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 竜災害への抵抗は、一つの局面を乗り越えた。
 ついにトゥリフィリたちムラクモ機動13班は、東京都に巣食う全ての帝竜(ていりゅう)を駆逐したのだ。そして、そこから得られた竜検体は今、研究室でマリナたちに託されている。
 決戦は近い。
 真なる敵、真竜フォーマルハウトとの決着は迫っていた。
 だが……トゥリフィリは羞恥と後悔に身悶(みもだ)えていた。

「う、うう……やっちゃったなあ」

 こころなしか、国会議事堂の避難民たちも明るい。福利厚生や娯楽が整ったのもあるが、13班の活躍が知れ渡っているからだ。七つの迷宮をそれぞれ支配する、七匹の帝竜が全て駆除された。
 同時に、そこから得られた貴重な資源が真の殺竜兵器(さつりゅうへいき)を生み出す。
 今やもう、子供たちでも知っている未来への希望、最新の情報だった。
 だが、国会議事堂の廊下を歩くトゥリフィリは落ち込んでいた、(へこ)んでいた。

「今も鮮明に覚えているんだなあ……ぼく、あんなに強かったんだ。ああいう強さを両親は……使い方は間違えなかったけど、見せたくはなかったなぁ」

 トゥリフィリの両親は共に、表の平和を守るために裏社会で生きている。プロフェッショナルの流儀で、こうしている今も世界の何処かで誰かを守っている。竜災害であらゆる通信やネットワークが寸断された今も、トゥリフィリは確信していた。
 だが、そんな両親が叩き込んでくれた戦技と戦訓は、凄まじかった。
 それを先日、帝竜インソムニアムを前に改めてトゥリフィリは思い知った。

「ナガミツちゃんにも、見られたよねえ……トホホ。ぼくはでも、ああいうぼくでもあるんだ」

 怒り憤る程に冷静になる。激昂(げきこう)の意志が集中力を澄み渡らせる。両親は色々教えてくれたし、料理や文学、星座や野営も手ほどきを受けた。
 ただ、母親も父親もそろって同じことを叩き込んでくれた。
 ――Be Cool。
 冷静たれ、冷徹であれ。
 澄み渡る冷たさで、見るもの全てを把握し理解しろ、と。
 その結果がしかし、先日のオーバーキルだった。
 仲間たちの前でトゥリフィリは、非道なる帝竜インソニアムを血に染めた。
 自分をも血塗(ちまみ)れにするほど、徹底的に叩き潰したのだった。

「ぼく、自分で思ってるより危ういんだなあ。ま、それがわかっただけでも……ん?」

 トボトボしょぼくれて歩くトゥリフィリは、咄嗟(とっさ)に廊下の壁に張り付いた。
 曲がり角の先、自動販売機がある一角に仲間たちが集まっていた。ナガミツは勿論(もちろん)、キジトラやシイナ、キリコもいる。皆が皆、好みのドリンクを手に雑談に花を咲かせている。
 普段ならすぐに合流して、話の輪に加わるトゥリフィリだった。
 だが、今日はなんとなく気まずくて、気後れする。
 あたかも殺戮装置のような一面を見せてしまって、恥じいる気持ちが頬を熱くした。
 そんなトゥリフィリの耳に、仲間たちの声が届いてくる。

「えっ、そうなんだ……トゥリ姉が、そんな」
「まあ、不思議なことではない。俺様が知る限り、班長より屈強な戦士はいないからな」
「あー、キジトラ。それはちょっと違うんだけどよ。でも、俺、俺……俺っ!」

 今まさに、仲間たちはトゥリフィリの話をしていた。
 そう、ガチでブチ切れたあまり、凍れる刃となって全てを切り裂いた、自らの命を弾薬にするような鉄火場の闘舞(ダンス)を皆が語り合っているのだ。
 思わず恥ずかしくなって、トゥリフィリは隠れつつそっと覗く。
 真っ先に気付いたのは、ナガミツが果実系のミネラルウォーターを飲んでいることだ。前から知っていたが、乳製品の脂肪やカフェイン等は消化効率が悪いので、人型戦闘機たるナガミツは水を、それもほんのり果実の風味があるものを飲むのだ。
 今日も彼はそんなドリンクを片手に仲間と語り合っている。

「あのな、キジトラ……俺、おかしいかもしれねぇ。なんか、こう」
「うん? なにがおかしいことか? 俺様は笑わん、ここの誰もが笑わんよ。なあ、友よ」

 キジトラは優しく微笑みつつ、吹き出しそうになってるシイナの脇腹に強烈な肘鉄(ひじてつ)を叩きつけた。シイナとて、嘲笑(ちょうしょう)(さげす)みの笑みではなかったように思う。ただ、この見るも流麗なる美少女オーラの男の娘は、ナガミツの友たる故に笑ったのだ。

「ゲヴォッパア! イチチ、痛い、痛いってキジトラせんぱぁい。中身出ちゃうぅ〜」
「お前は一度、全部中身を出して入れ替えた方がいい。というか、笑うとこではないぞ」
「でもさあ、なんていうか……微笑(ほほえ)ましいなって。ナガミっちゃんの気持ち、わかるよ」
「ほう? いやまあ、そっちの方面は貴様の方が詳しいか。っていうか、うん、詳しいな。ごめんなさいシイナ、でもまあ……なんだ、その……やっぱり?」
「そう、やっぱりだよねー? あと、お詫びの気持ちは是非、是非是非に是非、夜にねっ!」

 自販機前をそっと見るトゥリフィリは、なんとも言えぬ気持ちでナガミツを見詰めていた。
 そんな時、突然背後にガッシ! と長身の気配が抱きついてくる。

「え、あ、おおう? ……アダヒメちゃん?」
「フィー、油断してはなりません。気配を殺して、男の子たちの気持ちを探るのです」
「あ、あのー、ぼくは別に」
「フィー! もっとナガミツの本音、そして素顔を見聞きするのです!」
「ア、ハイ」

 長身のアダヒメがのしかかるように抱き締めてくる。
 自然と身動きができなくなって、トゥリフィリは視線の先を見詰めるしかない。
 そして、皆はそれぞれに好き勝手言ってくれる。
 勿論、先日トゥリフィリが見せた"本気の殺意"に関する話題だ。

「俺はさ、キジトラ……シイナも、キリコも。あの時……フィーがとても綺麗に見えた。あの時のフィーは、明らかにフィー自身が望んで求めた姿じゃないのに」


 ナガミツの言葉に、ズキン! と胸が痛んだ。
 自分が思うことを、ナガミツも感じ取ってくれてた。
 その上で、彼は言葉を続ける。

「俺が好きな人は、女神でも天使でもなくて……怒りに猛り荒ぶ、そういう人なんだなって。そう思ったら、俺……」
「ちょ、ちょ、まっ! ストーップ! あのさあ、ナガミっちゃん。重くて濃ゆいよ」
「わ、悪い、シイナ。でも、俺……やっぱりフィーのことが好きだって思った」
「はいはい、アオハルですね、ゴチっしたー! ……その気持ち、忘れないで」
「ああ、忘れないぜ。思い出せなくなっても覚えてる、そういう、なんだ、その……俺の好きな人の側面なんだなって。そこがまた、俺を好きにさせてるなって」

 突然、鼻血を噴出してシイナがよろけた。
 キリコはあわあわと狼狽えながらも、なんだかよくわからなそうな雰囲気でナガミツを抱き締め頭を撫でていた。
 キジトラだけが、腕組みうんうんと頷きながらいつもの不敵な笑みを浮かべている。

「うわぁ、ちょ、ちょっと、うん……恥ずかしい」
「フィー! 愛されているのです! 多種多様な愛が、フィーを包んでいるのです!」
「アダヒメちゃん、その、まって……あっ! ア、アダヒメちゃんさ、あの――」

 不意にトゥリフィリは思い出した。
 自分のいない世界、自分がいない(ゆえ)にキジトラが班長として13班を率いた敗北の世界線……その結末をまだ、トゥリフィリは知らない。ただ、自分がよく知る13班の仲間たちは、その世界線では大半が死んでいた。
 勿論、アダヒメも。
 今のトゥリフィリがいる世界よりも、何倍も不利で不可思議で、そして理不尽な世界線。
 それを見て、現実に戻ってきたトゥリフィリは知ってしまった。

「……滅竜の輪廻。アダヒメちゃん、あなたは……もしかして、あなたは」
「ほえ? なんのことですか?」
「ううん、なんでもない。でも……アダヒメちゃんは、旅人なんだね。久遠(くおん)流離(さすら)う旅人」
「それは……そうかもしれません。でも、フィー! わたしは旅路を忘れませんっ!」

 そう言って突然、アダヒメはトゥリフィリを押し出した。
 よろよろアタフタと皆の前に出てしまって、思わずトゥリフィリは言葉を失う。
 だが、そこには温かさだけが広がっていた。

「おっ、フィー! もういいのか? 痛いとこないか? お、俺は、その、よう」
「トゥリねえ! お疲れ様、大活躍だって聞いたけど。あ、あれ? え、あ、うん?」
「泣くな、班長。俺様は見届けた、そして確信した。次こそが最終決戦、俺様は、このキジトラはお前に全てを預けて託す。共に未来を勝ち取りたい……さあ、顔をあげろ」

 気付かず自然と、トゥリフィリは皆の前で泣いていた。
 そして、その涙の(しずく)が弱さではないことに気付かされる。
 とりあえず、(まぶた)を拭っていつもの笑みで仲間たちに応じる。今更だけども、決意の共有を確かめる。ここにいる仲間たちと、全力で世界の平和を取り戻す。
 否、奪われたからには勝ち取り奪い返す。
 真っ先に駆け寄りあわあわするナガミツとふれあいながら、ふとトゥリフィリは振り返った。そこにはもう、謎のルシェ姫たるアダヒメの姿は見えないのだった。

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