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 一つの大きな迷宮(ダンジョン)を攻略し、徐々に日々が落ち着きを取り戻していた。
 再び訪れた竜災害の中で、避難民たちにも慣れが見え始める。竜とマモノが徘徊(はいかい)する、人類が万物の霊長でいられない世界……それを受け入れ、半ば諦めの気持ちで迎えている者たちが増えたのだ。
 それをトゥりフィリは責めたりはしない。
 きっと、ナガミツや仲間たちも想いは同じだろう。
 人の弱さは、罪ではない。
 弱いままでも許されてほしい。
 そういう想いが、トゥリフィリたち13班の強さの一つだった。

「ん、フィーもか? お疲れ。……本当に、ちょっと疲れてねえか?」

 廊下でばったり、ナガミツと会った。
 彼は遠慮なく、トゥリフィリの(ほお)に手を当て顔を近付けてくる。やや疲労を感じているのは事実だが、今はみんながキツい時である。
 全員で順々に休んで、今も国会議事堂の守りを固める作業は続いている。
 トゥリフィリは今は休憩時間だが、気になることがあって居住区を訪れていた。
 どうやらナガミツも、目的は同じようだ。

「ナガミツちゃんこそ、身体はどう?」
「んー、まあ、どうもこうもねえよ。これが新しい俺で、これからどんどん俺のものにしていくつもりだ。まあ、多少は重いが慣れりゃいい」
「そっか」
「おう。まあ、俺はそういう風にできてるけど、あいつはなあ……ったく、無理すんなって言ってるのに、あのバカは」

 ナガミツは口が悪いが、その言葉に絶妙なニュアンスをトゥリフィリは拾う。
 バカだと言っても、そうは思っていない。
 彼にとってキリコという人物は、戦友でライバルで、そして親友なのだ。
 そのキリコが倒れたという知らせを受けたので、トゥリフィリも飛んできた訳である。キリコは今、羽々斬(はばきり)巫女(みこ)としての力を失っている。S級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)として戦うことができなくなったが、ボランティアの市民たちと一緒に国会議事堂で働いていた。
 彼女は体力的にも普通か、それ以下になっているのに気付かなかったらしい。

「頑張り過ぎってやつだぜ、まったく……」
「きっと、できることをやろうとし過ぎたのかなー? ふふふ」
「ん、なんだよフィー。なにかおかしいか?」
「ちょっとね、おかしいっていうか、微笑ましい? いいよねー、男の子同士ってさ」

 ついついニマニマと笑みが零れる。
 キリコは身体の半分、そして心の大半が少年なのだ。紆余曲折を経て、宿業(しゅくごう)と因果の全てをその身に招いた。普通の男の子だった肉体に、羽々斬の巫女という運命を詰め込まれたのである。
 そんな彼女の部屋が見えてきた。
 特別に個室をあてがわれて、確かアダヒメと暮らしているらしい。
 正確には、他の避難民と一緒でいいと言ったキリコを、アダヒメが愛の巣がどうこうと強引に引きずり込んだのである。

「ん? なんだありゃ……あのチンチクリンは確か」

 ナガミツが僅かに片眉(かたまゆ)を跳ね上げる。
 その理由がすぐ、トゥリフィリにも見えた。
 キリコの部屋の前を、小さな人影が右往左往している。ノックをしようとしては、その小さな拳を引っ込めウロウロ……それは、先日助け出したルシェの少女だ。
 名は確か、カルナ。
 彼女もこっちに気付いて「あっ」と目を丸くした。

「やっほー、カルナちゃん。どしたの? キリちゃんに御用かな?」
「あうう、そ、それは……別に。13班こそ、どうした」
「俺たちはキリの見舞いだ。……ん、お前やっぱ、こうして見てみると」

 どうやらナガミツも気付いたようだ。
 そして、以前からトゥリフィリが感じていた既視感(デジャヴ)が共有される。
 カルナはどことなく、面影(おもかげ)が似ていた。
 そう、キリコにどことなく似ているのである。  それは、マリナが今は亡き後輩に似ているのと同じだった。

「アタシは、自分のオリジナルを見ておこうと思って……でも、幻滅した。けど、やっぱり、顔くらいは見たいかも、って」
「だったらうだうだしてないで入れよ。ほら」
「あっ、ちょ、やめろよー! アタシは借りてきた猫じゃないぞ!」

 ナガミツはヒョイとカルナの襟首をつまんで持ち上げ、そのままドアをノックした。
 中からすぐに、アダヒメが返事と共に顔を出す。
 彼女も自分以外のルシェが珍しいのか、むすっとしたカルナを見て(まばた)きを繰り返した。

「まあまあ、これは……どこの氏族の娘でしょうか。あ、それより!」
「うん、アダヒメちゃんもお疲れ様。お見舞いに来たけど、キリちゃんどう?」
「今はよく寝てますわ。ささ、入ってくださいな」


 着物にエプロン姿で、アダヒメが室内へと招いてくれる。
 二人が暮らす部屋は質素で、段ボールを並べた上に畳が敷かれた和室である。その真ん中に布団を敷いて、キリコが安らかな寝息をたてていた。
 薄い胸が呼吸に合わせて、静かに上下している。
 アダヒメの話では、熱も下がって今は安静にしているとのことだった。

「フィー、来てくれてありがとうございます! キリ様も喜びますわ、きっと」
「いやあ、たまたま時間が空いただけだし。でも、安心した」
「はいっ! ……それで、あの子は? それとナガミツ、なにをしているのです」

 お茶の準備をしつつ、アダヒメは小首を傾げて唸った。
 キリコの枕元で、どっかと座ったナガミツとカルナが睨み合っている。
 険悪と言う程ではないが、大小二つの影はとても近くて似ている者に思えた。

「あのなあ、チンチクリン。このバカはこれでも、すげえ奴なんだよ。お前が言うほどやわじゃねえよ。……だよな、ったく」
「チンチクリンじゃない、アタシはカルナだ! 母様が羽々斬の巫女のデータからアタシを造った……アタシたちは皆、ベースとなった人間がいる。マリナ様だって」

 やはりかと、内心トゥリフィリは得心した。
 そして、振り返ればアダヒメも小さく頷きを返してくれる。
 ナツメが生み出した人造のルシェたちには、モデルとなった人物がいる。だから、どことなく雰囲気が似てしまうのだ。それは、悲しみで見送り決別を飲み込んだ身としては、少し辛い。
 だが、そうした生まれを望むと望まぬとに関わらず受け入れるしかない、そんなカルナたちだって辛いだろう。

「あのクソ野郎、そんな研究まで……」
「母様はクソでも野郎でもないぞ!」
「へーへー、そりゃ悪かったな。それよりキリだ……ちょっと痩せたか? あいかわらず体力ねえなあ」
「こらー! アタシを無視するなー! アタシだって、力はA級でも戦えるんだー!」

 ブンブンと両手を振り回して、カルナがナガミツに食って掛かる。
 だが、ナガミツは見もせず片手でカルナのおでこを押しやり、遠ざけていた。
 リーチが全然違うので、カルナが振るう拳が空振りの空回りで虚しく続く。
 ちょっと面白くて、ついトゥリフィリも笑ってしまった。

「ねね、カルナちゃん」
「ん、なんだ13班!」
「ぼくはトゥリフィリ、フィーって呼んでね。これからも頼らせてもらうから、一緒にがんばろ? カルナちゃんはきっと、戦えなくなったキリちゃんの分も戦ってくれるかなーって」

 トゥリフィリが優しく微笑み「ね?」と身を乗り出す。
 ナガミツに抑えられながら、カルナはシュボン! と真っ赤になった。
 力の強弱は関係ないし、生まれや育ちはみんな違う。トゥリフィリたちにとって許せない、許せる筈がない人物が母でも、カルナはカルナだ。
 ゆでだこみたいになりながら、カルナは何度もウンスウンスと頷いた。
 また一人、新しい仲間ができた……そう思った瞬間、トゥリフィリの耳を悲痛な叫びが貫き突き刺さったのだった。

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