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 今日も今日とて、冒険者たちの探索は続く。
 謎の男ブロートによってもたらされた海珠(かいじゅ)、この不思議なアーティファクトで海流の流れを操作できるようになっていた。だから、マッフたち五人は改めて流れの消えた通路を逆流して歩いている。
 なにか見落としがないかを、地図を見ながら確認中のエンカウントだった。

「くっ、硬い!? 見た目通りってことですね、ヒロ!」
「ま、待っててウカノ。今、属性のチャージを」

 巨大な影がマッフたち五人を包む。だが、すぐ後ではマイカとニングがいつも通りののほほんとしたやり取りを交わしていた。

「ほうほう、これはアイアンタートルだねえ。こんな大物が闊歩(かっぽ)してるとは」
「先生、感心していないでほら、戦闘に参加してください」
「ふふ、任せたまえよ。ニング君は援護だ、さて」

 そう、まるで動く巨岩だ。ちょっとした小山である。
 そのアイアンタートルという魔物は、踏み締める大地を揺らして氷の(つぶて)を放ってくる。仲間たちの悲鳴や感嘆を聞きながらも、マッフはロッドを握り締めて走った。

「防御力を低下させてやれば……いやっ、ここはむしろ!」

 医術と治療だけがメディックの全てではない。
 時には杖を武器に肉弾戦も覚悟せねばならない時があった。
 そして、それは今だとマッフは駆け出した。
 正直、戦闘は恐ろしい。
 ヒーラーが自ら前に出しゃばるリスクだって考えねばならなかった。
 だが、先程の強烈な氷攻撃は、あれは危険だ。まるで凍れる刃の嵐である。運よくマッフは被弾しなかったが、初撃の感触に一歩下がったウカノたちを直撃したようである。
 戦闘が終わったら治療が必要で、今すぐ戦闘しながら施術も視野に入れての、一撃。

「っ! うっ、本当に硬い! で、でも、これなら!」

 手から全身に走る、それは衝撃の痺れ。杖を握る指の先までビリビリと震えが伝わった。アイアンタートルの真正面から一撃、しかしそれはダメージが目的の打撃ではない。ヒーラーでも最低限の自衛能力は教わるし、杖による打突の技もあった。
 相手の防御力を一時的に下げる技があった。
 だが、マッフが選んだのは物理的な防御力ではなく、属性攻撃への耐性をさげる一撃だった。
 そして、こんな危機にも軽妙かつ落ち着いた声が楽しげに響き渡る。

「ナイスだねぇ、少年っ! しっかし、寒いやら痛いやら……フフフ、困った亀さんだ」


 マイカの手から炎の力が燃え上がる。星々の導きと(しるべ)を元に、占星術による業火が彼女から発せられた。その強力な術式の(ほむら)は、先程の攻撃で怪我をしたマイカの、その傷口に刺さる氷片を一瞬で溶かし消す。
 狙いたがわず、伏せるマッフの頭上を火球が突き抜け、アイアンタートルを焼き尽くした。どうやら、属性防御力を下げる一打が効いていたようである。

「ふう、なんとか倒せた。甲羅、剥がしてもってけるかな」
「マッフ、そっちはオレがやっておくよ。それより怪我人を、ウカノを」
「あ、わたしは大丈夫ですっ! それより」

 頷くと同時にマッフは走った。
 その先には、フフンと上機嫌で眼鏡(めがね)を上下させるマイカの姿があった。しっかりと支援で彼女の力を増幅していたニングも一緒である。

「マイカさんっ、傷を見せてください。かなり強烈な冷気でしたから」
「ああ、へーき、へーき。止血くらいなら自分でも」
「駄目ですっ! 凍傷を甘く見ちゃいけないんですから。今はマイカさん、あなたは僕の患者さんです」
「では少年、君が先生という訳だね? 先生の言うことは聞くものさ、ねえ? マッフ先生?」

 マイカが突然、おもむろに諸肌(もろはだ)を脱いで肌をあらわにする。
 右肩から前腕部にかけて、白い肌に傷跡が小さく無数にあった。氷の礫は全て蒸発してしまったが、その鋭さがえぐった傷は流血にこごえている。人間の肌は裂傷はもちろん、火傷や低体温にも弱い。
 だが、あまりにもマイカがばっさり半身を脱いだので、思わずマッフは赤面に俯いた。

「さ、治療をたのむよ? 私の主治医君」
「まっ、まま、またそうやって、からかって」
「うんうん、少年は面白いねえ。……いやでも、早くなんとかしてくれたまえよ。正直、泣けてくるくらい痛い。あと、冷たい、ってか、ちょっと感覚がもうないのだよ」

 言わんこっちゃない、と思いつつ、マッフは手早く鞄から薬品と包帯を取り出す。その間ずっと、ニングは笑いをこらえて肩を震わせていた。

「おいおい、ニング君。笑い事じゃないぞ? なんで私にばかり二度も降り注いだんだ、あの攻撃」
「どうも、無差別にばらまかれるタイプの攻撃みたいですね、先生」
「はい、薬を塗るんで少し染みますよ? 痛かったら言ってください」

 先程のアイアンタートルは、ヒロとウカノが処理してくれている。
 それを横目に、マッフは薬のチューブからクリームを出して傷口に塗り込んだ。消毒を兼ねた傷薬で、火傷や凍傷にも効力がある。
 それにしても、本当に細くて華奢(きゃしゃ)で、マイカの柔肌はすべやかだ。
 そのマイカだが、僅かに表情をゆがめて眼鏡を左手で上下させた。

「少年、痛い。ぶっちゃけ、物凄く痛いのだが」
「我慢してください、最後に包帯を巻いて終わりですから」
「痛かったら言えばいいんだろう? なにかこぉ、ねえ? なんとかならんのかい少年」
「耐えてください。ほっとけば右腕が腐ってもげちゃいますよ、この傷」
「……ひっ! おおやだ、やっぱり迷宮は怖いところだねえ、ニング君。……って、なんでそこで笑ってるかな。私ちょっと、シャレにならないほど痛いんだけど」

 だが、首尾よく処置が終って、マッフは包帯を巻き終えた。まるで氷の葡萄弾(さんだん)が掠めたかのように、マイカの傷は蜂の巣状態だった。だが、手当は完璧で、すぐに痛みが消えて感触が戻ってくるだろう。
 自分の手の感触を確かめるように、マイカは手を握って開いて、そして服を着る。
 その視線が突然鋭くなって、眼鏡の奥で細められた。

「それで? 覗き見趣味はよくないね。私が少年をからかってるのも、盗み見られたら少し恥ずかしいじゃないか。大人げないってね」

 不敵に笑うマイカの横顔に、マッフはドキリとする。
 普段は飄々(ひょうひょう)としてつかみどころがなく、愛想がよくて温和で明るいマイカ。その彼女が、こんなにも獰猛な獣じみた笑みを見せるとは思わなかった。
 そして、彼女の声の先に人影が現れる。

「あら、なかなか鋭いじゃない。もう自己紹介は不要よね? 『タービュランス』と『ストラトスフィア』だったかしら」
「いや、どーも。冒険王女殿下であらせられやがりますか? 今日はこっちはまだ、例の文献の続きはさっぱりなんだけどね」

 なんと、現われたのは冒険王女ことエンリーカだった。彼女はフフンと鼻を鳴らして、腰に手を当てふんぞり返る。

「そっちはシェイレーヌを通じて、両ギルドに任せてるわ。貸しを作れると思えると、悪くないしね。今日は個人的な興味で……皆伝(かいでん)の書を探してるのよ」

 ―― () () () ()
 効き慣れぬ言葉にマッフは首を傾げたが、すぐにニングが説明してくれる。
 なんと、マスタークラスに認められた冒険者に、異なる職業の力を新たに付与してくれる書物らしい。例えば、マッフも銃を撃ったり、占星術を使えるようになるのだと。
 それだけを言い残して、エンリーカは去った。
 どうやら、探し物が一つ増えたらしい。
 そのことに目を爛々(らんらん)と輝かせるマイカを、黙って見上げれば頬が火照(ほて)るマッフだった。

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