列車の規則的な振動は、人を夢の世界へと誘う。
世界最高峰の静音性能を誇る新幹線、ドクターイエローでもそれは同じだ。まして時刻は
こんな時、隣にあの少年はいない。
鉄砲玉のように、一人で飛び出してしまったのだ。
『無鉄砲にも程があるよ、ナガミツちゃん……』
そう、ナガミツは無茶をするし、無理を押し通してしまうこともある。そしてトゥリフィリは、そのフォローに忙しい日々だ。
でも、知っている。
無鉄砲で当たり前、彼は
魔を裂き邪を断ち、竜を斬る……
そんな彼の背中を守る銃になる、気付けばそう思っていた。
『まあ、ナガミツちゃんならしょうがないよね、ふふ。……あれ?』
夢を見ている。
そう、肉体が眠っているのに、トゥリフィリの意識は見知らぬ場所にいた。
そこは海辺の砂浜で、静かに
遠く沖の方の光は、あれは
波の音しかしない場所に、トゥリフィリは立っていた。
もう一人、不思議な女性と共に。
『……あなたは、確か』
そう、トゥリフィリはこの女性に会ったことがある。
直接会ったことはないけど、何度も彼女と擦れ違った。
知らないけれど、覚えている。
記憶にないけど、忘れられない。
その女性は、静かにトゥリフィリを見詰めて
そして、
その瞬間、トゥリフィリは耳を疑ってしまう。
『へっ? い、いや、ちょっと待って! なにが……ええーっ!?』
獣人の姫君は再度、はっきりと口にした。
『――
『キリ様? えっ、キリちゃん、かな……? でも、ぼくが? ――ッ』
キリコは、今まさにこれからトゥリフィリたちが救おうとしている少女だ。少女の形に押し込まれて、神話を着せられた少年である。
そんな彼女のことを、目の前の麗人は知っているのか?
だが、その問いに対する答を彼女は語らない。
そして、トゥリフィリの意識は覚醒を
「あ……ついた? 京都に……って、あれれ!?」
ぼんやりとあたりを見渡せば、徐々に脳裏が鮮明さを取り戻してゆく。
そして、瞬時に察した、それは肌のひりつく緊張感。
周囲には仲間の他に、銃を手にした兵士が大勢居た。
車両まるごと、謎の軍隊に制圧されていたのである。
「えっと、これは」
「あ、フィーも目が覚めましたね。おはようございますっ」
「おはよ、アヤメちゃん。これ……なに?」
「それがわたしにもさっぱりでして。映画のロケ、じゃないですよねえ」
ちらりとトゥリフィリは外を見やる。
ドクターイエローが停まっているホームには、京都駅の表示が見て取れた。
どうやら目的地に到着したようだが、状況がわからない。
しかも、周囲の兵士たちは妙だ。
やけに時代がかった格好をしている。自衛官でもないし、カーキ色の軍服にマント姿は……まるで
隣の席のアヤメが、ざっくりと現状を教えてくれる。
「えっと、京都駅についたはいいんですが……この兵隊さんたちが待ち構えてたんです。なんか、
「本土決戦て……あっ! そ、そういえば」
先日、都庁を訪れたキリコの母、タチの言葉を思い出す。
――旧大戦の亡霊。
暗にタチは、京都にトゥリフィリたちの行く手を
そう考えていると、隊長格らしき青年がやってきた。
「ムラクモ機関、機動13班で間違いないかな? ……まだ子供じゃないか。こんな子たちが竜を? なにかの間違いだと思いたいが」
落ち着いた雰囲気で、すぐに荒事になるような空気はない。
けど、やはり強烈な違和感がトゥリフィリを襲った。
もう、七十年以上も前に一度滅びた、大日本帝国の軍装……青年将校らしき男は、そんな自分になにも疑問を抱いていない。
彼は伝令の兵士らしき男の声に振り返り、耳打ちされて目を見開いた。
「処理せよ、と? マキシマ大佐はなにをお考えなんだ、子供だぞ」
「しかし、大本営からは正式な命令が出ておりまして」
「……信じられんな。しかし、竜をも
勝手なことを言ってくれる、そう思ったらトゥリフィリは立ち上がっていた。
「あのっ、兵隊さん! ぼくたちに戦う意思はありません。ただ、キリちゃんに……
「……それは、できない」
「ですよね。だからこうしてる訳で。じゃあ――」
――じゃあ、押し通っちゃいます。
さらりと言ってのけた、その時にトゥリフィリは自覚した。
初めて気付いたが、自分は随分とナガミツに感化されている。共に戦い相棒と認め合う中で、トゥリフィリもまたナガミツによって変わったのだ。
今は13班の班長として、慎重な熟考より大胆な決断。
そう思った時には、仲間の一人が立ち上がっていた。
「お、おいっ、女! 座ってい、グッ!」
突然、少し離れた席で兵士が倒れた。
その影からリコリスが髪をかきあげ振り返る。
「よく言った、フィー。では、
それは、ボーカロイドという概念を
あっという間に、大柄な兵士たちが二人、三人とその場に崩れ落ちる。
車内の兵士たちは、突然の反撃にどよめきうろたえた。
その不思議な
「シイナ、起きてる? アヤメちゃんもリコリスも、行くよっ!」
目の前の隊長が、腰の拳銃に手をかけた。
それを見てから反応したトゥリフィリが、瞬速の早撃ちを披露しかける。ピタリと向けた銃口を前に、青年は腰の拳銃を握ったまま固まった。
「道、開けてくださいね。ぼくは撃ちたくないし、誰かを撃ちにきたんじゃないんだ」
すぐにアヤメが、シイナを起こす。
この騒ぎの中で寝続けてるとは、これはこれで大物だ。
こうしてトゥリフィリは、銃でこじ開けた道を歩んで京都に降り立つ。
今、古都での決死の救出作戦が始まろうとしていた。