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 国会議事堂は既に、対竜災害の最前線だった。
 そしてトゥリフィリは、精密検査を医務室で受けたあとで呼び出される。
 ムラクモ機関、再始動。
 再び竜とフロワロから市民を守るため、戦いが始まろうとしていた。
 ムラクモ機関の本部が設置された大広間に入れば、懐かしい顔が出迎えてくれる。二人はなにやら熱心に話し込んでいたが、トゥリフィリを見るなり不敵な笑みを浮かべた。

「おう、班長。ククク、目覚めたか……そいつは重畳(ちょうじょう)
「お疲れ様です、フィー。再びお会いできて、光栄の極み!」

 キジトラとノリトだ。
 二人は以前と全く変わらない。
 しかし、色濃い疲労が感じられた。自分が寝ていた一週間の間に、二人は東京中を駆け回ったことだろう。そして恐らく、他のメンバーも同じだ。
 脳裏に言葉を探すが、口を突いて出たのは当たり前の挨拶だった。

「ただいま、キジトラ先輩。ただいま、ノリト」

 二人は互いに顔を見合わせたが、大きく頷き「おかえり」と笑う。
 そう、トゥリフィリは帰ってきた。
 再び戦うために。
 この場にあの少年がいなくても、(すで)に覚悟は定まっていた。きっと彼は帰ってくる……その場所を、その時をトゥリフィリが守るのだ。それが、再び地獄の中へ叩き落された東京で、トゥリフィリが胸に刻む決意なのだ。
 そして、キジトラのノリトも敢えてナガミツの件には触れなかった。
 だが、現状はかなり厳しいらしい。

「再び都心部全域に帝竜反応が出た。その数、七つ」
「しかも半分は、以前我々が攻略した地域でです」

 二人が振り返る先に、巨大なモニターが広がっていた。都内の地図が映し出されており、ナビゲーターであるムツとナナがキーボードを叩いている。酷く忙しそうだが、トゥリフィリの視線に二人は笑顔を見せてくれた。
 そっと手を振り、小さな小さな仲間たちの無事に安堵(あんど)する。
 そして、再会はさらに続いた。

「トゥリねえ? ああ、よかった……目が覚めたんだね」

 書類の束を抱えって、三編みの少女が駆け寄ってくる。服装も地味な作業服だったので、咄嗟(とっさ)にトゥリフィリは気付けなかった。
 だが、彼女をトゥリねえと呼ぶ人物は一人しかいない。

「キリちゃん! あ、もういいの? 身体、大丈夫?」
「もぉ、それは私の台詞(せりふ)だよっ! ……でも、本当によかった。このままトゥリ姉まで目覚めなかったらって……あ、私はもう大丈夫。それに、働いてた方が調子がいいんだ」

 そう、既にムラクモ機関の戦いは始まっている。
 多くの職員が次々と複合型汎用(コピー)機を運び、電話機やパソコンがそこかしこに並べられている。背後ではキジトラとノリトが「デン、デン、デン、デンデン♪ ってやつだな」「エヴァみ、ありますね」「シンゴジでもあるな」「踊る大捜査線は」「それもある」と、意味不明な会話で笑みを交わしている。
 トゥリフィリは改めて、キリコを見詰めてホッとする自分を実感していた。
 彼女は既に、羽々斬(はばきり)巫女(みこ)としての力を失っている。巫女の力、S級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)としての戦闘力は全て、乙女の純潔によって生み出されていたのだ。しかし、キリコは姉を詰め込まれたその身を、徹底的に穢され犯された。
 だが、それでも健気に自分のできることを頑張っているようだ。

「よかった……うんうん、偉いぞキリちゃん」

 ついつい、手が伸びて頭をクシャクシャ撫でてしまう。
 ナガミツもよく、トゥリフィリにこうしてくれたのを思い出した。
 キリコもはにかみつつ、照れ臭そうに(ほお)を朱に染める。

「もー、トゥリねえまで私を子供扱いして」
「トゥリねえ、も?」
「ヒメもさ、私にとにかく世話を焼くっていうか、構い過ぎっていうか」
「ああ、アダヒメちゃん。ふふ、でも……そんなに悪くないって顔してるよ?」
「それは、その……嫌じゃ、ないけど」

 他の仲間たちも、次々と場に顔を見せてくれた。
 エグランティエやカジカ、フレッサといったお馴染みの面々も健在である。アゼルは車椅子姿で、シイナと一緒だ。
 アヤメは十分な休養が必要で、今は任務を外れてもらっているそうだ。
 そして、その場の空気を引き締める声が凛として響く。

「揃っているな、13班! 各員もそのまま作業を続けながら聞け!」

 小さな体からは信じられないほどに、大きな声が(ほとばし)っていた。ともすれば怒鳴るような、それでいて泣き叫ぶような子供の声だ。
 現れたエメルは周囲を見渡し、フン! と鼻を鳴らす。

「これより私がムラクモ機関の指揮を執る。持てる戦力の全てを投入し……この東京を、そして世界を取り戻す。その過程で、あらゆる竜はこれを殲滅する。皆殺しだ!」

 真っ赤な瞳には今、激した憎悪の炎が揺れていた。
 それは、ともすればエメル自身をも焼き尽くさん勢いで燃え盛っている。
 小さな少女の体から、凛冽(りんれつ)たる覇気が溢れ出ていた。
 だが、トゥリフィリはふと気になって言葉を挟む。

「あ、あのー、エメルさん」
「総長と呼ばんか、馬鹿者!」
「そう、その、総長! ……キリノさんは?」

 みんなが「あっ」という顔をした。
 だが、ずっと眠り続けてたトゥリフィリには安否が気がかりだ。最後に見た時は、いつものように自分たちを助けようとしてくれてた。
 キリノは天才的な頭脳を持っているが、S級能力者ではない。
 アダヒメやエメルが口にする、狩る者とやらでもなさそうだ。
 ただの人間、普通の人間……そして、尊敬すべき人間だ。
 いつもトゥリフィリたち13班を支えてくれてた、その姿がこの場にはない。ムラクモ機関の今の総長は、そのキリノの(はず)なのだ。

「フン、キリノか……奴はもう、使えん。そっとしといてやれ」
「使えないって、そんな! キリノさんは道具じゃないです!」
「だが、私にとっては有用な手駒だ。手駒だった、と言うべきか」
「そんな言い方!」
「人間は弱い。だから、もう許してやれ。戦いから降りる者の存在は、古来より戦場の常だ」
「ぼくが言いたいことは、そういうことじゃなくて」

 だが、エメルはそれ以上取り合わなかった。
 代わりに、広間の皆に聞こえるように真っ直ぐ声を研ぎ澄ます。

「諸君、これよりムラクモ機関は……改めて竜災害との戦いを再開する! 目標は大まかに二つ! 一つは、七匹の帝竜を倒し東京を解放すること。もう一つは――」

 ―― () () () () () () ()
 確かにエメルは、そう言った。
 端的に、先代の総長であるナツメが開発した人体実験の産物だとも説明が付け加えられた。それは、今はSKY(スカイ)と呼ばれる若者たちの暗い過去。そして、トゥリフィリたちが決別した筈の思い出の疵痕(きずあと)だ。
 そして、過去に去って消えたナツメは、とてつもない置き土産を残していた。
 殺竜兵器……それはどこか、トゥリフィリに薄ら寒い不安を抱かせる。
 本質的に斬竜刀(ざんりゅうとう)と同じなのかもしれないが……明確な違いがある気がして、その兵器という言葉に戦慄せずにはいられないのだった。

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