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 ――ペルセフォネ女王、病に倒れる。
 疲れが出ただけという本人の言葉をよそに、高熱が彼女を襲ったとのことだ。それでエンリーカたち海の一族との交渉会談は延期になった。
 もちろん、海の一族にもマギニアにも極秘の情報である。
 エンリーカにこそ話は通してあるが、海の一族全体に知られれば危うい。指導者不在を知れば、再びマギニアと一戦交えようとする者たちが現れるのはあきらかだった。

『そういう訳で、我々マギニアは海岸で小規模な軍事演習を行うことになった』

 そのミュラーの言葉を今、ジルベルトは思いだして反芻(はんすう)する。
 マギニアの内政と国防が整然と働いている、それを示すためのいわば見せかけの演習だ。少し海の一族を(あお)ってしまうことになるかもしれないが、勘ぐられる前に鼻先に騒ぎを置いて引き付けようというのである。

『両ギルドには引き続き、迷宮の探索を頼む。姫様の薬になるような素材なども見つかったら、積極的に収集してくれ』

 こうしてミュラー率いるマギニアの衛兵たちと別れたのが小一時間前。
 今日も一緒のリベルタが、一瞬でスーパー淑女(レディ)モードになって応対してくれたので、ジルベルトたちは緊張しつつ後方に控えているだけですんだ。
 だが、ちぢこまる一同、ジルベルトやまひろ、ドロテアといった冒険者たちにもミュラーは不器用に微笑んだ。普段から冒険者ギルドなどで人となりは知っていたが、厳格な武人であると同時に賢者、そして落ち着いた優しさが感じられた。
 そんな訳で、一同は普段通り次なる迷宮『海嶺ノ水林(カイレイノスイリン)』を訪れていた。

「あっ、あれは……シェイレーヌ! こんにちは、お久しぶりですね!」

 海の波間に浮かぶ小島……というか岩礁にボートで渡ってすぐだった。大きく口を開けた迷宮の入口へと、ドロテアが真っ先に駆け出してゆく。
 その先には、無駄にキラキラと暗い光を放つかのような、ジト目の姫君が立っていた。

「おう、死神の! 息災であったか? (わらわ)は見ての通りじゃ、そう! 見るのじゃ!」

 海の一族の冒険者、シェイレーヌだ。彼女はまたも謎のポージングでドロテアを迎える。ドロテアもまた「姫巫女殿(ひめみこどの)も壮健でなによりです!」とポーズで応える。
 が、すぐに二人ともくすくすと笑ってジルベルトたちを振り返った。

「やあ、シェイレーヌ。……えっと、事情は聞いていると思うんだけど」
「うむ、エンリーカは承知の上で一族を(しず)めておる。武力衝突にはなるまいよ」
「よかった。で、シェイレーヌはどうして今日の探索に? 連絡もらった時は驚いたよ」
「それがのう、ジルよ。エンリーカが自ら行くと言ってきかぬ。ちと厄介ごとが発生しての」
「はは、さすがは冒険王女だね。確かにでも、あんまし外をうろつかれたら落ち着かないや」
「であろ? ゆえに、妾が探すと説得してなんとか引っ込んでもらったのじゃ」

 シェイレーヌの話を聞けば、こうだ。
 海の一族の先遣隊は、すでに『海嶺ノ水林』の調査を開始していたらしい。そして、数々の貴重な資料……太古のレムリアに関する文献や伝承を回収したというのだ。
 だが、その連絡を最後に彼らは戻らぬ人になってしまった。
 危険な迷宮は常に、死の恐怖を強いてくる。
 そこに老若男女や身分の区別はない。
 迷宮の中では誰もが、弱きただの人間でしかないのだ。

「なるほど、そりゃ大変だ。じゃや……今日も一緒によろしくね」
「おうてばよ! 妾がいるからには、大船に乗ったつもりでいるがよいぞ」
「あ、でも一つだけ」

 ジルベルトは隣のリベルタと頷き合って、冒険者としての知恵を働かせる。
 タダ働きは動く利益と結ばれた信頼に応じて、と熟慮を師より言い聞かされていた。
 シェイレーヌはもちろん、エンリーカとはそれなりに面識があるし、信用できる間柄であることは間違いない。だが、レムリアの新たな情報というのは大きな収穫物だ。

「シェイレーヌ、文献を回収したら私たちにも内容を開示してくれないかな」
「むっ! そうきたか……お主、さてはなかなかに知恵者じゃな」
「気持ちよく協力してパーティを組むんだもの、それくらいはね。もちろん、文献自体はそっちが持ち帰ってもいいけど、どうかな」
「……妾の一存では決めかねるのう。じゃが、我が友ドロテアとその仲間たちになら、道中での素材や荷物を頼むこともできよう。その時うっかりアレコレ見えてしまったら、それはしかたがないのじゃ。……どうじゃ?」

 話はまとまった。
 そして、ジルベルトはいつもの緊張感で身を正しながら迷宮の階段を下りる。
 そこには、あっと驚く異様な光景が広がっていた。


「ジル、リベルタもドロテアも、シェイレーヌも! お空が海なのです!」

 まひろが指さす天井は今、透き通る海流の中で無数の魚群が行き来していた。
 呼吸はできるが、ここはまさしく海底だ。そこかしこに珊瑚(さんご)が枝葉を伸ばして魔宮(ダンジョン)を織りなしている。魚の中には、壁にあたる海水の断面から通路に出ても、そのまま泳いで海に帰るものも見て取れた。
 まさに海嶺、ここは珊瑚の密林がそのまま深海に広がった迷宮のようだった。

「……懐かしいのう。この『海嶺ノ水林』は妾の故郷、アーモロードの迷宮そのものじゃ」
「え、じゃあやっぱりここも」
「うむ。奇妙なほどに似ておる。というか、そっくりそのまま模写したような風景よの」

 そう、たびたび冒険者をまどわす既視感(デジャヴ)……それは、レムリアの迷宮のほぼ大半が、この星に散らばる数多の世界樹の迷宮に酷似しているということだ。ご丁寧に、ローカルな小迷宮ですら同じものが存在する。
 その謎は今はわからない。
 だが、ジルベルトが仲間とやることは一つだ。
 みんなで生きて帰る。
 手ぶらでなければいいし、引き際を決断する勇気も培ってきた自信が今は少しだけ胸の奥に燃えていた。

「じゃあ、進もう。今日はこのフロアの地図を作る。無理はしないし、例のレムリアの資料探しも同時並行で。リベルタ、地図をお願いできるかな?」
「あいよー、ってかちょっと待って、三分だけ……凄い光景、これはスケッチしなきゃ」
「ジル、わたしは採取ポイントがあったら少し調べたいです。ペルセフォネ王女殿下には早く元気になってもらいたいし、新しいアイテムの材料も得られるかも」
「支援は妾に任せるがよいぞ。……嗚呼(ああ)、わだつみの声が聴こえよる。深き者どもの声がのう」

 こうして新たな冒険が始まった。
 真っ先に先頭に立ったまひろが、周囲を見渡し剣を抜く……かと思いきや、盾も背負ったままで急に周囲へ鋭い視線をばらまく。

「敵意ナシ、障害ナシ、今日もご安全になのです! ヨシ!」

 突然、奇妙なポーズで行く先を指さす。
 なにかと思えば、彼女は嬉しそうに満面の笑みで教えてくれた。

「最近、酒場でジルやリベルタたち以外の冒険者とも仲良ししてるのです。これは、今の冒険者の中ではやってる安全確認のポーズなのです」
「ああ、そう。あ! で、でも凄いね、まひろ。私たち以外にも冒険者たちと?」
「はいっ! 酒場で情報交換をしたりすると、とっても勉強になるです。なぜか男の子はみんな親切だけど、女の子もおじさんおばさんも、みんな同じ冒険者なのです!」

 驚いたと思って、隣に同じ表情を見る。
 人造英雄の五歳児が、しっかりとゆっくりと成長していた。最近ヴァインが機嫌がいいのも、こういうことだったのかもしれない。同時に、あまりに無垢で無邪気である意味無知で、そんなまひろが少し心配になる。

「まひろ、それわたしも知ってます! こうですよね! 探索開始、ヨシ!」
「むむ、妾ならばこうじゃ! よりエレガントに! 資料回収開始、ヨシ!」

 ドロテアとシェイレーヌも加わり、三人がノリノリでポージングを決めてるので、ジルベルトは謎の安心感と一抹の不安を感じつつ……未知なる迷宮へと歩を進めてゆくのだった。

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