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 その少女は、吹き(すさ)ぶ風に黒髪と包帯を遊ばせている。
 ボロボロに擦り切れたセーラー服と、手にした日本刀。
 間違いない、見間違いようもない……そこには、あの日トゥリフィリの前で散ったはずの少女が立っていた。心なしか、以前より一層華奢(きゃしゃ)に見える。
 少女は顔の包帯を引き裂くように(ほど)くと、風にさらわせながら叫んだ。

「第676代目、羽々斬(はばきり)の巫女……羽々宮斬子(ハバミヤキリコ)()して参るっ!」

 キリコの気勢を、ウォークライの絶叫が遮る。
 だが、小さな少女の身から(ほとばし)る闘気が、真正面から帝竜のプレッシャーを跳ね除けていた。


 間違いない……あの時に一緒だった、サキと同じだ。
 凶祓(まがばら)いの一族として、神代(かみよ)の太古から血を連ねてきた羽々斬の巫女だ。
 あの日、トゥリフィリの前で無残に死んでいった少女は、まるで黄泉(よみ)から這い上がってきたかのように全身傷だらけで、巻かれた包帯を朱に染めている。
 そして、どこか以前にも増して逼迫(ひっぱく)した緊張感を(みなぎ)らせていた。
 突然現れた助っ人に、ガトウたちも戦線を維持しながら身構える。圧倒的に不利かと思われた戦いは、一振りの刃で振り出しへと戻った。

「なるほど、奴ぁ咆哮で空気そのものを武器にできんのか……伊達(だて)帝竜(ていりゅう)なんて呼ばれてねえな」
「ガトーさん! 血が……」
「大丈夫、平気だお嬢ちゃん。それより……ちぃと巫女様の方がやばいぜ」

 キリコは目の前のウォークライへ向かって、風切る速さで吶喊(とっかん)してゆく。
 繰り出される尾と爪をかいくぐり、彼女は天高く舞い上がった。
 見る者を魅了する華麗な剣技は、異形と怪異を(ほふ)るための技。再び白刃が(きら)めいて、ウォークライが鮮血を吹き出す。人知を超えた圧倒的な戦闘力を前に、気付けばトゥリフィリは言葉を失っていた。
 だが、即座に身体は動き出す。
 周囲の仲間たちも、戦局をひっくり返した一騎当千の少女に続いた。
 背後ではカジカが、珍しく声を荒げてトゥリフィリに叫ぶ。

「とりあえず、白詰草(シロツメクサ)ちゃん! ナガレは任せろ。……絶対に助ける。それと、君も……君たちも守る。絶対の絶対だ」

 妙なあだ名をつけられた、その瞬間にトゥリフィリは走り出す。  ――白詰草、確かそこから付けられたのが自分の名前だ。  血塗(ちまみ)れで動かぬナガレを片手で抱き起こしつつ、カジカは呼び出した高額キーボードに指を走らせた。
 瞬間、トゥリフィリたちの身体に強い光が注がれる。
 情報技能Sランク、ハッカーと呼ばれる者たちの秘めた力……電脳世界を統べる彼らの能力は、形成されたネットワークでの演算処理をそのまま現実の人体へと反映させることができる。人間の肉体も、神経を走る電気信号に支配されていると言ってもいい……ならば、そのニューロンとシナプスに対して補正を掛け、異なる電気信号を(そそ)いでやればいいのだ。
 トゥリフィリは普段の何倍も身体が軽くなるのを感じる。
 不思議な高揚感の中で、銃の弾倉(マガジン)を交換するや走り出した。

「ねえ、君ッ! 君は……サキさん、なの? その怪我、あの時の?」

 いよいよ発狂したようにウォークライは暴れ始める。怒りに身を震わせる(あか)き竜は、手当たり次第に都庁の屋上を崩し始めた。瓦礫(がれき)となって舞い上がるコンクリートが、頭上の大地に吸い込まれてゆく。
 異界と化した新宿に、逆さまに屹立(きつりつ)するかつての都庁舎……その屋上は今、絶対強者たる帝竜の玉座と成り果てていた。さながらトゥリフィリたちは、許された謁見の中で無謀な戦いを挑む虫けらにも等しい。
 だが、一寸の虫にも五分の魂という言葉があって、それはこの場の誰もが思うことを体現している。いかな強大な敵でも、後には退けぬ戦いがここにはあった。
 二丁の拳銃に鉄火を歌わせながら、トゥリフィリはキリコの死角をカバーして戦う。
 背後ではガトウが、舌打ちと共に振り返っていた。
 その視線を追えば、トゥリフィリも目撃する……ゆらりと起き上がった学生服姿の少年が、震えながらも拳を握り直していた。

「よぉ、ボウズ! まだやれんのか? やれんなら、巫女様を援護だ!」

 ガトウの『巫女様』という言葉には、どこか揶揄(やゆ)するような声音が入り交じる。どうやらあまりいい印象を抱いていないようだ。そして、その声に呼応するように……ナガミツは(きし)むような作動音を響かせながら戦線に復帰した。
 拳を握って構え直す彼は、あっという間に最前線へと飛び込んでゆく。
 トゥリフィリはガトウに守られつつ、前衛の二人が競うように剣と拳を振るうのを援護した。
 ウォークライの絶叫が響く中で、不思議と二人の会話が聞き取れる。
 初めての共闘とは思えぬ程に、ナガミツとキリコの強さは凄まじい。だが、連携して互いを補っているというよりは……相手に先んじて致命打を()じ込もうと、個々にバラバラに動いている印象は否めなかった。
 そして、行き交う言葉もまたそれを裏付けている。

「……お前は、ムラクモ機関が言ってた機械の斬竜刀か。ふん、『贋作(がんさく)』め! 私一人で十分だ!」
「そう言うお前こそ、おかしいぜ……正常なバイタル値じゃねえ。怪我人は引っ込んでろ、この『なまくら』が」
「私は羽々斬の巫女だ! ……そうなったんだ。だから、絶対にこの戦い――ッ!?」

 その時、不意にキリコがビクリと震えた。
 そのまま固まる彼女は、手にした日本刀を取り落とす。そのまま悲鳴を噛み殺しながら、キリコはうずくまって動けなくなった。すかさず隙をトゥリフィリがフォローすれば、ただの無力な少女になってしまったキリコをナガミツが守った。
 肩を上下させ、苦悶の表情でキリコは立とうとする。

「グッ、身体が……まだ、馴染(なじ)んでいないんだ。でも、それでも……私が、やるんだ。…… () () ()() () () () !」

 血を吐くような言葉と共に、キリコは再び走り出す。
 彼女はすぐに剣を拾うと、ウォークライの一撃を避けて宙へと舞った。そのまま、ウォークライの頭部に降り立つや、逆手に握った刃を片目に押し込む。
 一際甲高い絶叫が迸った。
 目を(えぐ)られたまま、痛みと怒りにウォークライが暴れ回る。
 キリコは竜の血に汚れながら、なんとかまだウォークライの頭に乗っていた。両手で掴む剣を、黒髪を振り乱しながら突き立てて押し込む。
 だが、見守るトゥリフィリにもはっきりとわかった。
 彼女は……キリコは、まるで生命を削るようにして戦っている。
 先程、一時的に戦闘不能になったのも、おそらく怪我が原因だろう。そして、まだトゥリフィリは知らない。キリコの全身を苛む痛みが、どのような理由で誰に(きざ)まれた傷なのかを。
 今はただ、僅かに見え始めたチャンスを最大限に活かして戦う。

「ナガミツちゃんっ、キリコさんを! この戦い、勝つよ……一発で決めて! 援護する!」
「了解した、班長……おい、どいてろっ! なまくらは引っ込んでな。――こいつでっ、沈めぁ!」

 ナガミツは、高く高く跳躍した。
 それは、背中を見守るトゥリフィリにもはっきりとわかる。先程、ここまでの道のりで見せた空中からの攻撃とは違う。ナガミツはガトウと共闘した経験や、前回の失敗をすぐに己へフィードバックしていた。
 大きく振りかぶった拳を、彼はそのままウォークライの右目へと叩きつける。
 突き立つキリコの剣が、ナガミツに直撃を受けてウォークライの頭蓋(ずがい)を貫通した。カツン! と、コンクリートへ血に濡れた日本刀が突き立つ。
 動けなくなったキリコを小脇に抱えて、ナガミツは軽くジャンプして飛び降りる。
 会心の一撃に頭部を穿(うが)ち貫かれて、ウォークライは断末魔と共に崩れ落ちた。
 轟音を響かせた赤い巨躯は、そのまま動かなくなる。
 そして、キリコを片手で抱えたままナガミツが戻ってきた。彼の腕の中では、キリコが苦しげに(あえ)ぎながらも憎まれ口を叩いている。

「余計な、ことを……この、贋作め……ッア! クッ!」
「怪我人は黙ってろ、ったく。とんだなまくらだ、話と違うぜ。羽々斬の巫女……てんで駄目じゃねえか」
「う、うるさいっ! 俺は……私は」
「いいから黙ってろ。すぐに医療班送りにしてやる」

 ナガミツはふてぶてしいながらも、やはり以前同様に感情をあまり顔に出してくれない。それでも、彼はトゥリフィリの前まで戻ってくると、小さく「状況終了」と言って……そのまま崩れ落ちた。
 慌てて抱き留めるトゥリフィリは、ナガミツとキリコが共に気を失っているのに気付く。
 今、運命が邂逅(かいこう)を果たして交錯する。
 特異点の少女は、二振り目の斬竜刀に出会ったのだった。

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