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 国会議事堂の中は、混乱の渦中にあった。
 地下シェルターへと続くエレベーターと非常階段に、人々が殺到している。ガーベラやSKYの面々が誘導に動いてくれているが、恐懼に駆られた市民たちは殺気立っていた。
 それはもう、パニック一歩手前。
 いつどこで将棋倒しが起こって、この場の全員が立ち往生してしまうかわからない。
 そして、最後の導火線が燃え尽きる。
 避難民たちの中から、悲鳴にも似た声があがった。

「ひっ! フ、フロワロが! 議事堂の中にまでっ!」
「駄目だ、もう瘴気を吹き出してる……」
「終わりだ……ここもフロワロに沈んじまうんだあああああ!」

 絶望が一瞬で伝搬を始めた。
 それをもう、トゥリフィリには止められない。
 ともすれば、自分さえも飲み込まれそうだった。
 だが、そんな時に気の抜けたチャイムが鳴る。ピンポン、パンポーンと館内放送が響き渡って、よく知る人物の声があっけらかんと広がっていった。

『あー、テステス、マイクテスツ……ん、いいみたいだねえ』

 カジカの声だった。
 ある種場違いな程に、落ち着いている。というか、あまりにも普段通り過ぎて、避難民たちは自分たちのありさまに逆に驚きを転嫁させていった。
 奇妙な空気が、若干の静寂を連れてくる。
 廊下や壁にフロワロが咲き乱れ、一部は漆黒に染まり始めた。
 そんな中でも、カジカの声はとても平静で、ともすれば平穏を感じるほどだった。

『地下シェルターに避難の際は、お、は、し、でお願いしまあす? オッケー? おはしってのは、押さない、走らない、……し、死なない? まあ、死んだら避難できないからねえ』

 周囲が静まり返って、嘆きの絶叫も悲鳴も消えてゆく。
 外から押し寄せるマモノに対処しながら、トゥリフィリも呆気にとられてしまった。ナガミツだけが、淡々とマモノを蹴り飛ばしてゆく。
 誰もが言葉を失って、次の瞬間には小さな笑みが咲いた。
 その意外な空気が、ゆるやかに広がってゆく。

「おいおい、死なない、じゃないだろ。ええと、喋らない? かな?」
「ママー、13班のおじちゃん死なないって言ってるよー?」
「そうだね、もうちょとだからね……この先に、シェルターがあるからね」

 同時に、すぐにトゥリフィリたち13班の携帯端末が鳴った。
 声の主は、ナビゲーターのムツとナナだ。

『13班、生きてるかっ! 無事だよな!』
『議事堂の地上部分を放棄することになりました。避難民の退避完了まで、時間を稼いでください!』

 既にもう、目と鼻の先にマモノたちが十重二十重。
 そして、その背後には中型の竜も集まり始めていた。
 東京都民の最後の安住の地が、ゆっくりと崩壊してゆく。コツコツ積み上げてきた日々が、一瞬で奪われてゆく。だが、決して永遠に奪わせはしないとトゥリフィリは前を向いた。
 その周囲に、頼れる仲間たちが集まってくる。

「行くよ、みんな……ムラクモ13班、ここが踏ん張りどころっ!」

 無数の声が連鎖して返ってくる。
 ナガミツもキジトラも、シイナもノリトも一歩も退かない構えだ。エグランティエやカグラ、フレッサといった面々も総動員である。
 今いる全員が、ムラクモ機関の全戦力だった。
 本当の全力全開、この瞬間に持てる力の全てをぶつける。それはセクト11やSKYの面々も同じで、誰もが一人じゃなかった。それだけが確固たる意思の礎だ。

「ぼくたちは、一人じゃない。ぼくたちはいつだって、一つだから!」

 押し寄せるマモノは、まるで雪崩のようだった。
 だが、エレベーター前を守るために、トゥリフィリたちは進んでその流れに飛び込んでゆく。あっという間に周囲に獣臭が満ちて、おぞましい咆哮が建物を震わせた。
 ひたすら目標を狙って、撃つ。
 既に狙わなくても、撃てば当たるような乱戦だった。
 それでもトゥリフィリは、仲間たちをフォローしつつ全体に目を配る。
 その余裕をくれるのは、最前線に立つ少年たちの背中だった。

「カカカッ! ナガミツ! とんだ大戦じゃないか、ええ?」
「わーってるよ、キジトラ。……ちと、やべえかな」
「普通に考えれば負け戦、それも絶望的な包囲殲滅をやられてる訳だが」
「まあ、俺はよ……今日ばかりは普通じゃいられねえからよ」
「奇遇だな、ナガミツ。俺様も激しく同意ッ!」

 ワイドに構えて迎撃スタンス、守りを固めたナガミツはまるで壁だった。押し寄せる殺意の圧力を、片っ端から弾き返してゆく。
 ナガミツに脚を殺されたマモノは、次から次とキジトラの刃に倒れていった。
 すかさずトゥリフィリも、二人の隙を埋めるように援護射撃を放つ。
 後方では、ノリトたちがサポートに必死だった。

「この調べは、間奏……幕間の地下生活を経て、第二幕を上げると約束しましょう! つまりは、全力全開のクレッシェンドォ!」
「ノリトくん、よくわかんないけどやるじゃん。でっ、せーのっ、シイナちゃんパンチッ!」

 地獄はここだ。
 この瞬間も絶望は深まる。
 だが、押し寄せる闇が漆黒に染まれば染まるほど、トゥリフィリたちは輝きを増してゆく。それは、死へと逆らい抗う命の灯火。決して諦めぬ、人類の尊厳が燃える輝きだった。
 永遠も感じる一瞬の連続を、ひたすらトゥリフィリは戦い抜いた。
 皆も、徐々に口数が少なくなる中で踏ん張り続けている。
 トゥリフィリたち13班の背後で、行き来するエレベーターが少しずつ静かになっていった。子供たちの泣き声も、大人たちの悲観と落胆も小さくなってゆく。
 そして、いよいよ建物内のフロワロは強烈な芳香を撒き散らし始めた。
 甘やかな死が充満してゆく中で、防衛戦に限界が訪れる。

「よしっ、みんな! ぼくたちも地下へ!」
「おうっ!」
「第一部、完ッ! しかして、2クール目を待つべし! 的なやつだな!」
「キジトラ先輩、それ悪いフラグじゃないですか?」
「とにかくほらっ、急いで!」

 だが、議事堂が衝撃に揺れてひび割れる。
 壁をブチ抜いて、突然側面からドラゴンが現れた。手足の長い、タワードラグだ。それだけではない、今まで見たありとあらゆる竜が勢ぞろいしている。中には、初めて見る新種もちらほらと混ざっていた。
 フロワロの力が充満する中での、無数の竜との戦闘……流石のトゥリフィリも、背筋に冷たいものが走った。
 そんな時に、音。
 和音の連なりがスピーカーから、歌声と共に溢れ出た。

『みんなっ、エレベーターに走って! 私の歌にっ、続いて!』

 アヤメの声だった。
 館内放送は今、彼女の歌を割れんばかりに響かせる。一時は絶望に沈んだ少女の、絶望を知るからこその声音だった。
 なんてことない、流行歌。
 初音ミクの代表作、フェイバリットナンバーだった。
 そして、現場でアヤメの声を拾って歌が奥行きを増す。深く広く、無限に響き渡ってゆく。

「フィー! 皆も、こっちです! ……っ、この瘴気濃度……ですがっ、わたしは竜などには負けません! 負けられないのですっ!」

 トゥリフィリは夢中で仲間と共に走った。
 エレベーターに飛び込み、最後に歌姫を引っ張り込む。アダヒメのハーモニーがアヤメとシンクロして、その場の全ての敵意を飲み込んでいた。
 そうしてなんとか、無事に全員でシェルターへと降りる。
 事実上、人類最後の拠点たる国会議事堂はこの日……陥落したのだった。

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