今日もクワシルの酒場は活況に満ちていた。
ヒロは
情報の交換や整理の中、冷たいビールのジョッキに囲まれた場にカードが出されてゆく。
「じゃあ、おいちゃん。今朝、ウカノが張り切って出ていったのは」
「そうだよぉ、もともと『
なるほどとヒロは納得を得た。
ウカノの故郷の手掛かりが、ひょっとしたら見つかるかもしれない。たとえそれが、レムリア群島に存在する模造品の迷宮だったとしても。
そんなことを考えていると、ヴィラーゼが涼しい顔でカードを切る。
「私のいたアルカディア大陸にも、セリアンと呼ばれる同種の民が存在します。秘境とも呼ばれる
「へー、そうなんだ……って、ええ? ハートのエース?」
「えぐいってもんじゃないねえ、トホホ。……じゃあおーれもっと」
「おいちゃんまで! は、はめられた」

結局、本日何回目かの対戦はカラブローネの勝利で終わった。
彼は嬉しそうな顔で、ジャラジャラとテーブルの上の小銭を両手で引き寄せる。少額でいいから賭けた方が盛り上がるとか言って、結局最後はカラブローネの馬鹿勝ちだ。
白い顔で微笑をたたえたままのヴィラールも、カードを集める手が震えている。
「またしてもやられましたね、ヒロ」
声を潜めるヴィラールの長い耳に、ヒロもそっと呟きを注ぎ込む。
「よし、次からはお互いおいちゃんの手札に気をつけよう。これ以上お小遣いをぼられると」
「ええ、ええ。ここは一つ、連係プレイといきましょう」
だが、聴こえていたのかいないのか、カラブローネは満面の笑みである。ちょっと性格悪いなと思ったが、イカサマをしている様子は見られない。もしくは、ヒロたちにイカサマが見抜けないのか。
カードをシャッフルしつつ、そういえばとカラブローネは隣のテーブルを見やる。
「……ほんで? なにしてんのかなあ、まひろちゃんとユーティスは」
ゲームに夢中だったヒロも、カラブローネの視線を目で追う。
すぐ隣のテーブルで、あぐあぐとサンドイッチを食べながらまひろが座っていた。その目が
同席しているユーティスも、静かに水を飲みながらまひろを見守っていた。
どうにも珍しい組み合わせだなと思ったら、サンドイッチを食べ終えたまひろが口を開く。
「今日はわたし、お休みなのです。だから、悪い吸血鬼を見張っているのです!」
「あー、うん。えっと……どうするの、ヴィラーゼ?」
「とくになにも。それで、ユーティスはどうして」
「あねさまに、ジルにそれとなく見ててやってと頼まれました。その任務を遂行中です」
牛乳を飲んで、まひろは今度はアンパンを食べ始めた。
本当にパンの好きな子だなあと思っていると、ヴィラーゼがポン! と手を打つ。
「それはそれはまあ、お疲れ様です。まひろちゃん、でもいいんですか? せっかくの休日に」
「いいのです! 正義の味方は、英雄は決して悪者を見逃さないのです!」
「うんうん、立派な心掛けですね。……ところで、十番街のベーカリーには行きましたか?」
「十番街……マギニアの西地区。行ったことないのです」
「あそこのクロワッサンは、あれは絶品でしたねえ。濃厚なバターの、なんと
じゅるりとまひろは、手の甲でよだれをぬぐった。
すぐに彼女はアンパンを食べ終えると、牛乳を一気飲みして立ち上がる。
「吸血鬼は嘘もついたりするです! 本当かどうか確かめてくるのです、じゅるり! うおー、クロワッサーン! 大好きなのでーす!」
あっという間にまひろは店を出て風になる。
その揺れるマントを見送って、笑顔でヴィラーゼはワインに口をつけた。
「えっと、いいの? ヴィラーゼ。オレから言ってやめさせようか」
「いえいえ、ここ最近はいつものことですから。それに……事情は私もヴァインたちから聞きました。英雄でしかいられない造られた
どうも、まひろはシャカリキになってて、しかもそういう本能的な衝動を植え付けられてしまった少女なのだからしかたない。少女といっても、性別すらないのだ。英雄として操られ、使い捨てられるための生物……それがまひろたち人造英雄なのである。
そうこうしていると、静かにユーティスも立ち上がった。
すかさずカラブローネが引き留める。
「まあ、放っておきなさいヨ。まひろちゃんだって馬鹿じゃな……ない、かもしれないしね。ユーティス、どうだい? お前さんも交じりなさいよ」
「しかし、まひろの方は」
「大丈夫、最初に比べりゃ随分賢くなったよ。それに、かわいそうだなんて思ったら逆に失敬だしねえ。あの子なりに毎日精いっぱい生きてるんだから。で、どうだい?」
空いてる席に一礼してユーティスは座った。
プレイヤーの数が四人になったことで、戦況が一変したことをすぐにヒロは悟る。ボードゲームからテーブルトークまで、ゲームとあらば色々嗜むのがヒロの生活だ。異世界から来たゲーマーとしては、ここは一つ腕を見せておかないととついつい張り切ってしまう。
ベッドで退屈していたところを、せっかくヴィラーゼやカラブローネが誘ってくれたのだ。気持ちよく休暇を満喫して、できれば少しでも小銭を取り返したいところだ。
「では、お言葉に甘えて。先程から見ていたのでルールは理解しています」
「うんうん。あとはまあ、ちょっとはエンを出しなさいヨ」
「わかりました」
ユーティスはいつもの無表情で、懐から財布を取り出す。
妙なことに、その黒皮の財布はパンパンに膨らんでいた。
それをユーティスはぽんとテーブルの上に置く。
「これくらいあればよろしいでしょうか」
「いや、ちょっと待って。ユーティス、全財産じゃなくてもいいんだよ。ってか、うわ。お札がぎっしり。自分の稼ぎ分と、あとお小遣いと?」
「肯定です。しかし、何に使っていいのかわからず気付けばこんな大金に」
「欲しいもの買ったり、好きなものを飲み食いしたりとかさ」
神妙な顔でユーティスは、ふむと腕組み唸る。
カラブローネは彼の財布から数エンの硬貨を取り出し、投げて返した。
「お前さんらしいよ、ユーティス。ほんじゃ、今度ジルに洋服でも買ってやんなさいよ。ほんでまあ、一緒にご飯食べたりすればいいねえ」
おや、それは世間でいうところの……とヒロは口を挟みそうになったが、カラブローネのすがすがしい笑み、先程の邪笑とは全く違う温和な空気に黙るのだった。
そして、その日ユーティスの財布は以前よりまた大きく重くなった。
賭けカードで遊ぶときは、ユーティスだけは敵にしないようにと誰もが悟ったのだった。