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 ――二条城。
 かつて、京の都が日本の中心だった時代、御所だった場所である。日本人ならば、その名を知らぬ者などいないだろう。
 だから、トゥリフィリは率直(そっちょく)に言って驚いた。
 謎の軍隊、本土決戦旅団(ほんどけっせんりょだん)なる旧大戦の亡霊たちは、二条城を本営としているらしかった。そしてそこに、仲間のキリコが連れ込まれているという。
 その経緯に関しても、コテツが簡単に教えてくれた。
 ワンボックスを降りた面々は、スズカを残して全員で徒歩で進む。

「東京も大変だったんだってな。こっちも帝竜(ていりゅう)が出て、そりゃもうてんてこ舞いよ」
「えっ、じゃあ」
「ああ、色々な施設や建造物がダンジョンに作り変えられちまった。その数、七つ。清水寺や金閣寺なんかだな。ロクハラ分室の戦力でどうにかなったのは、ラッキーだっただけさ」

 やはり、竜災害は日本全土を、そして世界を等しく覆って塗り潰したのだ。
 コテツが言う通り、幸運だったのは……京都では、真竜(しんりゅう)は現れなかった。宇宙の高位存在と自らを称する、エゴと欲の(かたまり)不遜(ふそん)傲慢(ごうまん)な真竜ニアラは、東京にのみその姿を現したのだった。
 そして、そのこともコテツは知っていた。
 寒い朝の京都を歩きつつ、トゥリフィリは彼の話に耳を傾ける。

「見ての通り、ロクハラは慢性的な人手不足でな。御前(ごぜん)も頭が痛いってぼやいてたよ」
「でも、コテツたちは京都の竜災害に打ち勝った。そうだよね?」
「……ああ。でかい犠牲の連続だったがよ。っと、こっちだ」

 京都の路地は、まるで網の目のように広がっている。
 それ自体が、古都を守護する数多(あまた)の結界の術式なのだ。全てが呪術的に計算され尽くした都は、その内側に今……とてつもなく恐ろしい邪悪をはらんでしまった。
 だからトゥリフィリたちは、ここにきた。
 真っ先に飛び出してしまった、ナガミツとその仲間を追いかけて。
 そして、先頭を歩くコテツが脚を止める。

「っと、見えてきたぜ。ここから大通りに出て真っ直ぐ……その先が二条城だ。見てみな、フィー」

 親指でクイと、コテツが路地の先を指差す。
 そっと覗き見れば、二条城は物々しい雰囲気に包まれていた。
 まるで戦時下、それも戒厳令(かいげんれい)でも布かれているかのような空気だ。カーキ色の軍装に身を固めた兵士たちが並んでて、戦車まで持ち出してきている。
 正面から突破して侵入するのは、かなり難しそうだ。
 敵が強いからではない。
 そもそもトゥリフィリたち13班は、人と戦うために集った訳ではないからだ。
 東京への報告をアヤメに任せて、ふむとトゥリフィリは腕組み(うな)る。
 リコリスが声をあげたのは、そんな時だった。

「フィー、私に妙案がある。なに、目には目を…… () () () () () () ()
「えっ、それ……まずくない?」
「まずくない。ちょっと借りるだけだ。あとからキリノが書類をでっち上げるだけで、なにも問題のない手段だ」
「……とりあえず聞くだけ聞いとく。それに、派手にドンパチやれば陽動にもなって、潜入もしやすくなるかもしれないしね」
「そういうことだ」

 戦車には戦車を。
 そう言ってリコリスは、かいつまんで妙案の内容を説明してくれた。
 なかなかに荒業(あらわざ)、力技だが……今この時点で選べる選択肢としては、かなり魅力的でもある。なにより、リコリスの「絶対に相手に死傷者は出さない」という言葉は、信じるに足るものだ。
 出会って間もないのに、新しい仲間をトゥリフィリは簡単に信頼してしまっている。
 そう思わせるだけのものをリコリスもアヤメも、行動で示してくれているからだ。

「近くの自衛隊駐屯地から、何両か拝借(はいしゃく)する。人同士でやりあえば、あっちは武装した歩兵だからな。加減をしても死傷者が出る可能性は高い」
「戦車同士でドンパチやる分には……少なくとも、あっちの戦車をスクラップにしちゃう程度なら、むしろ加減がやりやすい? そゆことかな?」
「察しがいいな、フィー。そうだ、そしてそれを私はできる。アヤメ!」

 リコリスが振り返ると、丁度アヤメがメールの送信を終えたようだ。彼女は自分のスマートフォンをしまうと、会話に参加してくる。

「えっと、一番近い駐屯地だと大久保基地か宇治基地だねー」
「では、両方いただきだな。分散させた方がリスクが低い」
「わたしがサポートするんで、クラッキング、いっときます?」
「竜災害のあとで、自衛隊もかなり消耗しているだろう。警戒レベルは低いものと考える。となれば、私たちで氷壁(アイス)も簡単に抜けられそうだ」

 なにやら物騒な話になってきたが、アヤメはニコリと微笑む。
 その手が少し震えていることにトゥリフィリは気付いた。
 やはり、当たり前だが怖い。
 当然だ、時代錯誤とはいえ軍隊とドンパチやる羽目になったのだから。

「フィーはシイナやロクハラの皆さんと一緒に、別の場所から侵入してください。正門前はわたしとリコリスでドンパチやって引きつけますっ」
「大丈夫? かなり危険だけど」
「大丈夫じゃないですよー、もぉ。でも、わたしにもできることがあるし、リコリスはやれちゃう人ですから」

 無理に作った笑顔が、どこか頼もしい。
 改めてトゥリフィリは、仲間たちに心の中で感謝した。そして、痛感した……この輪の中に、絶対にキリコを取り戻すべきだと。
 代々続く凶祓(まがばらい)の家系で、羽々斬(はばきり)の巫女の宿命を背負わされた少年、キリコ。その名すら、彼を彼女へと作り変えた時の()()であり、本名はまだ誰も知らない。
 使命も血筋も、人は選べずに生まれてくる。
 だとすれば、どう生きるかくらいはキリコに選ばせてやりたい。
 自由にならないことばかりだろうけど、少しでも明るい選択肢を増やしたいのだ。

「じゃあ、陽動お願い。コテツ、あとイスケさん。裏手に回って、騒ぎに乗じて二条城に潜入します。因みに二条城って」
「ああ、迷宮化してるぜ? な、イスケ」

 鎧武者がガシャリと(うなず)く。
 なるほどとトゥリフィリは奇妙な納得を感じた。竜災害が沈静化した今、危険なダンジョンに一般人は近づかない。(あるじ)である帝竜がいない今、人目を避けての(くわだ)てごとにはうってつけの場所という訳だ。

「よし、じゃあ行こうっ! みんな、よろしくね。……ん? あれ、なんか――ッッッ!」

 その時だった。
 風が、吹いた。
 それは爆音で、絶叫のように響き渡る。
 激しいスキール音は、タイヤがアスファルトで擦り切れる悲鳴。その音は、あっという間に近付いてきた。そして、目の前を通過する。
 そして、トゥリフィリは見た。
 それは、13班がいつも使ってる見慣れたライトバンだった。

「うそ……ちょ、ちょっと、ナガミツちゃんっ!?」

 布製の適当に作った覆面の少年が、屋根の上に立っていた。
 仁王立ちだ。
 運転席で涙目になってアクセルをベタ踏みなのがノリトで、助手席で笑ってるのがキジトラだ。そう、覆面なのに泣き顔も笑い顔も感じられた。
 あの三人だ。
 全力全開で走る小さなライトバンは、そのまま二条城の正門に真正面から突入してゆくのだった。

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