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 再び、トゥリフィリたち13班の戦いが始まった。
 都内に広がる七つの迷宮(ダンジョン)、その最奥に待ち受ける七匹の帝竜(ていりゅう)を倒すのだ。帝竜はその地域の異界化に強い影響力を持っており、駆逐することでフロワロを枯らすことができる。
 だが、そのフロワロも今は漆黒に染まって強烈な瘴気を吹き出していた。
 以前とはなにもかも違う。
 それでも、トゥリフィリの決意は鈍らず、仲間たちも決して怯まない。

「よし、じゃあ行こうか! ナガミツちゃ――あ、うん、みんな。行こう、か」

 巨大な東京駅が今、異形の魔宮と成り果てていた。
 その威容を見据えて、思わずいつもの調子でトゥリフィリは相棒に語りかけてしまった。だが、いつもなら(おう)っ! と頼もしい声が返るが、今はそれがない。
 そして、キジトラもシイナもそのことで特別なにも言わなかった。

「ご、ごめん、つい……えっと、改めてキジトラ先輩、シイナ、今日もよろしくっ!」
「フハハハハ、任せるがいい!」
「モチのロンだよー? さっさと片付けちゃお」

 トゥリフィリだけではない、誰もがナガミツの安否を心配していた。全身を黒いフロワロに(むしば)まれ、研究室へと運び込まれてから(すで)に一週間以上が経過している。その間、彼に関する情報は13班には一つも回ってこなかった。
 わかっているのは、弟であるカネミツの身になにかが起こったということ。
 彼がナガミツの予備機として、とうとうその本来の使命を果たす事態となったのである。
 今はそのことを、頭の中からトゥリフィリは敢えて追い出す。
 目の前の任務をまずは片付ける……その責任を果たすことで、ナガミツとカネミツに胸を張れる自分でいたいと思うのだ。
 その横でキジトラは、腕組み東京駅をしげしげと眺めて呟く。

「しかし、随分と様変わりしてしまったな……今や魔窟(まくつ)丸の内亜空断層(マルノウチアクウダンソウ)』か」

 赤レンガが特徴的な駅舎は、その全体が不気味な明滅に包まれている。無数の(いばら)が七色に輝き、その奥に東京のシンボルの一つを飲み込もうとしていた。
 帝竜、それは物理法則させも書き換える強力な力を持ったドラゴン。
 これより先は異界、人間の常識が通じぬ危険な迷宮だった。

「よし、行こう。ここから始めるんだ……何度でも、ぼくたちは」
「そだね、いこいこ!」
「うむ、一度は竜災害を退けた俺様たちだ。そのノウハウがある今、以前より状況はいいとさえ言える」

 トゥリフィリたちは東京駅へと走り始めた。
 すでに周囲の町並みは一変しており、常人ならばフロワロが咲き誇る中で呼吸を奪われ昏倒(こんとう)してしまうだろう。S級能力者(S級能力者)であるトゥリフィリたちには、強力な免疫と耐性があるが、それでも(わず)かに息苦しい。
 そして、東京の交通の要衝は今、そこかしこでマモノが(うごめ)く魔都と化していた。
 今は雑魚を相手にしている余裕はない。
 そのままトゥリフィリは一気に、東京駅のロータリーへと突入した。
 そこでは、意外な人物が一人で戦っていた。

「あ、あれ? あの子、確か」

 セーラー服を着た金髪の少女が、無言で拳を振るっていた。
 その姿に、トゥリフィリは見覚えがある。
 どこか相棒に面影(おもかげ)が似ていて、そして決定的に異なる印象を刻みつけてくるのだ。その不思議な違和感が、強くトゥリフィリの心に残っていた。
 無手の体術でマモノを蹴散らす彼女は、トゥリフィリたちにキュイン! と振り返る。

「えと、こんにちは。ガーベラさん、だよね?」
肯定(ポジティブ)
「きみがいるってことは、セクト11の人たちも来てるのかな」
「解答を拒否シマス。ここの封鎖と確保を最優先、民間人は退去してクダサイ」

 取り付く島もない。
 そして、見目麗しい長身の少女は、その見た目を裏切る圧倒的なパワーでマモノたちを処理していた。そう、処理だ。淡々と効率よく、片っ端から敵意を粉砕してゆく。
 その姿は、まるで乙女の姿をした戦車のようだ。
 恐らく、迷宮の奥へ進んだ仲間たちのために、退路を確保しているのだろう。

「ねえ、ガーベラさん。このあいだは、ありがとっ。ちょっと手伝うね」
「……何故(なぜ)?」
「セクト11の人たちは、仲間のアヤメちゃんを助けてくれたから。それに、今は人間同士で張り合ってる場合じゃない、協力しあわなきゃ」
「理解不能……私はセクト11に配備された装備品に過ぎマセン」
「それでも、ぼくたちにとっては一緒に竜と戦う人間だよ? ロボットだとか人型戦闘機とか、そういうんじゃなく、人を守って戦う仲間、同志? みたいな感じだけど」

 一瞬、ガーベラの動きが停止した。
 トゥリフィリを振り向き、じっと見詰めてくる。
 何度も瞬きする大きな双眸(そうぼう)が、宝石のように輝いていた。
 そして、そんな彼女の背後に巨大な熊のマモノが立ち上がる。咆哮(ほうこう)と共に、鋭い爪が振り下ろされた。
 だが、ガーベラはそれを見もせず片手で受け止める。
 細腕一本が、ハンマーのようなマモノの一撃にびくともしない。

「……13班、ドウシテ? 私はセクト11、ステイツの国益のために戦う使命がありマス」
「アメリカは日本の同盟国だし、それ以前に一緒に竜と戦うんだもの」
「不可解……」
「あ、きみに連帯感を押し付けたり、利用しようとかってつもりはないんだ。でも、やっぱりお礼は言っておきたいから」

 端正な無表情のまま、ガーベラは小首を(かし)げる。
 同時に、背後のマモノを振り向き様の後ろ回し蹴りで吹き飛ばした。そのまま一回転して優雅に着地すると、ツカツカとトゥリフィリの方へ歩み寄ってくる。
 すぐ間近の距離に見上げれば、戦闘用とは思えぬほどにナイスバディでトゥリフィリは驚いた。形よく膨らむ胸の双丘が、すぐ目の前で小さく揺れていた。

「13班、確か……トゥリフィリ」
「うん。よろしくね、ガーベラさん」
「ここは通せまセン。即刻退去を」
「そっか、困ったな。ぼくたちもね、帝竜を倒してまずは東京を解放したいんだ」
「……私には判断する権限がありまセン」

 すると、見兼ねたキジトラが横から援護の言葉を挟んでくれた。

「俺様たちはムラクモ機関の人間、いわばこの日本の公的な組織の構成員だ。緊急時でも、アメリカさんが自分ちの庭で好き勝手やるというのは、これは見過ごせんな」
「理解可能。……少々お待ちクダサイ。今、隊長へ確認を」
「いや、待てん。俺様たちを即刻、そのショウジとかいう男の元へ連れてゆけ。話はそれからだ。それと……いかに秀でた戦闘力があろうと、一人でマモノの相手をし続けるのは危険だからな」
「私の任務は、この場所の確保」

 すぐにシイナが、スマートフォンを取り出した。LINE(ライン)で国会議事堂の仲間たちと連絡を取り始める。すぐにペケポペケポと返信が来たようで、彼はにんまり笑った。

「わたしがここに残るから、三人で行ってきて。すぐ、ノリトくんとフレッサさんが来てくれるから」
「持ち場を離れることはできマセン。任務放棄は、処分対象となりマス」
「でも、おキクちゃんが道案内してくれないと、セクト11の人たちに会えないじゃん?」
「……は? おキクちゃん、とは」
「ガーベラだから、(きく)でしょ。あ、やらしい意味で菊じゃなくて、花のほうね? だから、おキクちゃん」
「理解、不能……何故、どうして……意味不明」

 ガーベラは難しい顔をして(まゆ)(ひそ)めた。
 彼女にも表情が、それを象る感情があるのだ。
 すぐにシイナは、周囲のマモノに向き合い構えた。それで、躊躇(ちゅうちょ)しつつもガーベラは「こちらへ」と歩き出す。

「ショウジ隊長に引き合わせマス」
「ありがとう、ガーベラさん。じゃ、シイナ、あとはよろしく。無理はしない方向で。キジトラ先輩はぼくと一緒に」
「……おキクちゃん」
「うん? ど、どしたの?」
「おキクちゃんという呼称を、大変好ましいと感じマシタ。……ガーベラという名前は、あまり好きではありまセン」

 不思議なこだわりを見せつつ、ガーベラは迷宮の中へと分け入っていった。
 その背を追いかけ、トゥリフィリもまた警戒しつつ続くのだった。

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