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 カラブローネは正直、辟易(へきえき)していた。
 先程仲間たちと探索司令部に顔を出し、ジルベルトたちのまとめた仔細を報告してきたばかりである。今はクワシルの酒場でカウンターに座っているが、先程からちっとも酒が進まない。
 よほど不景気な顔をしていたのか、店主のクワシルが陽気に話しかけてきた。

「どーしちゃったのよぉ? カーラブローネの旦那(だんな)?」
「いやねえ、ちょいと面倒なことになってネ……あんた、口は堅い方かい?」
「商売柄、秘密の扱いにはなれてるよぉ? 街中に広がるのを、三日間は食い止められる! なーんてね! アーッハッハッハ!」

 軽口を叩きつつも、わきまえているのがこのクワシルという男だ。
 多分、そうだ。
 そう思いたい。
 このマギニアで冒険者たちのクエストを一括管理している酒場の主、それがクワシルである。完全な信頼を寄せられはしないが、必要最低限には信用できるだろう。

「実はねえ……戦争になるかもしれないんだよぉ、トホホ」
「な、なんだってーっ! おいおい旦那ぁ!」
「声がでかいよ、声が。まあ、戦争になるかもしれないし、ならないかもしれない」

 ようやく(さかずき)に手を付け、ぬるくなってしまったエールで唇を濡らす。
 そうしてカラブローネは、さらに声をひそめて詳細を語った。
 このレムリア群島に、マギニア以外の勢力が上陸した。冒険女王の異名を持つエンリーカが率いる、海の一族である。世界中の海路を牛耳(ぎゅうじ)る海洋国家であり、流通から海賊退治まで幅広く活動している。
 この世界の七割は海で、その全ては海の一族の大地なき領土だった。


「知ってると思うけどねえ、マギニアは昔から海の一族とは、こぉ、ちょいバチバチなのよ」
「流通競争ねえ。クリッパーレースの異端者だからなあ、マギニア。そーりゃ、憂鬱(ゆううつ)な訳だあね。あ、これはボクのおごりね」

 小さな小鉢に(さかな)を盛り付け、クワシルはそっと差し出しウィンクする。
 彼なりに気を使ってくれてるようだ。
 そう、マギニアはこの世界で唯一の飛行都市だ。遥か北の地には古代の浮遊城があるとも言われているが、その技術を転用して天空を飛び回る。
 それが、交易船(クリッパー)のスピードに命を賭ける海の一族には気に入らないのだ。
 大空には大陸も島もない。天候次第でいつでも一直線に目的地へ荷を運べるからだ。

「その海の一族と、うちらの若いのがバッタリ遭遇しちゃってねえ。っと、噂をすればだネ」

 ちょうど、仲間たちが連れだって酒場を訪れた。お馴染みのエイダードとユーティス、そして珍しくマイカとライトニングが一緒だ。
 席も丁度カウンターが同じ数だけあいてて、こちらを見つけた四人が歩み寄ってくる。

「おいちゃん、おつかれー。……なんか、本当に疲れてるね。大丈夫かい?」
「ありがとよぉ、マイカちゃん。あれ? ザッシュとヴァインはどうしたね?」
「ザッシュはなんか、ドロテアちゃんを連れて買い物にいったよ? ふふ、ご褒美だってさ。あの男、ちょっと雰囲気かわったよね。で、ヴァインは採取クエストの護衛中」

 みんなでドヤドヤと横一列、たまにはこんなのも悪くない。
 次々と注文を受けると、あとは内々でとクワシルが視線で語り掛けてくる。カラブローネも瞳で頷き、やはり最低限のことをわきまえた男だと信用度を少し高めに見積もりなおす。
 そして、酒と料理が運ばれる中での情報共有が始まった。

「へえ、海の一族ですか。基本的には気のいい連中ですがねえ」
「ああ、ニング君はアーモロードの深都出身だったね」
「ええ、アーモロードは一大港湾都市ですからね。海の一族とは協定があって、彼女たちの母港になってるんです。ほぼほぼ同盟国同士ですね」
「なーるほど。マギニアもアーモロードとは友好関係にあるけど、頭の痛い話だなあ」

 戦争の影が忍び寄っている。
 それを退けられるかは、カラブローネたちの双肩にかかっていた。
 先程ペルセフォネ王女は勅命(ちょくめい)を直接タービュランスとストラトスフィアに下した。
 海の一族が上陸した拠点に(おもむ)き、トップ同士の会談を取り付けてほしいと。
 このマギニアを統べる王女として、ペルセフォネも覚悟があるのだろう。

「戦争だけは勘弁だな。そのきっかけにもなりたかないが」

 一人端っこで杯をあおって、その中の氷をじっと見つめるエイダード。ハイランダーとして戦ってきたこともある彼としては、戦争のなんたるかを誰よりも体で経験していた。
 カラブローネだって、あちこち旅をしていた時期に戦場や紛争地域を見たことがある。
 なんとも(かな)しく、非生産的な灰色の光景だけが広がっていた。
 このレムリア群島は、夢の宝島から一変して地獄の戦場になるかもしれない。

「とりあえず、メンバーを選抜してミッションに挑むとして、だ」

 それと、もう一つカラブローネには頭の痛い問題があった。
 できれば情報屋のザッシュに詳しく調べてほしかったし、なにより直接言の葉を交わしたドロテアにもあとで話を聞きたい。

「その、報告書にあった……禍神(まがつがみ)の姫巫女って、なに?」
「……さあ? ユーティス、本当にその少女はそう名乗ったの?」
「確かにそうだと、ドロテアが証言しています。私も遠距離からですが、同じ音声を拾いました」

 海の一族が雇った冒険者、アーテリンデについてはすぐに知れた。あのハイ・ラガートを代表する高名な冒険者で、学者や術師としても沢山の著作を世に送り出している。あのリボンの魔女も認めた冒険者だという噂まであって、背びれ尾びれの(たぐい)だろうが信憑性は高かった。なにより、実績が全てを語っている。
 だが、禍神の姫巫女シェイレーヌなる人物は誰もしらない。
 と思ったが、意外なところから貴重な情報がこぼれでた。

「都市伝説だと思ったんですがねえ……実は深都でも海都でも、十年以上前に妙な噂が流行(はや)ったんですよ」

 ライトニングの話を要約すれば、こうだ。
 アーモロードの世界樹には、その深淵に名状しがたきフカビトの神が(まつ)られている。その邪悪な存在は一度倒されたが、定期的に残滓(ざんし)が蘇るのだそうだ。それを倒すために、深都の騎士たちも海都と連携して、そのつど死闘が繰り広げられてきたのだ。

「……妙な噂でした。この危険なミッションから帰還した女性の冒険者が、純潔の乙女のまま……身籠(みごも)ったという噂です」

 その女はすぐに、ロード元老院にかくまわれたと言われているが仔細は不明らしい。

「もし、ですよ? もし……処女懐胎したそのレディが産んだ子が生きていれば、14か15くらいだと思います。ただ、なにせ深都の上層部もこの件に関してはだんまりでして」

 ライトニングは深王代理騎士(しんおうだいりきし)たる親戚筋にも確認をとろうとしたが、なにやら話せぬことがあるとのことだった。
 どうにも胡散臭いが、そこまで言われると妙な信憑性がちらついてしまう。
 ただ、報告書によれば危険度はかなり低い人物だとジルベルトはまとめていた。カラブローネとしても、弟子の人間を見る目を信じたいし、信頼できる眼力を育ててきたつもりである。

「ま、そこは保留だねえ。……あとは、なにあれ? 豊穣(ほうじょう)なる秋の死神? ってのは」

 だが、マイカが澄んだ笑顔でポンと肩を叩いてくるので、カラブローネも察した。
 そういうお年頃は誰にでもあって、ジルベルトだって病床の兄と英雄譚に夢中だった時期があった。少年少女が通過する、いわゆる若気の(いた)りなのだ。
 ともあれ、カラブローネたちは改めて海の一族への使者となるべく、明日からのことを慎重に話し合うのだった。

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