新幹線は一路、東京へ。
どうやら帰りのこの列車は、ムラクモ機関のキリノが手配してくれたらしい。貸し切り状態だが、自由席の座席をボックス状態にしてトゥリフィリはシートに身を沈める。
隣ではナガミツが、腕組み不機嫌そうな顔をしていた。
確かに、目の前の光景はなかなかにお
「んと、じゃあ……そろそろ話して、アダヒメちゃん。君は……誰?」
目の前には今、あのアダヒメが窓際に座っている。そして、その
キリコの寝顔を見詰めるアダヒメの表情は、優しく柔らかい。
だが、先程から完全に二人の世界に入ってて、トゥリフィリも変な気疲れを感じていた。
ナガミツが「おい」とぶっきらぼうに言葉を刺すと、アダヒメは顔を上げる。
「なんですか、ナガミツ。ああ、お話でしたね」
「馴れ馴れしいんだよ、ったく。お前なあ」
「
「お、おう。……わかってりゃいーんだよ、ったく」
隣を見上げて、トゥリフィリは意外だなと笑みを浮かべた。
ナガミツが照れているなんて、初めて見る。
アダヒメという少女は、どんな言動もストレート過ぎて距離感を掴みかねるが……悪い人ではないことだけは確かだ。時として、悪気がないのが尚も悪い、そんなことがある。でも、それも含めて表裏がないのは彼女の美点足り得るだろう。
そして、そのアダヒメはゆっくりと話し始める。
「では、フィー。ナガミツも。そして、この場に集った狩る者たち……今こそ全てをお話しましょう」
通路を挟んだ隣の席では、キジトラとノリト、アヤメがトランプでババ抜きに興じていた。付き合わされているカネサダだけが、難しい顔をしている。皆、
そんな彼らに、リコリスが声をかけて振り向かせた。
別の席ではシイナが疲れて眠りこけているので、これは寝せておくことにする。
そうして一同、アダヒメの言葉を待つ。
だが、第一声に誰もが目を点にし、絶句に呼吸を忘れてしまった。
「わたしの名はアダヒメ、
誰もがポカーンとしてしまった。
わからないのだが……なにか感じることがあった。それは直感で、断片的な記憶を繋ぐ見えない糸だ。細くて見えないが、光るなにかが繋がっている。
「えっと、意味わかんない……けど、アダヒメちゃん」
「はいっ」
「何度か、ぼくと会ってるよね? あ、そっちからは見えてなかった?」
「……そう、なんですか? ああ、そうです! そういえば!」
突然、アダヒメが立ち上がった。
トゥリフィリへと身を乗り出して、落ちそうになったキリコの頭を大事そうに抱える。その胸に顔を埋めて、キリコが息苦しそうに呻いた。
だが、再び座って自分を落ち着かせると、アダヒメは唐突なことを言い出す。
「フィー、
「ほへ? いやあ、誰って言われても」
「わたしが繰り返し生きたこの時代、西暦2020前後に……貴女という狩る者はいませんでした。今まで、一度たりとも」
「そなの? そんなこと言われても困るなあ。ね、ナガミツちゃん」
ナガミツも黙って何度も頷く。
やれやれと隣では、キジトラたちが再びババ抜きに戻りかけていた。
だが、トゥリフィリは順を追ってゆっくりアダヒメへと説明をする。折りに触れ、無意識の中で何度もトゥリフィリは見てきた。アダヒメの涙を、怒りを、哀しみを。それは全て、幻覚や夢というにはあまりにも生々しすぎた。
それに、ずっと気になってることがある。
「あのね、アダヒメちゃん……ちょっと」
アダヒメを手招きし、寄せられる美貌に声を潜める。そして、思い出したようにトゥリフィリは頭の上のふさふさの耳に唇を寄せた。アダヒメはルシェと呼ばれる古代種族、いわゆる獣人のようなものらしい。
当然、耳がある場所は人間とは違って、頭の上に狐のように生えている。
「あのさ……ぼく、気になってるんだけど。ナガミツちゃんが、ボロボロになってく姿を見てね。なんか、別世界っていうか、異世界っぽかったけど」
「ふむ、ふむふむ!」
「何故かキリちゃんやノリト、シイナもいたけど服装が全然……あと、ナガミツちゃんのために泣いてくれてる女の子がいた。アイテルさんも」
そう、フロワロの花が枯れて舞い散る、真っ赤な空の下だった。
力尽きたナガミツを抱き締め、少女が泣いていた。アダヒメと同じルシェの娘だ。そして、その場にいたアダヒメは確かに言ったのだ。
トゥリフィリに振り返り、確かに言い放った。
「アダヒメちゃん、あの時……言ってくれた。絶望せず、未来を望んで求めて、手を伸べてって」
「そう、ですか……それは恐らく、わたしのこれからの記憶。
「えっ、ど、どゆこと?」
「……特異点」
――特異点。
それは、未来と過去を繰り返すアダヒメが、この現在にて
だが、彼女が当世と呼ぶこの時代に……アダヒメはトゥリフィリと出会った。
数え切れぬ揺り戻しの中、初めて今までにない存在に巡り逢ったという。
「フィー、貴女はもしかして、特異点ではないのですか?」
「いや、そう言われても……」
「それをわたしは、見極める必要があると思ったのです。それに……」
ちらりとアダヒメはナガミツを見た。
彼女のエキセントリックな持論を前に、ナガミツはもう既に
アダヒメはナガミツを見て、小さく頷く。
「ようやく繋がりました。ナガミツ、貴方の旅の始まりは……今まさにここ、この時代なのですね」
「あぁ? 訳わかんねーよ、けど」
「けど?」
「……さっきは助けてくれて、ありがとよ。ヘッ、力が
「勿論です! わたしも、斬竜刀たちに感謝を。貴方たちは希望です。生きとし生ける者、この宇宙の全ての生命の、希望」
「話がでけーよ、ったく……なあ、フィー?」
トゥリフィリも苦笑しつつ応じて、ふと不安になる。
あのボロボロになったナガミツは、そして泣きじゃくるスズランという名の少女は……やはり避けられぬ未来、この星の明日の彼方なのか? それはまだ、わからない。そもそも、時間の流れが一本道であるかどうかも不明で、アダヒメが繰り返す生と死はいつも別物かもしれないのだ。
だが、胸騒ぎが収まらない。
キリコが「っ、ん……」と目を開いたのは、そんな時だった。
「あっ、キリちゃん。目が覚めたんだね、よかっ――」
「キリ様っ! このアダヒメ、遅参をどう侘びてよいか……ああ、キリ様!」
突然、訳も分からず抱き締められて、キリコは目を白黒させている。だが、彼女はトゥリフィリとナガミツを見て、他の仲間たちを見て弱々しく微笑んだ。
その表情に、誰もが安堵の笑みを零す。
こうしてトゥリフィリたちは、大切な仲間を取り返し、再び東京へと舞い戻る。
それが、次なる戦いに繋がっているとは、この時は夢にも思わないのだった。