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 リベルタたちは海の底に広がる回廊を順調に進んでいた。
 ジルベルトの判断と指示は的確だし、ドロテアの提案と助言も警戒心にあふれている。
なにより、この『海嶺ノ水林(カイレイノスイリン)』を過去に経験したシェイレーヌの記憶がありがたかった。
 そしてなにより、初めての魔物との戦闘でもまひろは全くひるまない。
 危険に感じるくらいに、彼女は恐れというものを知らないのだった。
 そんなこんなで、リベルタはまひろのフォローに忙殺されっぱなしだった。

「あっ! あっちからお魚さんたちが来るです。うわあ、大きいのです」
「バッカお前ぇ、下がれって! どう見てもこの迷宮のF.O.Eじゃんか!」

 大きな広間に出たところで、古代魚の群れに遭遇した。整然と群なし泳ぐ姿は、進化を忘れた神代の生物にも似ている。獰猛なその目がこちらを見つけて丸く尖る。
 慌ててリベルタは、剣を抜こうとするまひろを引っ張り後退した。
 ジルベルトも無言で、戦闘の回避を伝えてくる。
 F.O.E…… Field on Enemyは迷宮を徘徊する死の体現者である。戦って勝利すれば、貴重な素材や得難い経験を積むこともできるだろう。だが、そうした栄光は常に、死と隣り合わせなのだった。

「……アタシゃ疲れたよ、もう。なんとか追いつかれずに逃げきれたかな」
「大丈夫ですか、リベルタ。疲れたならわたしが荷物を持つです!」
「ほー、へー、ありがとお! ったく、誰のせいだと思ってるんだか」

 だが、不思議と苦笑が込み上げる。
 まひろは誰にとっても妹のようなもので、美貌が幼くあどけないのは精神年齢の問題だった。そんな彼女でも、最近はみるみる成長しているし、人付き合いにも慣れたようだ。
 先程など、ウミケムシに張り付かれたジルベルトを真っ先に助けてくれた。
 以前なら蹴散らし踏み潰していただろうが、そっと払って元の場所に解き放ったのだ。

「いやしかし、なんじゃお主……そんなに虫が苦手とはのう」
「い、いや、一部の虫ね。ごく一部の。私、小さい頃からダメなんだよね」
「でも、ジルのおかげでいろいろと採取できたです。……特にこれは、ペルセフォネ王女殿下へのお見舞に丁度いいかもですねっ!」

 ドロテアの持っている小瓶は、先程手に入れた香油である。それ自体はやや高級品だが、ありふれたものだ。だが、冒険者の誰かがこの迷宮で瓶を落としたらしく、割れ出た香油は海藻の窪みで熟成された、天然の海からの贈り物である。
 さっき全員で足に塗ってみたが、危険はないどころかたちまち疲労が回復した。
 迷宮は時に、人間に素晴らしいプレゼントをもたらしてくれるのである。

「で……ジル、こっちに進むと不自然な空白地帯が。これって」
「小部屋だね。海の一族の先遣隊が、その生き残りがキャンプを張ってるかもしれない」
「んじゃ、行きますかねー」
「ん、気を付けてリベルタ。気配というか、人の息遣いが感じられない」

 皆が武器を構えて、先頭にまひろが立った。彼女は彼女なりに慎重に、それでもリベルタが見ててハラハラするような無防備さで部屋に飛び込んだ。

「魔物はいないです! ヨシ!」
「や、それはもういいから。……なるほどね、ジルの言う通りだった訳だ」

 小部屋の中央に、テントが設営してある。そして、その周囲に白骨の死体が武具を散らかしていた。斧や鱗の鎧は、海の一族たちが好んで使う装備である。
 瀕死でこの小部屋に逃げ込んだものの、救援を待つ暇もなくやられてしまった。
 そのあとで魚たちについばまれて、今は骸骨に貝や海藻がこびりついている。
 注目するべきは、テントの中にあった。

「……まずはこの人たちを(とむら)おう。リベルタはテントの中、なんか箱? みたいなのあるから調べてくれる?」
「がってーん! とりま、うん……運もなかったね、おじさんたちさ」

 遺体と言えぬほどに変貌してしまった亡骸(なきがら)に手を合わせて、それではとリベルタはテントの中に進む。ジルベルトが言うように、中央に巨大な箱が鎮座していた。
 冒険者が背負って歩けるように革のベルトが突いているが、それも千切れている。
 そっと蓋を開けると、いくばくかのアイテムと一緒にボロボロの書物が出てきた。

「ん、羊皮紙(ようひし)じゃなくて製紙だ。酷く痛んでるけど、装丁が妙に豪華だなあ」
「ふむ、それが先遣隊の探していたレムリアの資料じゃろ」
「わっ! びっくりした……気配を消して背後に立つなってーの、もう」

 ふと気付けば、ジト目のシェイレーヌが見下ろしていた。まひろよりひょろりと背が高くて、線の細い影のような少女。自分を禍紙(まがつがみ)の姫巫女と称する謎の冒険者である。
 その彼女だが、周囲に散らかる武具をかき集め始める。

「その文献は、迷宮を出るまでお主が持っておれ。もちろん、中身を見ても(わらわ)は知らぬがの」
「オッケー、そういう話だったね」
「妾は姫巫女、重い荷物を持つなどゴメンこうむるからのう」

 などと言いつつ、彼女は先遣隊たちが残した(かぶと)や遺品を革袋に詰め込んで背負う。
 言動とはうらはらに、彼女もまた冒険者……死と隣り合わせの迷宮で生きているのだとリベルタも思い知らされる。暗いジト目の乙女は、なにやら怪しい祈りの言葉を並べて手と手を組んだ。
 それでリベルタも文献を丁寧に荷物にしまおうとして……そして、ふと気付く。

「ふーっ、埋葬が終ったです」
「あっちに花があったので、これを……まひろもジルも、お疲れ様でした」
「という訳で、フ、フフ……フフフフフフフ! まひろもドロテアも、ちょっと来て。ジルも、そこにちょっと並んで」

 三人がそろって首を傾げるが、リベルタはニチャアと悪い笑みを浮かべて仲間たちを横並びに立たせた。そして、先程の文献を取り出し、三人に渡してゆく。

「この巻はこのページだけでいいかな? こっちは、このページ。はい、持って持って」

 テントから戻ってきたシェイレーヌが「あ、こら!」と声をあげたが遅かった。
 リベルタは愛用のスケッチブックを取り出す。


「珍しい迷宮だし、記念に一枚ね。本当は写真機があればいいんだけどさー、まあ、そこはアタシちゃんの画伯力(がはくぢから)? でなんとでもなるよねー」
「ぐぬぬ、なんじゃリベルタ。こすいぞよ。ずるいのじゃ!」
「いやー、たまたま文献も描いちゃったけど、持ってる荷物だからしょうがないねー、フハハハハ!」
「ぬう……」

 リベルタは早速、目をしばたかせる仲間たちをスケッチした。その手に持った、大事なページを開いた文献の内容も一緒に。複写してはいけないとは言われてないし、これは記念の一枚なのだ。その絵にたまたま、レムリアの重要情報が映り込んだだけなのだ。
 因みにこの時代、カメラは高級品な上に何時間も撮影に時間がかかるものだ。
 遺都シンジュクから(まれ)に発掘されるカメラなどは、原理は不明だが光の影像が保存できる奇跡の産物である。

「ええい、やめよやめよ! それはさすがにやりすぎであろうぞ!」
「まあまあ、いいからいいから……なんだろう、この記述。 () () () () () () () () () () 、って……? あ、シェイレーヌも並びなー? 一緒に描いたげる。冒険の仲間じゃんね」
「なんと! ま、まあ、そこまで言うのであれば……妾の姿、美しく(えが)くがよい!」

 シェイレーヌも謎の格好いい? ポージングでジルベルトたちに並んだ。
 既存の情報もあったが、文献には未知の新発見が多々記されていた。その重要な部分だけをスケッチしつつ、リベルタの胸を一抹の不安が過る。
 太古に栄えた、世界樹を中心とした巨大国家レムリア……その滅亡の原因とは?
 その断片を今、確かにリベルタたちは手に入れたのだった。

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