダーの故郷であるハイランドは、もうずっと以前からブリテンとの戦争を繰り返しているからだ。
国と民のために戦う
とにかくドロテアたちは、一度マギニアに戻ることになるのだった。