再び、会議室。
重苦しい沈黙の中で、トゥリフィリは身を正して座る。椅子が足りないので、背後に背をシャンと伸ばしたナガミツが立っていた。他にも、ムラクモ回収15班のツマグロやゆずりは、カネミツも顔を出していた。
避難所と化した都庁の、責任ある立場が勢揃いしている。
その中でも、普段と変わらぬ声音が優美に響いた。
ムラクモ機関総長、ナツメだ。
「みんな、ご苦労様。池袋の
バン! と空気が震えた。
机を叩いて立ち上がったリンが、怒気を
「この調子で、だって? お前っ、自分が何をしたかわかっているのか!」
「あら、リン。そうね……
「なっ……」
「貴女のおかげで、予定通り順調に攻略は進んでいるわ」
ナツメは普段の
逆に、リンの形相はみるみる
今も彼女は、都庁の生活環境改善から周囲の警備、防衛まで忙しく働いている。この場にもボディーアーマーで身を固めた野戦服姿で出席しているのだ。
その彼女の部下が、何人も帰らぬ人となった。
それも、ナツメの無謀とさえ言える命令によって。
「
「誤解しないで頂戴、リン。無駄ではないわ。
「何事にも犠牲はつきものだと、そう言いたげだな!」
「それは前提条件に過ぎないのよ。ただ、犠牲は少ない方がいいし、必要ならば
冷たい沈黙が会議室を包んだ。
そのままどんどん、重苦しい空気の中へと誰もが沈んでゆく。
トゥリフィリはただただ、涼しい顔で周囲を見渡すナツメに
この場の誰もが、大事な人間を失っているのだ。そして、一番多く部下を失ったのはリンなのだ。それも、自分の命令ではなくナツメの命令で。
昼夜を問わず、
そして、
トゥリフィリは重い口を開く。
「……ガトウさんも、亡くなりました。ぼく達を、守って。ぼく達の道を、切り開いて」
「そうね。惜しい人材だったわ。稀有な能力の持ち主だった。でも」
「でも、って言えるのは……生きてるから。それでも、って言えることがぼく達はできる。でも、もうガトウさんは……自衛隊の皆さんは、そんな言葉を奪われました」
「ええ。ドラゴンとマモノの
正論だ。
理屈は通るし、何も破綻はない。
だが、決定的な欠落がある。
ナツメは東京が、世界が平和になれば……そこに一人になっても暮らしていけるのだろうか? 取り戻すべき未来に誰かがいなければ、今は辛うじて踏ん張っている人間から力を奪ってしまう。そういうことを考慮に入れたりはしないのか。
何より、心で感じることはないのだろうか。
トゥリフィリが言葉を失う中、バリバリとビニールの引き裂かれる音が響く。
振り返れば、席の隅でアオイが菓子を食べていた。
彼女は机の一点を凝視したまま、黙々とチョコバーを食べている。
発言の途絶えた会議室で、何事もなかったようにナツメが議事を進めようとした、その時だった。トゥリフィリの視界を何かが横切った。
「待って、ミツ!」
ゆずりはが思わず席を立つ。
だが、立ち止まらずに二人の少年は真っ直ぐナツメへと詰め寄った。
ゆっくりと、しかし
表情の乏しいナガミツの、その歩調が不思議と意志を感じさせる。そして、同じ顔のカネミツには怒りの表情すら浮かんでいた。
だが、二人を見るナツメの視線はあくまでも冷ややかだ。
「あら、何かしら? 一式。二式も」
「ガトウのおっさんが死んだ。それを俺は、処理不能な感情で確認した。俺には感情があった……そして、その気持ちが今、ここに俺を立たせてんだ」
「よせよせ、一式。話が通じねえんだ……何より
ナガミツとカネミツは、揃ってナツメを間近に見下ろす。
その時、トゥリフィリは初めて見た。
自分だけがかろうじてわかる、無表情の中から拾える感情の
ナガミツは今、確かに表情を歪めて怒りと不快感を浮かべていた。
それはほんの些細な変化だが、彼が初めて見せる表情だった。
「……その怒りは私ではなく、ドラゴンとマモノに向けるべきね。その意味も価値もわからないのなら、
どこまでも
だが、そんな彼女に二人の
ナガミツとカネミツの間をすり抜け、細い影が歩み出る。
誰もが予想だにせぬ、乾いた音が響き渡った。
「な……」
絶句したナツメが、
彼女は
そんなナツメの前で、振り抜いた手を下ろすのはアオイだ。
その目には、今にも
「……恥ずかしい女」
「なんですって」
「悲しんでばかりじゃ、何もできない。誰も救えない! わかってる! でも……悲しみを忘れたら、何かする意味なんてない。自分だって救えやしないんだ」
「幼稚な発想ね……キリノ、彼女を拘束して。S級能力者とはいえ、組織の規律を乱すようでは……キリノ? どうしたのかしら、キリノ」
ナツメは努めて平静を
そこには、白衣姿のキリノが立っていた。
彼は今、いつものようにナツメをフォローして場の空気を
彼は
「ナツメさん……僕は今まで、
「それが、何? 今は私情を挟む時ではないわ。危機はまだ去ってはいない! 倒すべき敵が厳然として存在しているのよ?」
「だからですよ。だから……これ以上、僕は……僕の憧れの気持ちだけを大事にしてはいられない」
「キリノ? 嫌だわ、貴方までそんな……くだらないわ!」
「貴女が理解さえしてくれない、感情……気持ち、心、
トゥリフィリも驚いた。
いつもキリノは穏やかで、どこか気弱で柔和な男だった。いつも会えば、体調を心配してビタミン注射をしてくれたり、ちょっとした時間にナビの二人とも遊んでくれた。仕事ではナツメの補佐に徹して、自らの意見を通すことをしてこなかった。
その彼が、ナツメの前を通り過ぎ、皆の眼前に出る。
「これから、ムラクモ機関は自衛隊と協力して帝竜攻略作戦を再開します。まず……すみません、これは私的なことです。祈りから、始めませんか? 死者を
この日、ドラゴンから取れる希少資材