トゥリフィリを取り巻く、怪異。
それは
ただの肉と成り果てた、人の死体。
それがかえって、トゥリフィリを冷静にさせる。
「幽霊じゃない、けど……ゾンビ、かな。ただ、怖くない……もう、恐れない」
恐れて
トゥリフィリは自分を奮い立たせる。
胸の奥に消えてしまった声が、背を押して支えてくれる気がした。
周囲には、無数に亡者の群れが
「……寝てたのに、ごめんね。起こしちゃったよね……なら、せめて、成仏してもらえるかなっ!」
トゥリフィリの両腕が、胸の前で交差する。
両腰にぶら下げた拳銃を掴むなり、真逆の左右へと弾丸が放たれた。
正確に頭部を、見もせずに撃ち抜いてゆく。
ただただ銃声とマズルフラッシュで、次々と死体を処理してゆくトゥリフィリ。彼女にはこれといった信仰はない。だが、こうして死して尚も辱められてる一人一人に、それぞれの信仰があった
神や仏、普段の暮らし、両親への愛、友への信頼、仲間の
「ごめん、ごめん……先に行かせて……ナガミツちゃんとキリちゃんと、進ませて!」
徐々に包囲の輪が狭まる。
機動力のあるマモノは、既に二度三度とトゥリフィリへと襲いかかっていた。
その爪と牙をかいくぐりながら、撃つ。
人差し指に気持ちを込めて、想いを強く奮い立たせて、撃つ。
だが、徐々に疲れを感じて脚が重くなってきた、そんな時だった。
「えっ、何? って、こいつ、
輪唱を奏でる
だが、その敵は
普通であれば致命傷の至近距離で、ありえない程の防御力。それはまるで、七色に光る
「種の癖にっ! ……種? えっ、これがフロワロの種なの? なんで!」。
再度弾丸を弾くと、奇妙な水晶体は滑るように移動する。
確かにそう感じた。
種、それもフロワロの種子だと思ったのだ。
その瞬間、頼れる声と同時に風が逆巻く。局地的な竜巻が敵ごと、例の奇妙な水晶のモンスターを巻き込んだ。
「大丈夫かい? フィー」
「エジー!」
仲間のサムライ、エグランティエがチン! と
彼女の放った真空の刃が、
そして、助けに来てくれたのは彼女だけじゃない。
気付けば背後に、ナイフを逆手に握った男が立っていた。巨漢ではないが、見事にシェイプされた筋肉美はキジトラである。
「キジトラ先輩も? あれ、どうして」
「フン! 知れたことよ……キリノが突然、フィーと連絡が取れなくなったと騒いでな。たまたま追加の装備を持ってきた俺様とエジーがやってきたのだ」
エグランティエも「そゆことだねえ」と
この乱戦に飛び込んできた二人は、嫌に落ち着いていた。そして、周囲をくまなく
そんな二人の言葉が、改めてトゥリフィリに異常を伝えてきた。
「しかし、妙だな……先程から、俺様の方向感覚が狂っている。この地はまさに、異界……そっちはどうだ、エジー」
「同じさね。……まるで、鏡合わせの世界に迷い込んだようだ。フィー達を追って飛び込んだが、戻れるかどうか」
「カカッ! 戻れぬならば進むのみ! 進んで進み抜き、進み
「だねえ」
二人は同時に、トゥリフィリの元から駆け出した。
「班長、先に行ってナガミツとキリ坊を探せ! ……面倒な
「わたし達で道を切り開くよ。さあさ、走った走った!」
言われるままに、拳銃のマガジンを交換しながら走る。
襲い来るマモノと亡者達が、あっという間に仲間の
身体能力に優れ、刀を武器とするサムライ……その突出した攻撃力で、エグランティエが
トゥリフィリとは違って、彼はナイフ一本で縦横無尽に飛び回る。
さながら現代に蘇った
「二人共、ごめんっ! あとでなんか、おごるね。行ってくる!」
湿った音を立てて敵が崩れる。
その奥からさらに、濡れた足音で迫ってくる。
トゥリフィリは二人が切り開く道の先へと、月光に照らされ走った。
包囲を抜けて、そのまま建物の屋根から屋根へとジャンプし、階段を駆け下りる。迷宮と化した四谷は今、無数の墓石が乱立する死者の国。その薄ら寒い空気を、トゥリフィリは全力で駆け抜けた。
「あっ、ナガミツちゃん! キリちゃんも!」
ようやく、薄い霧が立ち込めてきた中で二人を見つけた。
あんなに近くで、ついさっきはぐれたのに……おかしい。もう、何百メートルも走ったような気がする。
そして、もっと奇妙なのは……ぼやけて
ナガミツもキリコも、霧の中の一点を
「ね、ねえっ! ナガミツちゃん。キリちゃんも!」
「あっ、トゥリねえ! ……あそこに、いるんだ」
「おう、遅かったな。で、キリよう……俺のセンサーも、捉えてるぜ」
何を、と言いかけた言葉をトゥリフィリは飲み込んだ。
そう、確かにその男はそこにいた。
いない筈の、その男がたしかに立っているのだ。
「そんな……嘘。どうして……
そこには、かつて池袋の
ガトウは静かに巨大な満月を指差すと、うっすらと透けてそのまま風に消えていった。