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 時が静かに流れてゆく。
 ただただ無為(むい)に、消費されてゆく。
 そこから生まれるものもなく、作られるものもない。
 トゥリフィリたちが地下に(もぐ)って一週間、なにごともなく平穏な日々が続いた。時折天井の上から轟音や爆発音が響いてくるが、地下シェルターの防備は完璧だった。
 そして、まだトゥリフィリたちはムラクモ機動13班として働いていた。

「えっと、次の報告お願い」

 班長であるトゥリフィリは、主要メンバーたちとブリーフィングの真っ最中だ。
 (すで)に竜との生存競争は終わったとしても、今この瞬間もみんな生きてる。なにより、トゥリフィリも生きたいと思っているのだ。だから、その意志を共有する仲間同士だけでも、活動を続けていた。
 無論、全員ではない。
 顔を見せなくなった者たちも何人かいる。
 それを責めるより先に、トゥリフィリたちは現状へ(あらが)い続けることを選んだのだ。

「班長、地下七階の水漏れは俺様が直しておいた。カカカッ、日曜大工よりも朝飯前である!」
「ありがと、キジトラ先輩」
「それと、ガーベラの右腕は修理に難儀している。なにせ、物資の大半は地上にあるのだからな。食料ならともかく、資材が圧倒的に足りん」
「そっか……おキクちゃんは?」
「片手でできる仕事をこなしておる。……フッ、強い(むすめ)だ」

 他にも、フレッサやカジカの報告を手早くまとめる。
 今のところ、地下シェルターの治安は平和裏に維持されていた。暴動も起こっていないし、物資の横流しや強奪もない。
 なにより、善悪問わず行動を起こす気力が誰からも失われた。
 終わりの見えない籠城生活の中で、誰もが息を殺して希望を探していた。

「自衛隊とSKY(スカイ)、セクト11との情報交換も……まあ、これといって新しい情報なんてないけど、急がないとね」
「それはいいけど……フィー、ちょいとあんた、大丈夫かい?」

 突然、エグランティエが身を屈めて顔を覗き込んでくる。
 珍しく心配そうに眉根を寄せてて、その不安が自分に向けられてる事実にトゥリフィリは困惑する。自分でも見ないようにしていた内面を、的確にエグランティエは見抜いてきた。

「だ、大丈夫だよ、エジー。それより、なんだっけ、居住区の酸素精製機の話」
「ああ、それなんだけどねえ……今、キリノがお偉いさんたちに説明してるよ」
酸素(さんそ)にぼくたちでも、酸素は作れないからなあ」
「光合成でもできたらいいんだけどねえ」

 冗談を言ってくれるエグランティエに、トゥリフィリも曖昧な笑みを返す。
 この場の誰がわかっていた。
 例え光合成ができても、ここには光が足りない。地の底に逃げ延びた人類は、既に太陽を失ったのである。
 種としての敗北、忍び寄る淘汰(とうた)……滅びは確かにそこにある。
 それでも、黙って滅亡を享受する者たちはここにはいなかった。
 廊下の一角でブリーフィング中のトゥリフィリたちが、悲鳴に近い声に振り向いたのは、まさにそんな気持ちを共有している時だった。

「フィー、たっ、大変っ! 大変なんですっ!」
「あれ、アヤメちゃん。どったの?」

 転がるように、という形容がぴったりな勢いでアヤメが現れた。彼女は全力疾走からの急停止で目の前にくると、胸に手を当て呼吸を(むさぼ)る。そうして鼓動を落ち着けると、一度深呼吸をしてから緊急を告げた。

「フィー、みんなもエレベーターホールに来てください! 今、犬塚(イヌヅカ)総理たちの決定で」
「な、なにが……まって、すぐ行く! 走りながら聞くよ!」

 言うが早いか、トゥリフィリは駆け出した。
 勿論(もちろん)、仲間たちもだ。
 嫌な予感が脳裏を過り、胸中に黒い(きり)が充満してゆく。それだけでもう、窒息しそうな程に息苦しかった。
 それでもトゥリフィリは、地上への出入り口に一番近いエレベーターホールまで走る。
 そこはもう、大勢の人混みでごった返していた。
 その誰もが、怪我人や病人、そしてお年寄りである。

「これは……アヤメちゃん、もしかして」
「シェルター内の酸素濃度がどうしても上がらなくて……それで、総理が希望者を募ったんです」
「希望者、って」
「今いる避難民の全員は保護できないからって……そんな、酷いことをあの人」
「……苦渋の決断、だろうね。そっか、酸素がやっぱり足りないか」

 薄暗く湿った空気の中、不安定な照明の光が揺れてはちらつく。そんな中に押し込められた避難民たちのために、空気清浄機はフル稼働で酸素を生み出している。
 それでも、この地下シェルターに国会議事堂の全員はキャパシティーオーバーなのだ。
 いつか来ると思っていたこの事態に、トゥリフィリは一瞬考え込む。

「今、口減らしをしても……次は食料、水……駄目だ、一度誰かを切り捨てると犠牲が連鎖しちゃうよ。いくら希望者でも……それは、駄目」

 トゥリフィリはエレベーターの前に駆け出すと、両手を広げて皆に声を張り上げた。

「あのっ、13班のトゥリフィリです! お願いです、もう少し待ってください……ここから出るなんて、死ににいくようなものです!」

 皆、疲れた顔をしていた。
 誰も彼もが、酷く老成した表情をしていた。目には生気がなく、どんより濁っている。瞳に光はなく、なにも映さぬがらんどうのガラス玉みたいだった。
 それでも、眼の前にいる誰もがトゥリフィリにとって守るべき人々である。
 仲間たちも左右に広がり、地上へのエレベーターを人の壁で封鎖する。
 だが、老人たちの代表者は酷く穏やかで優しい声で語りかけてきた。

「13班、今まで本当にありがとう。お前さんみたいな子供たちが戦ってる間、ワシらはなにもできずただ守られていた」
「そんな……それがぼくたちの仕事だし、皆さんのお陰で頑張れてたんです。だから」
「もういいんだよ。せめて最期は、どうせ死ぬなら誰かのために死にたいんじゃ」
「――ッ、ク! そんなこと、言わないで……ぼくたち、が、守って、きたのに」
「酸素が足らんなら、単純に頭数を減らせばええ。なに、ワシらは長く生きたし、怪我や病気は苦しいからのう」

 返す言葉がなかった。
 出てゆこうとする者たちが、うんうんと頷いている。
 覚悟の先にある笑顔が、誰の顔にも浮かんでいた。
 思わずトゥリフィリは、視界が(にじ)んで歪む中で俯いた。今にも(まぶた)が決壊しそうだった。泣き叫んでしまいそうで、どうにもできない想いが込み上げる。
 そんな時、ふと一人の少年の姿が思い出された。
 さっきまで一緒だった、最近朝まで二人きりだったりする彼。
 その少年の言葉が今、涙を振り払うトゥリフィリに決意を蘇らせる。

「待ってください! キジトラ先輩、キリノさんたちに一応確認してもらっていいですか?」
「よかろう! 俺様も認められん……この決定、悪いが保留させてもらおうぞ、フハハハハ!」
「そして、みなさん! 待ってください……もう一度だけぼくたちにチャンスを。どうか、どうか……みなさんを、ぼくたち13班の戦う理由にさせてほしいんです!」

 思ったよりもずっと大きな声が出た。
 自分でも今、無茶を叫んでいるとわかっていた。だが、無茶でもまだ、無理とは言いたくない。そして、無茶を通せば道理は引っ込む……否、引っ込むまで押し通す。
 トゥリフィリの意外な言葉に、周囲の老人たちは一様に困惑しながら黙ってしまうのだった。

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