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 研究区画の一室に、トゥリフィリたちムラクモ13班は集められた。
 他にも、SKY(スカイ)のダイゴやネコ、自衛隊のリンなどが一緒である。皆、集合場所がこの部屋だった意味を知っている。
 七体の帝竜(ていりゅう)の検体を解析して、ドラゴンクロニクルが完成したのだ。
 それこそが、人類の切り札……人竜ミヅチに対抗しうる最後の武器だ。
 だが、トゥリフィリを待っていたのは意外な光景だった。

「やあ、フィー。それにみんなも……少しは休めたかな?」

 キリノはやつれた表情で、無理に笑ってみせる。目の下にはクマができていたし、顔色もよくない。不眠不休で研究に挑み続けた、ともに戦う男の顔だった。
 掛ける言葉が見つからないし、無用な心配も失礼に思えた。
 だから、トゥリフィリは皆と一緒に大きく(うなず)く。
 真っ先に口を開いたのは、キジトラだった。

「それで、ドラゴンクロニクルは完成したのか?」
「ああ、無事に完成したよ。君たちのおかげだ」
「そいつは重畳(ちょうじょう)……ならば、その力を持って、我々が総力戦に挑んでくれるわ! クハハハハッ!」

 キジトラに物怖(ものお)じという言葉は、ないのかも知れない。
 あるいは、虚勢を張ることで皆の不安を払拭しようとしてくれてるのか。どっちにしろ、13班のメンバーの中では、比較的年長の者として堂々と振る舞ってくれるのがキジトラという男だった。
 だが、キリノは静かに首を横に振る。

「今回は、ドラゴンクロニクルを13班ではなく、彼に使ってもらうことになったんだ」

 振り向くキリノの背後、カーテンの向こうに人の気配があった。
 ベッドに身を起こして、こちらを見ている。
 瞬時にトゥリフィリは、向けられた声の主に気付いた。

「よぉ、悪いな……13班。ドラゴンクロニクルは、俺がもらってくぜ」
「その声……タケハヤさんっ!?」
「おう」

 一同にざわめきが広がる。
 そんな中、一人の少女が飛び出した。

「タケハヤッ!」

 ネコだ。
 手を伸べるダイゴを振り払い、彼女はベッドへ駆け寄ろうとする。
 しかし、カーテンを開こうとするネコを、静かにタケハヤは制止した。

「ネコ、来るな。来るんじゃねえ」
「でも、タケハヤッ!」
「……ダイゴも、そこにるよなあ? へへ……SKYはお前たち二人に任せるからよ。ネコ、お前の力で……優しさで、連中を守ってやれよ。なぁ」
「タケハヤ……なによ、それ……ッ!」

 ネコは今にも泣き出しそうだった。
 だが、ダイゴがそっと華奢(きゃしゃ)な肩に手を置く。
 ようやくキリノは、事のあらましを説明し始めた。

「ドラゴンクロニクル……これは要するに、あらゆる竜の遺伝子情報を凝縮したものだ。それは、少ない検体数で竜となった、不完全な人竜ミヅチとは完成度が違う」

 キリノの声は震えていた。
 とても、人類最後の希望を生み出した科学者の言葉とは思えない。
 そして、トゥリフィリは瞬時に察した。
 その答えを口に出したのは、背後で腕組み壁によりかかるアゼルだった。

「つまりこういうことだね……ドラゴンクロニクルとは、竜の力の結晶。竜の強さを身に招く術だ。違うかい?」

 皆が絶句し、互いに顔を見合わせる。
 そして、キリノは重々しく頷いた。
 人竜ミヅチを倒しうる、最後の手段……ドラゴンクロニクル。それは、使用者を日暈(ヒカサ)ナツメのように異形の怪物へと変貌させてしまうというのだ。
 竜をもって竜を滅する……竜を倒しうるものは、同じ力を持った竜だというのだ。
 動揺が走る中で、カーテンの向こうのタケハヤは立ち上がった。

「そういう訳で、よ……なら、俺が適任なのさ」
「で、でもっ! タケハヤッ! ……それじゃあ、私は……」
「ネコ、心配すんな。奴を……あの女をブチ殺すまで、俺は終わらねえ。終われねえんだよ」
「だからって、どうして一人で! 私やダイゴも、連れてってよ」
「駄目だ! お前の力は……お前自身が、これからの未来に必要なのさ……グッ!」

 苦しげに呻いて、タケハヤのシルエットが背を丸める。
 震える身体が、激痛と苦悶を伝えてきた。
 そして、人間としての輪郭が引き裂かれてゆく。噛み殺した絶叫と共に、タケハヤは背に翼を生やして変貌を遂げた。
 泣き出すネコを押し止める、ダイゴの肩も震えていた。
 SKYを率いた男は今、身を裂く痛みの中で羽撃(はばた)き出す。
 あっという間に風圧が室内を襲って、カーテンが引き裂かれた。

「……はは、見られちまったか。どうだ? これが……ドラゴンクロニクルの力だ」

 そこには、一匹の竜がいた。
 否、竜の力を取り込んだ人間、タケハヤがいた。
 奇しくもそれは、人間を捨てて竜となったナツメに酷似(こくじ)している。
 (あお)き翼の希望は今、鋭い爪の生えた手を伸ばす。タケハヤはひっくり返ったベッドの上から、一振りの剣を掴み取った。それは、いつも彼が持ち歩いていたものである。

「よぉ、フィー……あの羽々宮(はばみや)の巫女様によぉ……こいつ、を……渡して、くれや」

 近寄るトゥリフィリは、おずおずと剣を受け取る。
 金色の(さや)に納められた、特別なあつらえの業物(わざもの)である。それは武器としての剣である以上に、神々しいまでの輝きを放っていた。
 ふと、脳裏を神器という言葉が過る。
 そして、次の瞬間には強烈な風が室内を吹き荒れた。

「じゃあな、ネコ。ダイゴ、あとは頼む……そして、13班っ! 先に()ってるぜ!」

 そっと手をかざすタケハヤは、宙空から光の槍を掴み取る。
 それを構えてふわりと浮けば、あっという間にその姿が部屋から消えた。
 外の朝日が差し込む大穴が、壁に穿(うが)たれている。
 その向こう、空の彼方へと今……一人の戦士が旅立った。死を待つだけの身体に、恐るべき竜の力を招いた男だ。
 トゥリフィリは振り返ると、仲間の全員に叫ぶ。

「みんなっ、行こう! 東京タワーへー」

 誰もが声をあげるなか、真っ先に部屋を飛び出す。
 タケハヤの決意、死をも覚悟した旅立ちが全員に火を付けた。そして、この炎はもう決して消えない。皆の闘志を燃やし、取り戻すべき未来への道を照らしてくれるのだ。
 アゼルやフレッサといったバックアップメンバーを残して、13班が出撃する。
 これが最後の戦い……この時は、誰もがそう思っていた。
 待ち受けるは、異形の螺旋塔(ザ・タワー)と化した東京タワー。

「待っててね、ナガミツちゃん。キリちゃん。追いついて、また隣に並ぶ。二人の真ん中には、ぼくがいなくちゃ」

 一足先に、たった二人だけで旅立ってしまった仲間がいる。
 その隣にまた、立ちたい。
 一緒に並んで、明日へと踏み出したいとトゥリフィリは思った。以前より鮮明に、より強くそう思えば身体が軽い。
 今、人類の存亡を賭けた最後の戦いが始まるのだった。

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