トゥリフィリはナガミツを連れて走る。
その先から、
最初に目に入ったのは、戦慄の光景だった。
「あ、あれは……っ!」
国会議事堂の敷地内に、大量のマモノが入り込んでいた。その数は
そして、ふと隣にか細い声を聴く。
「う、ううっ……あ、あっ……駄目。戦わ、なきゃ……守らなきゃ……でも」
膝を抱えて屈み込んでる、それはゆずりはだった。
ガクガク震えて、声音も涙にかすれている。
そんな少女にも、容赦なくマモノは襲いかかってきた。
慌ててトゥリフィリは飛び出し、身を盾にしてゆずりはを抱き締める。それは、さらに前に出てナガミツがマモノを蹴り飛ばすのと同時だった。
瞬速のミドルキックを叩き込まれて、巨大熊が数メートル吹っ飛ぶ。
だが、空いた隙間を埋めるようにマモノは押し寄せてきた。
「ゆずりはちゃん、大丈夫? とにかく、中へ!」
「だ、駄目……私、戦わ、ないと」
だから、改めてトゥリフィリは強く抱き寄せ、そっと立たせる。
その間もずっと、ナガミツが
皆、その表情に驚きを隠している。
これほどまでのマモノの大攻勢は、初めて見るからだ。
だが、肩越しに振り返るナガミツは笑っていた。
なんとも不敵な「ああ、男の子ってやつは」という笑顔だった。
「よぉ、ゆずりは。安心しな、お前の分まで俺が戦う。戦えない奴のためにこそ、戦う……それが俺たち、ムラクモ13班だからな」
そして、ナガミツの言葉尻を拾うように、二つの声が滑り込んできた。
駆けつけたカネサダの手の中で、スマートフォンからカネミツが叫ぶ。
「悪ぃ、お嬢! 遅れた! まずはいったん引き上げるぜ。一式、あとは頼む! おうカネサダ、お嬢を頼むぜ!」
「任せろ、カネミツ。フィー、彼女は僕たちに任せてくれ」
瞬間、銃声が響いて弾丸が空気を貫いた。
背後から、
ツマグロの狙撃に守られつつ、ゆずりはを抱えてカネサダが下がった。
同時に、トゥリフィリも銃を抜いて周囲を警戒する。
「ナガミツちゃん、気付いてる?」
「ああ! この気配……まるで
それは、竜の気配。
宇宙の全てを喰らって飲み込む、絶対強者が迫りつつあった。
百戦錬磨のトゥリフィリでも、肌がびりびりと
こんなプレッシャーを放つ竜は久々だ。
その姿はまだ見えないが、近くにいる。
迫ってくる。
「みんな、ごめんっ! 正面玄関を死守! 絶対に奥には行かせないっ」
決死の防衛戦が始まった。
ここは、国会議事堂は人類最後の
この日本に今、世界中の対竜戦力が集結しつつある。だから、ここを集中的に潰すという竜の戦略は正しい。
だからといって、はいそうですかと滅んではやれない。
トゥリフィリと仲間たちにだって、決意と覚悟があるのだ。
「ハーッハッハッハ! 俺様に任せろ、班長ォ!」
「って、キジトラ先輩! やばいですってば! この数、絶対無理ゲーですって!」
「どうしたどうしたぁ、ノリト! いいからバンバン、ハッキングしてけぇ!」
「ひいいい、もう駄目だ絶対終わりだまじゲロやばい……くっそおおお! できらあ!」
セクト11と
とにかく、逃げ遅れた人たちの避難が最優先。そして、悲しいが犠牲者となった遺体を回収している余裕はなかった。
人としての尊厳すら、踏みにじられてゆく。
ただ、死者を
そんな中で、ともすれば泣き出しそうな恐怖と誰もが戦っていた。
背後で凛とした声が叫ばれたのは、そんな時だった。
「貴様ら、一旦退くぞ! 現時点をもって、国会議事堂を捨てるっ!」
誰もが振り返る先に、小さな女の子が立っていた。
エメルだ。
珍しくその顔には、焦りと苦渋の表情が歪んでいる。
総長の判断に、トゥリフィリも従うしかなかった。なにより、この決断をエメル自身が納得していないのが伝わってくる。その上で、ギリギリの判断を自分で下したのもわかった。
奥歯をギリリと噛み締め、誰もが頷くしかなかった。
「幸い、国会議事堂には有事のための地下シェルターがある! そこまで退くぞ!」
権力者とは常に、自己の保身に努力を惜しまないものである。
それ以上に、国の中枢組織を守ることは、国家機能維持のためにどうしても必要だったのだろう。そして、その打算と用心の産物が最後の希望となる。
しかし、トゥリフィリは瞬時にわかってしまった。
最後の希望の、その先にあるのは……絶望。
今この状態で下がれば、地下シェルターから現状を打開することは難しい。
「くっ、それでも! みんな、下がろう! 怪我人を優先してっ!」
誰もが悔しげに
その足元が突然、ぐらりと揺れた。
またしても、激震が走ってトゥリフィリはよろける。すかさずナガミツが支えてくれたが、その横顔は
もう、ナガミツにも余裕がないのが感じ取れた。
そして、魔物たちを蹴散らすように地面にひび割れが走る。
「あ、あれは……っ!」
トゥリフィリは見た。
それは、例えて言うなら黙示録の怪物。真っ黒な巨大竜が、まるで火山の噴火のように地中から現れたのだ。ベヒモス……バハムートとかリヴァイアサンとか言われる、終焉の獣。そんな単語が脳裏を過る中で、漆黒の破壊神は絶叫を張り上げるのだった。