激戦をくぐりぬけて、その先へ。
ジルベルトたちが『
そして、見下ろす海に無数の船が
間違いない、アーテリンデが言っていた海の一族の居留地だ。
ここからがミッションの本番である。
「さて、と。みんな、ここからが今回の――あ、待って! まひろ! ステイ! ステーイ!」
バウワウと大型犬のように、まひろは荷物を持って走り出した。その両手に抱えているのは、迷宮内で改修した水兵たちの遺留品である。
先程の戦いの疲れも見せず、彼女は一目散に下り坂を駆けていった。
慌ててジルベルトも追いかけるが、疲労感が脚を重くしていた。
それほどの激闘だったのだが、まひろは全くその疲れも怪我も感じさせない。
そして、彼女が走る先で屈強な男たちが振り返る。
「ああ? なんだありゃ……子供じゃねえか。女の子だ」
「っていうか、もしかしてあれかあ? マギニアの冒険者じゃねえか?」
「中隊、集合! 不審者が接近中! 警戒しろぉ!」
あっという間に海の一族が殺気立つ。
あちゃー、とジルベルトは顔を手で覆った。
だが、まひろは無遠慮かつ無防備に男たちの前に立った。
「こんにちはです! わたしはまひろ、冒険者なのです!」
「……はあ? あ、ああ、それで……ん? その手に持ってるのは」
「迷宮でこれを見つけたです! 受け取ってほしいのです」
「こいつぁ……おい! 誰か、大隊長を呼んでこい!」
ジルベルトたちが追いついた時にはもう、話が進んでいた。
カラブローネもやれやれと肩をすくめ、ネカネは目が死んでる。ダンジョンを踏破せし同志、盟友、みんな目が死んでる。
ユーティスだけが冷静に、ひょいとまひろを猫のように摘み上げた。
「ジル、まひろを確保しました」
「ありがと……さて。あらためて。マギニアよりの使者として参りました。どなたか、エンリーカ王女に
冒険者としては、武術や探索術も大事だが、こうした折衝や交渉術も求められる。いい機会だからと、カラブローネは全てをジルベルトに任せてくれていた。それでいて、いつでもフォローにまわれるように後方で見守ってくれている。
だが、屈強な海の男たちは顔を見合わせると笑い出した。
「おいおい、坊ちゃん……っと、お嬢ちゃんか。なに言ってるかわかってるのか?」
「殿下に会いたいだなんて、いきなり現われて、それも使者だあ?」
「あっ! 大隊長! こちらです、こいつらがマギニアの冒険者たちです」
やがて、奥から身を揺すって巨漢の水兵が現れた。身に着けた鎧や装飾品からも、かなりの地位の軍人であることが見て取られる。髭面の大隊長は、他の水兵に落ち着くように言い聞かせて、ジルベルトたちの前に立つ。
まるで、絶対零度の氷壁だ。
威圧感に思わず、ジルベルトは逃げ出したくなる。
だが、ここで引きさがっては駄目だ。ペルセフォネ王女の意思を伝え、戦争を回避するためにも話し合いに持ち込まなければならない。
「先程、部下たちの遺品を受け取った……お嬢ちゃんたちが探してきてくれたのかい?」
「は、はい」
「まずは礼を言おう、そして無礼を詫びたい。仲間たちの生きた
恰幅のよい大隊長は、うやうやしく
どうやら交渉はうまくいく、そう思ったその時だった。
面を上げた大隊長は兜を被りなおすと、鋭い眼光でジルベルトたち一行をぐるりとねめつけた。
「気遣いには感謝する。だが、殿下へのお目通りは叶わぬ。帰るがいい」
「そんな! 我々マギニアには、交戦の意思はありません。どうか、王女殿下同士での会談を――」
「我々海の一族とマギニアの遺恨はしっておろう。空と海とには、決して消えぬ憎しみがあるのだ」
「それでも! こうしてこの地に集ったからには、互いの利を分かち合うべきです! 無駄な戦いは――」
その時だった。
おとなしくなったと思ったまひろが、叫んだ。
「わたしたちはお祈りしたです! お祈りは死んだ人をおやすみさせるです! 生きてる人にも、それは大切なことなのです!」
ユーティスに片手でぶらさげられている状態で、全くさまにならない言葉だった。
だが、それはあまりにも素朴で当たり前のことで、思わず大隊長も面食らってフムと唸る。そして、決定的なチャンスがジルベルトの前に現れた。
華美に着飾った、キラキラなアーモロードのプリンセス。
その目にジトリと暗い光を灯した、一人の少女が現れたのだ。
「大隊長や、ここは
「し、しかし、姫巫女様」

以前も会った、シェイレーヌとかいうプリンセスだ。別名、
ただ、その瞳だけが尋常ならざる輝き
彼女は謎のポーズを決めつつ、キリッ! と表情を凛々しく作る。
「よくぞ参った、マギニアよりの使者よ。この件、妾が預かろうぞ! 必ず、エンリーカ王女との会談を実現させてみせよう。妾が奉ずる禍神の名にかけて!」
大隊長が「あっ」という顔をした。他の水兵たちも、あちゃーと皆が皆呆れて顔を手で覆う。ドヤ顔のシェイレーヌだけが鼻息も荒くキメッキメにふんぞり返っているのだった。
「え、ええと、じゃあ……シェイレーヌさん。お願いしてもいいでしょうか」
「構わぬ! 妾に、この! 妾に! 禍神の姫巫女に任せるがよい!」
「はあ……だ、大丈夫かな、この子。でも、ありがとうございます。宜しくお願いしますね」
「うむ!」
ポン、とカラブローネがジルベルトの肩を軽くたたく。それは、上出来だと無言で伝えてきた。紆余曲折はあったが、どうやら武力衝突だけは避けられたようだ。
ほっと胸をなでおろしていると、シェイレーヌが男たちの間をすり抜け前に出る。
「時に……豊穣なる秋の死神は息災かや?」
「え? ええと、それって確か」
すかさずまひろが、ユーティスにぶらさげられたまま応えた。
「豊穣なる秋の死神は今、密林の深淵にて命を刈り取っているです!」
「ドロテアなら今、迷宮で採集と伐採のクエストに参加中です」
まひろが無理に作った誇張表現を、淡々とユーティスが和訳する。
シェイレーヌは大きく頷き、満足そうに腕組み微笑む。
「では、今日の所はマギニアに戻るがよい。後程、こちらから使いを出そうぞ。それと」
――死者への
それだけ言うと、シェイレーヌは去っていった。
周囲の水兵の反応を見るに、どうやら彼女は海の一族の中でも変に発言権が強いらしく……それでいて、どうやら持て余されているようだった。