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 少女たちの迷宮探索は続く。
 次のフロアへの階段を降りると『海嶺ノ水林(カイレイノスイリン)』は別の顔を見せ始めた。
 地下二階に入ってすぐ、ジルベルトたちを海流が襲う。

「わわっ! 流されるです! んぎぎぎぎ……踏ん張れないのです!」

 なんとか流れに逆らおうとしたまひろが、遠ざかっていく。ジルベルトもここは潮の流れに身を任せてみた。もちろん、警戒は怠らない。それは隣のリベルタも同じようだったが、珍妙なポーズで飛んでくシェイレーヌやドロテアを見てると、妙な安心感がある。
 この迷宮は海の中にあるので、一部で海流が逆巻いているのは当然とも思える。
 冒険者たちの迷宮探索では、こうした大自然の洗礼を受けることは常だった。

「っと、止まった。リベルタ、どれくらい流されたかな?」
「えっと、そんな大きく動いた感じはないかな。でもこれ、見てよジル」

 着地してすぐ、リベルタは地図を確認しながら今来た道へと引き返す。
 だが、海流は一方通行らしく、先程と同じ波でリベルタを押し出した。ここから先はこの海流に気を付けて進まねばならないらしい。最悪、降りてきた階段まで戻れなくなることもあるだろう。
 流れの向きと距離とを、リベルタはすぐに矢印で地図に書き入れた。

「ってことは、進むしかないか……アリアドネの糸はあるし、まだ少し荷物にも余裕がある」
「残りの文献も探すとして、気を付けて動かないとね。ほらジル、あそこ見て」

 リベルタの指さす方向に、巨大な海獣が徘徊している。このフロアをなわばりにしている、F.O.Eだ。海竜のような甲殻と鱗が、自然と堅牢な防御力を無言で主張してくる。
 視界に入らなければ安全なタイプと見たが、このフロアでは要注意である。
 先程のように海流に飲み込まれて、そのままF.O.Eの前に運ばれてしまったら危険だ。

「ふむ、やはりアーモロードの迷宮にそっくりじゃの。同じなら、回り込んで逆向きの海流を探せば戻れるじゃろうて」

 こんな時、アーモロード出身のシェイレーヌは頼もしい。
 確かに、周囲を見渡せば逆に流れる波濤が小さく泡を立てている。また、それ以外の通路は今まで通り歩いて進むことができそうだった。
 襲来する鱗竜とかいう名の危険なF.O.Eを避けつつ、冒険が再開された。

「ん、なんとなく採掘ポイントが近くにある気が……この匂い」
「フッフッフ、見よるか豊穣(ほうじょう)の!」
「……ええ、我が魔眼が、ってなに言わせるんですか。鉱石って微かに独特な匂いがあって」
「ふむ、それが見えたのじゃな!」
「いや、あの、ちょっと鼻に感じただけなんだけどな」

 普通に進む分には、いつもと変わらない。
 ドロテアの言う通り、鉱石が掘れるポイントがあったので地図に記し、ピッケルを振るう。そして、何度目かの海流に流されたその時だった。

「……今回は長いね、ジル。かなり流されてるみたい」
「うん。みんな、出たらすぐに身構えて! もしかしたら魔物が待ち伏せして――!?」

 ジルベルトは一瞬、見た。
 右へ左へと流される中、視界のすみを巨大な箱がよぎる。海の一族の兵士たちが背負っていたもののようで、あれにももしかしたらレムリアの文献が収められている可能性がある。しかし、その光景は一瞬で後に飛び去った。
 そして、また見知らぬ部屋に出て振り向く。
 リベルタやまひろ、シェイレーヌもドロテアも見たらしい。


「今、箱があったです! すぐに戻って回収なのです!」
「落ち着いて、まひろ。この海流には逆らえない。まず、一度さっきの場所まで戻ろう」
「迂回して逆流を探すのじゃな。襲来する鱗竜にも警戒が必要じゃろうて」

 面倒なことになってきた。
 大きく回り込んで、海流も利用してどうにか先程の地点に戻ることはできた。何度か戦闘もあって、魚類や(かに)、果ては貝までも魔物となって襲い来る。その素材もそろそろ重くなってきた、そんな時だった。

「確か、ここから流された先にあったよね、箱」
「あったです! わたしがグッと手を伸ばしてガシッ! っと、そしてそのままギューンなのです!」
「いやあ、上手くいくかなそれ……まひろの力でもちょっと難しくない?」
「とりあえず、もう一回だけ進んでみましょうか」

 またしても、潮の流れに身を任せる。
 今度ははっきりと、その途中で壁に挟まっている箱が見えた。前のフロアで文献を回収したのと同じタイプで、背負って歩けるように革のベルトがついている。
 じたばたとまひろが手を伸ばしたが、やはり上手くつかむことはできなかった。

「むうー、届かなかったです。もう一回チャレンジなのです!」
「いやいや、まひろ。ありゃまひろでも無理だって。それより、ここはまず保留して先を探索、地図に記しておいたからまた来れるしさ」
「そろそろ荷物もいっぱいじゃしのう。(わらわ)にまでこんなに持たせおって。ああ、それとリベルタ!」

 今度ははっきりと箱の位置を地図に記した、そんなリベルタにシェイレーヌが詰め寄る。振り向くリベルタがまた、悪い笑顔になっていた。

「うーん、スケッチがはかどるなあ。こう、また文献が手に入ったら」
「それなんじゃがな! そう、まさにそれよ!」
「……やっぱ駄目? にはは、さすがにやりすぎたかにゃー?」
「妾の姿が見事に描かれておる。ここの部分だけ貰えまいか? こう、切り取って」
「え? あ、うん、いいけど」
「次なるポーズも考えておかねばのう。さすが妾、なにをやっても()えてしまうのう」

 禍神(まがつがみ)の姫巫女様も、あんがいかわいいところがあるんだなあ、などとジルベルトが思っていた、その時だった。不意に背後に突然気配が立った。
 それで驚き、剣の柄に手をやり身をひるがえす。
 そこには、一人の男が立っていた。

「ああ、すまない。驚かすつもりはなかったんだ。ええと、確かジルベルト、だったよね」
「ブロートさん……ほっ、びっくりしました。お疲れ様です、そちらも文献を?」
「まあ、そんなところかな」

 謎の冒険者ブロート。今日も相変わらず温和な笑みを浮かべているが、その目だけは笑っていない。以前以上にジルベルトは、奇妙な違和感に警戒心が尖ってゆく。
 だが、そんな感情を上手く隠して、互いに知り得た情報をまずは交換した。
 怪しい人物だが、こちらのパーティも珍妙な小娘ばかりと言えなくもなかった。

「ああ、海流ねえ……そうか、じゃあこれを使うといい。私はもうマギニアに戻るからね」
「これは?」
「……海珠(かいじゅ)。これを上手く使うと、厄介な海流をおさめることができるんだ。じゃあ」

 相変わらず謎多き青年だが、ジルベルトは彼から宝玉のような装飾品を受け取った。深い海の(あお)をたたえて、静かに輝く海珠……それがこのあとすぐ、驚くような活躍をみせるとはこの時は思わなかった。
 不思議な祠のような場所を見つけて、そこにピッタリ同じサイズの台座があった。
 そこに海珠を収めると、不思議なことに波の音が遠ざかっていったのだった。

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