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 長い長い螺旋階段(らせんかいだん)が、地の底からさらに下へと続いている。
 ムラクモ機動13班はついに、この世ならざる地底の神秘『塔ノ庭園(トウノテイエン)』の最奥へと至ろうとしていた。
 ここまでの道のりは、決して平坦ではなかった。
 それはいつも、いつでも同じだった。
 帝竜(ていりゅう)の生み出した危険な迷宮は、いつでもトゥリフィリたちの行く手を阻んできたのだ。

「それで、最後まで読んだんだけどよ。借りた漫画」
「クハハハハ! 最新鋭の人型戦闘機にしては遅かったな、ええ?」
「データ化してインプットすりゃ、数秒なのにな。でも、面白かった」
「ならばよし! (ちな)みにどのあたりが楽しかったか?」
「んー、なんかランエボ3が型遅れのRX-7? FC? にブチ抜かれる前の、その、なんつーか……ちょっとエロかった」
「……すまん、ちょっとわからん!」

 前を今、ナガミツとキジトラが歩いている。
 相変わらず緊張感がなくて、それなのに絶大な安心感がある。
 二人はまるで同年代の男子高校生みたいに、くだらない話をしながらもマモノを圧倒していった。接敵の(たび)に彼らの会話は中断されるが、再び話題を変えてつらつらと続くのだ。
 トゥリフィリは後ろからついていく中、なんとなく妙な実感を噛み締める。

「なるほどー、これがいわゆる『男子ってば、もー!』みたいなやつかなあ」
「うん? どした、フィー?」
「ううん、なんでもない。それより、随分と降りて来たけど」

 下へ下へと階段は渦を巻いて続く。
 その先に、小さな明かりが見えてきた。
 どうやら、終着点は近いらしい。
 そしてそこには、獰猛(どうもう)で残忍な暴君が待っている。
 それなのに、やはりナガミツとキジトラに気負った雰囲気はなかった。

「他に読みたいジャンルはないのか、貴様。子供たちも漫画本が増えると喜ぶからな」
「あー、んー、そうだなあ。……気になるタイトルがいくつか、でも少女漫画なんだよ」
「気にせず読めぃ! 名作に老若男女(ろうにゃくなんにょ)は関係あるまい」

 突然の衝撃、光、白い暗転。
 不意にトゥリフィリは、周囲の景色と声を切り裂かれた。
 ここ最近、たまにこういうことがある。
 見えないものが見えて、聴こえないものが聴こえるのだ。

『班長、指定された図書の情報をインプット完了しました』
『だからお前なあ、そういうとこだぞ? ……どうだった』
『不思議な感覚がありました。言語化不能です』
『おそらくそれが、貴様の心が感じた感動だ』
『非科学的です。……次の図書を指定して頂きたく思います』

 一組の男女が見えた。
 一人は、よく見知ったキジトラだ。
 もう一人は、どこか見覚えのある少女である。
 二人は友人のような、主従のような、そして恋人のような。
 トゥリフィリの目の前を、そんな不思議なヴィジョンが通り過ぎる。
 一瞬で我に返ったトゥリフィリは、気付けば仲間たちに挟まれていた。

「どした、フィー? 大丈夫か?」
「少し顔色が悪いな、班長。一度戻るか?」

 そう、トゥリフィリは13班の班長である。だが、先程の一瞬だけ、キジトラが班長と呼ばれていた。それは、今の現実とはかけ離れていて、それでいて親和性に満ちていた。なんだか、少し胸騒ぎがして落ち着かない。
 だから、ぎこちなくでもトゥリフィリは微笑(ほほえ)んだ。
 強気に笑って、今は目の前の帝竜にだけ集中する。

「だ、大丈夫。ちょっとなんかね、最近ね……でも、もう平気」

 その時だった。
 ナガミツが、突然手を伸べてきた。
 そっと前髪をかきあげ、額に触れてくる。
 あまりにも唐突で、トゥリフィリは呼吸も鼓動も止まりそうになった。

「んー、熱はねえな」
「あわわ……ナ、ナナッ、ナガミツちゃん!?」
「36.6℃、平熱だ。フィー、他に異常はないか? 吐き気や気だるさは」
「だっ、大丈夫!」
「ならいいけどよ。フィーの大丈夫と平気は、いつも不安だ。心配なんだよ」

 意外な言葉だった。
 そして、嬉しい驚きに思わずトゥリフィリはナガミツへ背を向ける。
 機械の身体とAIの頭脳、人型戦闘機のナガミツが心配してくれているのだ。初めて会った時に比べたら、なんと驚くべき情緒だろう。
 彼は、赤面を隠すトゥリフィリの頭をポンと撫でると、キジトラを追って歩く。
 俯きながらもトゥリフィリは、むずがゆい不思議な感情を持て余す。
 だが、ときめく一瞬は刹那の瞬き。
 すぐにトゥリフィリは戦いの顔を取り戻す。

「とっ、とにかく! あそこに明かりがあるから、そこまで行ってみよう」

 二人を追い越し、駆け足で急ぐ。
 先程の接触は、なんでもないものだった。
 もっと強く、より深く触れ合ったことだってあるのに。
 それなのに、トゥリフィリは些細なことに驚くほど動揺してしまった。しかも、それが嬉しいんだと思えば、否定できない。
 自分の意外な一面を認めつつ、走る。
 永久に続くかのような螺旋階段は、ようやく最後の部屋へとムラクモ13班を迎え入れた。

「……行き止まり、だ。キジトラ先輩、ナガミツちゃんも! 気をつけて……いるよ」

 そこは、吹き抜けの巨大な広間だった。
 見上げれば、遥か頭上にぼんやりと光がある。それは、この旧世紀文明を見下ろす微かな明かりだ。ほのかに光るのは、この都市遺跡自体の持つ地底の太陽である。
 ここにはかつて、人類とは異なる者たちの営みがあった。
 その日々が今は、帝竜の迷宮に飲み込まれているのだ。

「フィー、なにか来る……キジトラも! 気をつけろ、デケェ!」

 ナガミツが身構え前に立つ。
 同時に、ゴゴゴ! と大地が唸りうねって揺れた。
 あっという間に、目の前の大地がひび割れ裂けた。
 そして、巨大な影が浮上する。
 最果ての地底に今、おぞましき帝竜がその姿を現した。
 トゥリフィリは銃を抜いた瞬間、再び例の不思議なヴィジョンを見る。

『班長、このリングが……そこに落ちていました。これは、カルナの……』
『……あの馬鹿。クソッ! (かたき)は俺様たちで取る! ゆくぞ、ナガミツ! エジーも!』

 わからないけど、感じることがある。
 理解できなくても、仮定がそこにはあった。
 最近、トゥリフィリを苛む謎の減少、言うなれば『未来の思い出』というものだ。
 だが、それはそれで、影響もされないし翻弄されてやらない。
 トゥリフィリは今、自分の生きる現実の敵を見据えて撃鉄を引き上げるのだった。

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