トゥリフィリは無事、仲間たちと一緒にキリコを救い出した。
そして、奇縁で繋がる謎の美女アダヒメとも
竜災害と戦う日々の中で、節目節目に現れる不思議な少女……アダヒメ。時として無意識の中に、またある時は夢の中に、アダヒメと何度もトゥリフィリは擦れ違ってきた。
それが今、初めて現実の世界で出会ったのである。
「はぁ、はぁ……逃げ切れた、かなあ?」
闇市のような露天や屋台が並び、行き交う人々の顔は活気に満ちている。
古都は今、復興に向けてゆっくりと動き出しているのだ。
そして、人混みに紛れてしまえばもう、
「さて、と。ナガミツちゃん、ちょっと周りを見ててね」
「ん、ああ。敵意は感じないけど、派手にやらかしちまったからな」
「そゆこと。追撃を受ける前に新幹線で離脱……で、いいんだよね? アダヒメさん」
ようやく落ち着いて、トゥリフィリは背後を振り返った。
やはりというか、周囲の市民たちも視線を余さずアダヒメに注いでいる。着物姿の麗人は酷く目立って、その容姿端麗な美貌は獣の耳すら疑問を抱かせない。妙な存在感の彼女は今、シイナが抱えるキリコの寝顔を覗き込んでいた。
そっと手で、キリコの頬に触れる。
トゥリフィリには、アダヒメの潤んだ眼差しがとても優しく見えた。
ややあって、アダヒメはトゥリフィリの声に向き直る。
「ええ、問題ありません。それと……帝都にはわたしも参りますっ」
「……ほへ? く、来るの? いや、断る理由はないけど」
「キリ様をもっと近くでお守りするべきでした。京都の守りを固めるのに手間取って、ロクハラ分室の協力で竜は撃退しましたが」
「とりあえず、キリノさんに連絡しとくね。それと」
トゥリフィリはアダヒメに歩み寄る。
見上げれば、驚くほどに整った顔立ちが眩しい。白い肌は淡雪のようで、この場で異質な程に美しかった。
アダヒメもまた、じっとトゥリフィリを見詰めてくる。
だから、遠慮なくトゥリフィリは……ぺち、と軽くアダヒメの頬に触れた。
「ぼく、泥棒猫じゃないよ? これ、お返しね」
「まあ」
「何度も言われるとさ、ちょっとね。話は新幹線で聞かせてもらうけど」
「……ふふ、小気味よい子ですね、トゥリフィリは」
「そう? 普通だよ、普通。ただの普通の女子高生。あと、フィーって呼んで。ぼくもアダヒメちゃんって呼ぶから」
「はいっ! ではフィー、参りましょう」
アダヒメは不思議な少女だ。
高貴な威厳と、無邪気で無垢なあどけなさが同居している。それでいて、驚くほどに行動力とバイタリティがあって、時々エキセントリックだ。
なのに、不思議と憎めないところがあって、トゥリフィリも嫌いにはなれそうもない。
それはどうやら、闇市の物色から返ってきたキジトラたちも同じようだ。
「ふむ、京都土産はこんなものか! ククク、都庁の子供たちめ、待っているがいい!」
「キジトラ先輩、その……タペストリーや日本刀のキーホルダー、あと木刀? それって」
「バカモノ、ノリト! 定番を極めてこその土産よ!」
「はあ」
なにやら大荷物になっている二人だった。
そして、さらににぎやかな声が響く。
どこか
「お嬢様! アダヒメお嬢様! ささ、昼食の弁当を調達してきましたゆえ……ああ、トゥリフィリ嬢にはこの釜飯弁当などいかがですかな? 冷凍みかんもございます」
ひょろりと背の高い、黒尽くめの男だ。
さっきまで、ベンツの運転手をしていた人物である。張り付いたような笑みを浮かべて、酷く明るくポジティブなのに隙がない。何かしらの異能を持った
なのに、警戒心が上手く働かない。
アダヒメの連れとなれば、敵ではないとは思いたいが。
トゥリフィリは言われるままに、男から弁当を受け取った。
そして、彼はモリアキと名乗るや
「ではでは、皆々様も改めまして……こちら、
「うん、よしなにです!」
「はい、そういうことですね。それでは参りましょうぞ! いざ、帝都へ!」
完全にペースを握られ、トゥリフィリは
アダヒメがついと視線を逸らしたのは、そんな時である。彼女は先程からナガミツが凝視する先を向いて、雑踏の中へと呼びかけた。
「スズカ、そこにいますね?」
驚いたことに、気付けばそこに同じ和装の女性が現れていた。
ナガミツは気付いていたようで、白い細面の女性を見て警戒心を引っ込める。スズカはこの京都を守護するロクハラ分室の長で、キリコ救出に協力してくれた味方である。
そのスズカが、相変わらずはんなりとした笑みで立っていた。
「アダヒメ様、ここに」
「本土決戦旅団に関しては、こちらで釘を刺しておきました。もう、表立って活動することはないでしょう。兵たちの再就職等、細々とした手続きをお願いします」
「御意」
「それと、
「と、申しますと……やはり、来ますか?」
「ええ」
トゥリフィリは確かに、その耳で聞いた。
それは、トゥリフィリたちムラクモ機関にとっては、新たなる戦いの始まりでもある。だが、確かにトゥリフィリは七匹の帝竜を倒し、真竜ニアラなる邪悪をも討ち取った。
この京都でも、迷宮化した史跡や施設の全てがロクハラ分室によって解放されている。
それでも、まだ竜は襲来する……?
何故、どうして?
そして、それを察するアダヒメの根拠とは?
自然と首を傾げていたトゥリフィリは、背後のモリアキにそっと耳元で
「お嬢様は特殊な記憶をお持ちです。……知っているのですよ、トゥリフィリ嬢」
「知ってる、って? 未来予知とかじゃなくて?」
「ええ、御存知なのです。ああ、そうそう! 私としたことが飲み物を用意し忘れていました! 少々お待ちを!」
バタバタとモリアキは、再びごった返す闇市の方へと消えてゆく。
そして、アダヒメもまたスズカに二、三の確認をして歩き出した。
だが、彼女は思い出したように立ち止まる。
「そうそう、スズカ。護衛にカネサダをお借りします」
「は、では万事そのように……よろしいのですか?」
ちらりとトゥリフィリはナガミツを見やる。頼れる相棒は、フン! と鼻を鳴らしてなにも言わなかった。一方で、カネサダ本人は呆気にとられた顔をしている。
なにはともあれ、こうしてドタバタ京都旅が終わろうとしていた。
そして、どうやら仲間が増えたようである。
アダヒメは既に、アヤメやシイナといった面々とも打ち解けているし、ナガミツもツンケンとしているがカネサダへの敵意を引っ込めていた。
ただ、なにか見えぬ不安だけがトゥリフィリの胸中を寒からしめているのだった。