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 天へと浮かぶ巨大な線路の(まゆ)……それは宇宙の星々の代わりに、より(まぶ)しいものを輝かせている。鋼鉄の線路を編み上げた天球儀(てんきゅうぎ)(とも)るは人の生命(いのち)
 トゥリフィリは足場の不安定な中、ナガミツとシイナに守られ進む。
 二人のデストロイヤーは、並み居るマモノの群を全く寄せ付けない。
 不思議と進めば進む程、二人の連携は密になって滑らかに続く。

「ありゃあ? ナガミっちゃん、ひょっとして……わたしのこと、フォローしてくれてる?」
「この先も危険は続く。戦力を温存するためにも、互いに連携して挑むのがベストだ」
「まーたまたぁ、ひょっとして、()れちゃった?」
「非論理的な上に意味不明だ。だが――」

 咄嗟(とっさ)に二人が左右に分かれる。
 トゥリフィリも線路の枕木(まくらぎ)を踏み切って、大きく背後へジャンプした。
 今まで仲間達といた場所に、奇妙なドラゴンが襲ってきた。細い脚ばかりが長くて、胴体と頭は見上げる遥か先だ。その高みから、まるで(さげす)(わら)いのような鳴き声が響く。

「みんな、気をつけてっ! 新種のドラゴン!」
「がってーん! んじゃま、ナガミっちゃんはフィーを守ってねぇん?」
「お前はどうするんだ、シイナ」

 ナガミツの言葉に笑顔を返して、ふわりとシイナがスカートを(ひるがえ)す。
 彼はあっという間に距離を詰めて、必殺の拳を振りかぶった。身構え敵を迎え撃つスタイルを得意とするナガミツと違って、シイナの格闘術は……言うならば、暴力。生来の腕力と身体能力だけで、武道の心得もなく拳で打ち、(あし)()る。
 どこか危うさを感じるが、トゥリフィリはナガミツがそれをカバーしてるのに気付いた。
 やはり、ガトウに言われたことを意識しているようだ。

「そーれっ! シイナちゃーん、パァンチ! って、ありゃりゃ?」

 シイナの拳が空を切る。
 そのままツインテールを棚引(たなび)かせながら、彼はその場でクルクルと回った。
 トゥリフィリの視界からも、あの奇妙なドラゴンが消えたことがわかる。
 当たりを見渡しても、その巨体は影も形もない。
 そして、浴びせられる殺気はまだ、ドラゴンに狙われていることを告げてくる。

「班長、自衛隊の交戦記録にデータがあった。個体識別名、タワードラグ。奴は……上だ」

 突然、ナガミツがヒョイとトゥリフィリを持ち上げた。
 そのまま小脇(こわき)(かか)えて、線路の上を全力疾走で走る。
 すぐ、その影を追いかけるように、緑色の粘液が吐き出される。次々と落ちてくる、それは毒の(かたまり)だ。あっという間に線路が腐食し、枕木がばらばらと下へ落ちてゆく。
 ここは高度100m、落ちれば流石のS(エス)級能力者でも助からない。
 ナガミツの荷物になってしまったトゥリフィリは、頭上を見上げながら叫んだ。

「上だ! ナガミツちゃん、シイナは?」
「あのバカ、張り合うつもりだ。ジャンプしたってこの高さじゃ」
「ナガミツちゃん、そういう時こそ連携だよ! ぼくは大丈夫だから」
「連携……なるほど、了解した」

 ナガミツは安全圏まで走ってからトゥリフィリを下ろす。
 そして、毒液のシャワーの中で踊るシイナへと叫んだ。

「シイナ、俺が打ち上げてやる。飛べ」
「おおっと? んじゃま……いくよーっ!」

 猛スピードでシイナが、助走をつけて向かってくる。
 ナガミツは(かが)んで両手を組むと、天へと向かう最初の一歩を受け止めた。
 瞬間、足場を蹴るシイナをナガミツが全力で空へと持ち上げる。

「おっしゃー、シイナちゃーんっ、キィィィック!」

 遥か上空で悲鳴が響く。
 シイナのジャンプしてのオーバーヘッドキックが、見事にタワードラグの真芯(ましん)(とら)えた。
 音を立てて落ちてきた巨体へと、ナガミツがトドメとばかりに拳を引き絞る。後で見守るトゥリフィリには、その姿が一人の男に重なった。
 まるで、あの山のような存在感はガトウだ。
 ガトウとの模擬戦が彼に、剛腕の力と技とを習得させたのだ。

「この一撃で、終わりだ。さっさとDz(ディーゼット)をよこせっての」

 周囲の空気を引き剥がすように、右の鉄拳が振るわれる。
 すかさずタワードラグの毒液を発射したが、トゥリフィリの拳銃がそれを叩き落とす。ちょっとしたエイミングショットの応用だが、イメージした通りに弾丸は敵の攻撃を相殺(そうさい)した。
 そして、ナガミツの正拳突きが(ひじ)までめり込み、龍の(ひたい)をブチ抜く。
 タワードラグはその場に崩れ落ちて動かなくなった。

「おお、やりーっ! ナガミっちゃん、いえーい! ……ほら、手! いえーい!」
「……何をやっているんだ、シイナ」
「わっ、ノリ悪っ! フィー、ナガミっちゃんがなんかかわいくないんだけどぉー?」

 ぼくに言われても困ると思ったが、苦笑しつつトゥリフィリも二人に駆け寄る。
 そのまま彼女は、シイナのかざした手をパン! と叩いた。

「こうだよ、ナガミツちゃん」
「そそ、ほらほら!」
「わかった、こうだな? いえーい……よし。それにしても、いい蹴りだったな。シイナも何か武術を習得しているのか?」
「うんにゃ? ゲームとか漫画で見た感じかな。 () () だけに () () を付けてジャンプキック! ってね」

 ナガミツは真顔で黙ってしまった。
 トゥリフィリは、シイナのダジャレより考え込んでいるナガミツの方が見てておかしい。彼は全く人間のノリ、シイナのような軽薄な陽気がわからないらしい。
 だが、ややあって「ああ」と手を叩いた。

「今のはダジャレというやつだな、班長。つまり、女装と助走をかけた一種の言葉遊びという訳だ。シイナ、やっと理解した。ん、面白いものだな、人間は」
「……フィー、助けて……この子、ダジャレを解説してくるよ……」
「はは、ごめんね。でも、ナガミツちゃんも前よりちょっと柔軟になったね。いい感じだよ?」

 トゥリフィリの笑顔に、ナガミツはまた不思議そうな顔をした。
 だが、またすぐいつもの仏頂面(ぶっちょうづら)に戻る。
 その無感情な無表情が、トゥリフィリには小さく喜んでいるように見えた。
 背後で絶叫が響いたのは、そんな時だった。
 振り返ると、飛行型の虫みたいなドラゴンが崩れ落ちている。
 そして、その向こうから見知った顔が追いかけてきた。

「よう、小僧(こぞう)! 順調そうだな。お(じょう)ちゃん達も怪我ぁないかい」
「あ、ガトウさん。お疲れ様です。どしたんですか?」
「ちょいと急ぎだ、進みながら話すぜ」

 そう言ってガトウはトゥリフィリ達を追い越し、不安定な足場の線路を走り出す。
 (あわ)ててトゥリフィリ達も続いた。レールの上を走るトゥリフィリの横に並んで、さらに先へと……ガトウの背中を追いかけてナガミツが加速する。
 シイナはゴスロリ全開のエプロンドレスの、そのスカートを両手で(つま)んで続いた。

「お嬢ちゃん、急いでくれ! ナツメの奴、自衛隊にとんでもないことやらせてやがる」
「ナツメさんが? 何を――」
「俺達の到着を待たず、先行してる斥候(せっこう)部隊を無理に迷宮(ダンジョン)の奥へ進めたんだとよ!」

 それは、一般人にとっては自殺行為だ。
 訓練された自衛隊といえども、未知の迷宮ではなにがあるかわからない。焦るトゥリフィリが向かう先で、線路は急勾配(きゅうこうばい)で上の階層へと続いている。
 さらなる高みに登り始めれば、冷たい風が見知らぬ悪臭を運んでくるのだった。

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