クラシカルなフォルクスワーゲンに、トゥリフィリたちは転がり込んだ。
同時に、激しいホイルスピンの叫びと共に、車体が急加速する。どう考えても、見た目通りの馬力じゃない。あっという間に京都駅が、飛び出してきた兵士ごと背後に遠ざかった。
どうにかトゥリフィリも、シイナとアヤメも無事だ。
だが、残してきたリコリスが気にかかる。
そんな時、ハンドルを握る声は妙に
「さっき、敵の足止めに残ってくれた
声もやはり、似ている。
バックミラーに映る顔は、間違いなくナガミツに酷似していた。
だが、その口調はまるで別人だった。
とても冷たく落ち着いた、ともすれば冷徹さを感じる女性の声だった。
「ようこそ京都へ、ムラクモ機動13班。だが、いきなり散々な大歓迎だったな」
振り向くと、三列シートの最後部に着物の女性が座っている。手には
カミソリのような視線に一瞬、ドキリとする。
人一倍敏感に雰囲気を呼んだのか、ブルリと震えたアヤメが抱き着いてきた。
猛スピードで走るワゴンの中で、女性は端的に自分と現状とを説明してくれる。
「私は
「ロクハラ……
「そう、それだよ。そして、お嬢ちゃんが気になってるあいつは」
フフ、と小さく笑ってスズカが
揺れる車内で、彼女だけ周囲の空気が別物だった。奇妙な程に静かで、スズカを厳粛な雰囲気が取り巻いている。
だが、運転席から容赦なく少年の声が飛んだ。
「室長、この車は禁煙なんで!」
「おや、そうだったかい? ああ、あいつはコテツ。うちの備品で戦力で、頼れる仲間さ。つい最近、ようやく両腕が直ってねえ」
「おう!
復興ままならぬ市街地の中を、物凄いスピードでワゴンは
危なげないハンドリングで運転を続けながら、コテツはチラリとこちらを振り向いた。やはり、顔の作りは
「あ、トゥリフィリです。フィーって呼んでください。こっちは」
「ちーっす、シイナでーす」
「アッ、アヤメです! 宜しくお願いしまびゅ!」
アヤメは盛大に噛んだ。
それを見て、またコテツは笑う。
だが、トゥリフィリは彼がナガミツに似ている最大の原因を口にした。
「あの、コテツさんって」
「おいおい、俺もフィーって呼ぶからよ。俺のことはコテツでいいぜ!」
「あ、うん。コテツって……もしかして、人型戦闘機?
「うーん、その辺は色々と大人の事情が……なあ、室長!」
背後でスズカも、うんうんと頷いている。
そして、彼女が手短にコテツの出自についても説明してくれた。
「元々、私もオサフネ先生の研究は支援させてもらってた。けどねえ、守りきれなかったよ。でも、それでもオサフネ先生は最後まで、自分の研究を信じて形にした」
「人の横に立ち、人と共に歩む者」
「そうだ。けど、それを兵器として量産しようっていうバカもいたのさ。そして私は、それも止められなかった。だからこうして、せめてコテツたちは保護しなきゃって思ってねえ」
かいつまんで要約すると、こうだ。
ナガミツとカネミツを生み出した科学者、オサフネの研究……それは当時、この国の一部の政治家たちにとっては、大いに魅力的なものだった。
人の姿を模した、人を超える歩兵戦力……要するに兵器としての需要があった。
だが、それはオサフネの目指す理想とは真逆で、彼はその方向性を拒んだ。
戦うためにナガミツたちは生まれたんじゃない。
人と生きるために生まれたから、その人を守るために自ら戦いを選ぶのだ。
「けどねえ……結局、あの
「コテツ、たち……あっ! あの、もう一人いません? この間、東京に来た」
「ああ、カネサダだね。コテツの弟なんだが、ちょっと面倒なことになっててねえ」
「カネサダ……それが、あいつの名前。コテツ、カネサダ……」
アヤメが思い出したように話に混じってきた。
「そ、それって、新選組の人たちが使ってた刀の名前ですよね。京都守護職、新選組……あっ、だからかな? ロクハラ分室って」
「そう、今も昔も変わらず、京都を守るための組織……それが私たちロクハラ分室さね。そういう訳で、造られたからには……生まれたからには、こいつらにも戦う意味を、その意義を与えてやりたかった。慢性的な戦力不足だし、デッドコピーでも使いようってね」
運転しながらコテツが「ひでえ言い草だ」とまた笑った。
デッドコピー?
それはどういう意味だろう。
不思議に思っていると、車は
コテツは降りると、自分で給油の作業を始めながら教えてくれる。
「俺たちは、オサフネ先生に造られた訳じゃないからな。その基礎設計と理論をパクって生み出された、まあ、
「そう、なんだ……でも、ぼくたちを助けてくれた。ありがとう、コテツ。あの、スズカさんも。本当に助かりました」
実際、あの本土決戦旅団なる兵隊たちは、本物の軍隊みたいで恐ろしかった。
ようやく竜災害を退けてみれば、今度は人間に襲われるというのは、話としてはあまりにも救いがない。それでも、この地でトゥリフィリたちは救わねばならない……一番救われないのは、無理矢理古都に連れてこられた仲間のキリコなのだから。
そう思っていると、視線を感じた。
ふと窓の外を見れば、コテツがじっと見詰めてきていた。
「ん? ああ、悪い悪い。フィー、さ。ちょっと似てたからよ」
「似てた、ってのは」
「昔の……相棒にな。そっかー、なあ、フィー。あいつとは、ナガミツとは上手くやってっか?」
「えっ、ななな、なにを突然……上手くは、ないけど……いつも一緒だよ。うん」
途端にシイナとアヤメが、ニマニマと目を細めて笑う。
スズカも静かに
突然、ズシャリ! と空からなにかが降ってきたのは、そんな時だった。
現れたのは、先程脱出を手ほどきしてくれた鎧武者である。そして、その肩にちょこんとリコリスが乗っていた。こうして見ると、
だが、鎧武者がリコリスを降ろして
「待たせた、すまない。連中、思ったよりはやる……それとこっちのリコリスもな」
「おう、イスケ! おつかれ、おつかれ。そっちはリコリス姐さん、だよな? 無事でよかったぜ」
「コテツ、すぐに車を出した方がいいな。大戦の亡霊共が、本格的に動き出した。奴らに先んじて、
イスケと呼ばれているのは、うら若き女性だった。大柄で背が高いが、ガシャガシャと大鎧で歩く姿は確かに女性らしい
そして、合流したリコリスからトゥリフィリは、向かうべき目的地を知らされた。
「先程、イスケと脱出間際に連中の一人を尋問した。なに、少し撫でてやったらペラペラ
すぐにトゥリフィリは、ロクハラ分室の協力を得て二条城に向かう。
冬の弱々しい朝日は、振り始めた雪によってさらに薄く陰ってゆくのだった。