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 その大きな幼女は、名をエリヤと言った。
 見た目はグラマラスな十代後半、長身でモデルみたいなスタイルだ。だが、その中身は五歳児くらいで、トゥリフィリは困り果ててしまった。
 だが、キジトラが自衛隊と残り、彼女を保護するといってくれた。
 こういう面倒見の良さは、意外に思えるがありがたい。
 そして……ナガミツと二人になってしまい、トゥリフィリは少し困っていた。

「い、いや、ぼくが変に意識するから悪いんだよね」
「ん? どうした、フィー」
「ううん! なんでもないっ」

 今、トゥリフィリは巨大な廃工場の前にいる。
 周囲の熱気はいよいよ高まり、渦巻く熱波が陽炎(かげろう)となって景色を歪ませる。汗で身体がべとつくし、少し意識も朦朧(もうろう)とする。
 しっかり水分補給をしながら、トゥリフィリはぱしぱしと(ほお)をはたく。
 気合を入れ直し、なるべくナガミツと二人きりな今を頭から追い出す。基本的にムラクモ機関では、S級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)をスリーマンセルで動かすことを推奨している。これ以上の人数になると機動力が落ちるし、これ以下だと少し心もとない。

「とにかくっ、ナガミツちゃん!」
「おう」
「気をつけて、進も? ぼくがフォローするから」
「任せな、前衛は俺が務める。しっかりついてこいよ、フィー」

 いつものナガミツだ。
 ここ最近、少しだけ人当たりがよくなって、それでもぶっきらぼうで無表情で。そして、あの時確かに言ってくれた……トゥリフィリを、自分の戦う理由にしていいかと。
 そのことを思い出しただけで、顔を妙な熱さが赤く染める。
 極力考えないようにして、トゥリフィリは()(えり)姿のあとを追った。
 廃工場は可動しているらしく、無数の機械音に満ちている。

「へっ、マモノとドラゴンの気配で空気が泡立ってやがる」
「ナガミツちゃん、とりあえず最短ルートで奥へ。細かくは後日、三人の時に出直して調べよう。あと、要救助者の発見を最優先」
「わかった、フィー。……フィー? どした? 顔が、赤い」

 肩越しに振り返ったナガミツは、微妙な表情の機微(きび)を見せた。
 恐らく、僅かに目を見開いたその顔は、トゥリフィリにしかわからなかっただろう。
 彼は背後へと向き直ると、じっとトゥリフィリを見下ろしてくる。

「な、なに? ナガミツちゃん」
「身体機能に異常が? 心拍数も不安定だ。無理もない、この熱気と湿度だ」
「や、勝手に僕の身体を読まれても……困る、かな。ははは……もぉ」

 端正な整った真顔で、ナガミツは平然とトゥリフィリをスキャンしてくる。普段からよしてと言っても、彼は稀にこうして彼女を勝手に読み込んだ。
 それが、心配してくれてるとわかったのは最近の話だ。
 トゥリフィリは最近、13班の班長である以上に大事にされている。
 不器用に気遣われてる気がして、それが嫌ではない自分がいた。

「ま、まあ、ナガミツちゃん! ほら、進まないと!」
「ん、そうか? ……フィー、少し疲れてるんじゃないのか」
「ぼくは平気だよっ。それに、ほら……ナガミツちゃんもいてくれるし」
「……俺がいると、どうして平気なんだ? ああ、戦力的に過不足がないということか」
「もぉ……それでいいけどさ、今は。今はね、今は」

 納得したようで、再びナガミツは前へ前へと歩き出した。
 その背を追おうとした瞬間、突然トゥリフィリは「ひうっ!?」と声をあげてしまった。
 なにかが、尻を撫でた。
 そして今、ぴたぴたと太腿に触れてくる。
 それは間違いなく、感触を確かめて楽しむようないやらしい手付きだった。

「な、なにっ!? え……ちょ、ちょっと、きみっ!」

 思わず銃を抜いてしまったが、銃爪(トリガー)から指を放す。
 見下ろせば、小さな男の子がトゥリフィリの脚にしがみついていた。何故(なぜ)かうっとりとした顔で、(ほお)ずりしている。
 見た目は十歳前後、大きめのシャツに短パンとラフな格好だ。
 青い瞳の少年は、どうやら迷い込んだ外国人の要救助者のようだ。

「え、えと……きみ、とりあえず離れてくれる?」
「僕かい? いやあ、もう少し……うーん、素晴らしい御御足(おみあし)だ」
「ど、ども……でも、ちょっと、ううん……凄く、気持ち悪いんだけど」
「いやいや、お気遣いなく。それにしても、素晴らしい。しなやかで細く、それでいて密度の高い筋肉の逞しい曲線。ほんのり汗ばんだ瑞々(みずみず)しい肌」

 変態だ。
 多分、子供特有のスケベな心とは違う。
 なんだか、嫌に情念のこもった言葉にトゥリフィリが眉根を潜める。次の瞬間には、ナガミツがマッハで少年を引き剥がしてくれた。
 だが、トゥリフィリはふと不思議に思った。
 警戒心を最大限に発揮しているナガミツに、全く気付かれずに接近を許したのだ。それは本来なら、並の人間ではありえない。S級能力者であっても、数える程の人間しかそんな芸当はできない筈だ。

「おい、クソガキ。フィーになにしやがる」
「スキンシップさ、ジャパニーズ。……ん? ほうほう、君は……さては、君がナガミツか。人の造りし斬竜刀(ざんりゅうとう)
「だったらなんだ」
「いやいや……実物は初めて見る。ムラクモ機関は、あの連中は……オサフネ教授達はついに結果を出したか。これは重畳(ちょうじょう)、重畳」

 やはり、普通の子供ではない。要救助者などではなかった。
 だが、彼はアゼルとだけ名乗ると、減らず口を続ける。

「で、だ……ナガミツ。君にもわかるか? 彼女の脚はとても綺麗だ。美しい」
「なに当たり前のこと言ってんだ? それが触っていい理由にはなんねえよ」
「じゃあ、考えてみたまえ……君は触りたくないのか? ナガミツ」
「……許可がいるだろう、普通。それに……確かに、フィーの脚は、好きだ」

 おいおい、おいおいやめて、もうやめて……真顔のナガミツに、トゥリフィリは恥ずかしくて死にそうだった。
 だが、アゼルはニヤニヤといやらしい笑みでナガミツを見上げる。
 どこか老獪(ろうかい)で、そして老成した瞳が印象的だった。
 しかし、セクハラにナガミツを巻き込むのはやめてほしい……そう思っていた、その瞬間だった。不意にアゼルを取り巻く空気が激変する。

「さて、じゃあ……そのかわいい脚をもっと見ていたいからね、僕は。旅は道連れ、世は情け……僕も同行しよう、ムラクモ13班」

 不意に彼の手が、冷たい光を集めてゆく。瞬時にトゥリフィリも、あんなに暑かった周囲の体感温度が急激に低下するのを感じた。
 あっという間に熱気が消え去り、凍えるような寒さが広がってゆく。
 それは、トゥリフィリの背後でドラゴンの絶叫が響いたのと同時。

「あっ、いつのまに……ナガミツちゃんっ! その子を守って!」
「おっと、素敵な脚のお嬢さん。それには(およ)ばない……そうだ、まだ名前を聞いてなかったね」

 アゼルの手から、光が迸る。空気中の水分が凝結して、襲い来るドラゴンを分厚い氷で包み込んでしまった。その力は、サイキック……超感覚Sランクの力がもたらす、現代に蘇った魔法の術だ。
 あっという間にドラゴンは、雪の結晶が舞う中で絶命する。
 アゼルはどうやら、幼い子供なのにS級能力者のようだ。
 そしてトゥリフィリには、どこかこの少年が見た目通りの人間ではないような気がした。そんな彼女の懸念を他所に、またアゼルはナガミツに脚だの尻だのの素晴らしさを語っている。
 情操教育上、たいへんよろしくないので……トゥリフィリはガシリ! とナガミツの腕に抱きつき、引っ張りながら歩いた。少し離れて後を、謎の少年アゼルはついてくるのだった。

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