一連の戦闘が終息するや、街は平穏を取り戻した。
その全てを見終えて、ドリス大統領も満足げに部下を引き連れ去ってゆく。
その背を見送り、ナガミツは冷静に自分の状況を分析していた。
「こりゃ。いいとこ全力の四割ってとこだな。だが、このナイフは
自分の可動状況に不満はない。不足は感じるが、それは
スズランの悲鳴に、即座にナガミツは駆け寄った。
スズランの目の前に、血まみれの青年が立っている。
その手に輝く金属があって、おもわずナガミツは間に割って入った。
「大丈夫か、スズラン! ちょっと待て、お前!」
「あ、あの、ナガミツ……実は、その、また先程の方が」
見れば、先程のヒーラーの青年が気持ち悪い笑みを浮かべていた。目を細めて、
先程、決死の医術で老婆を救った、その返り血がまだ滴っていた。
またこいつかとナガミツは思ったが、震える小さな声でスズランが自分の気持ちを言葉にする。
「わたしの歌を聴いてくださってありがとうございます」
「ええ、ええ! 素晴しい、なんて素朴で、故に洗練されたエチュード」
「ですが、もうお金はいただけません。わ、わたし……ハントマンですから。自分の歌と手で、仲間と一緒に糧を得るつもりです」
よく言ったとナガミツは内心唸る。
臆病で引っ込み思案に思えていたが、スズランの気持ちはその奥にしっかり芯が感じられた。だが、ヒーラーの男は感極まったようにグラッェ! と財布をとうとう取り出す。
札を握るその男に、軽くナガミツはチョップをお見舞いした。
「あいたっ! ……はっ、今私はなにを……エモみが臨界過ぎて、思わずカキンが」
「あのなあ、お前。昔かろよく言うじゃねえか」
とっさに脳裏に、親友の言葉が過った、悪友とも言えたし、一番の友だった。その思いは今も、餞別代りのナイフに宿っている。
「いいか、よく聞け。課金は家賃まで、だ! ……大昔に爆死したダチの遺した言葉さ」
「カキンは家賃まで……た、確かに! 重ねて非礼を詫びます、屈強なローグよ」
「大げさだっつーの。ん? お、お前、もしかして、その顔だち」
「おや? なにか……ああいえ、私には帰る家もありません。ですが、カキンは家賃まで……フォルテシモに心へ刻んでおきましょう」
ニコリと笑ったヒーラーの笑顔は、先ほどにニチャリとしたものではなかった。
イケメンを気取ったこの独自の世界観……間違いないとナガミツは確信する。心の中でも「これが縁だよ、ナガミツちゃん」と、一人の少女が笑った気がした。
「私の名はノリト、さすらいのヒーラー、ハントマンです。どうかお見知りおきを」
「お、おう。俺はナガミツ、こっちはスズランだ。よろしくな」
「それで、あの……先ほどのハントマン事務所での歌ですが、私はどこかで、うわっ!」
突然「そぉい!」という声と共に、米俵のようにノリトは肩に担がれた。彼を軽々片手で持ち上げたのは、ツインテールのナイトである。
「よし、ヒーラーをまずゲット、と。およ? ナガミっちゃんもスズランも、おひさ」
「おひさ、じゃねーよ。さっき別れたばかりいだろうに。……それよかニーナ、ちょっといいか?」
「あ、やっぱり? んー、スズランちょっとお願い。こいつの血まみれな服、洗濯するから脱がしといてくれる? 大丈夫、パンイチでも馬鹿は風邪ひかないから」
そう、ニーナだ。
彼女は……否、彼はポイッ! とノリトを投げるやナガミツと歩き出す。慌ててスズランがタオルを取り出し、ノリトの顔を拭いてやる。ナガミツも、あのノリトの遠い子孫だと思えば危険は感じない。出会いこそ奇抜だったが、二人は打ち解け色々会話が弾みだした。
それを尻目に、ナガミツは改めて声をひそめる。
「……見たか?」
「見た見た」
「だよなあ、見えちゃったよなあ」
「そりゃもう、コマ送りみたいにね」
ふと見やれば、二人の先に先程暴れていたオータムトータスが沈黙している。その前では、多くのハントマンに囲まれはしゃぐ二人組が見えた。
マメシバの両手を握って小躍りしているのが、ユイと名乗ったサムライの少女だ。
真っ赤になりながらも、マメシバも特別な手応えに成長を感じているようだった。
だが、ナガミツは思わず溜息が零れた。
予想外の展開、予期せぬ出来事に頭が少し重くなる。
「なあ、ニーナ。もしかしてあいつ」
「うん、多分
「にしちゃあ、遅い。遅すぎる。キリの野郎は、ツムグはあんなもんじゃなかった」
「少しこの時代のこと調べたけどさ、羽々宮も湯津瀬もわりと没落気味で」
「まじかよ! ……あ、そうか」
「うん。
「ハントマンがいりゃ、マモノは問題ねえ。なにほり、竜がいないんじゃな」
「そゆこと」
先程のユイの斬撃、恐るべき居合六連撃は疾風のごとく敵意を払い抜けた。
それがナガミツとニーナにははっきり見えた。まだまだ駆け出しの少年、マメシバにすら見えたのである。それは本来、ありえない出来事だった。
羽々斬の巫女、それは太古の昔から日ノ本を守護してきた伝説のドラゴンスレイヤーである。ナガミツが人の生み出した名刀ならば、キリコは神々の生み出した神剣。二人で一つ、大小二振りの斬竜刀として心を通わせた盟友である。
その声がすぐ、頭の中にリフレインする。
最初は衝突、対立、拒絶の繰り返しだった。
『フン、なまくらが。がっかりだぜ』
『うるさい、贋作! 写しですらない偽物のくせに!』
『るせーな、合わせろよ、征くぜ?』
『ああ、やろうナガミツ! 私が、いや……俺が! 俺たちが!』
『俺たちがっ、斬竜刀だ』
それはもう太古の昔、
それが今はどうだ。
昔のキリコとて、最初から強かったわけではない。
ただ、その血の濃密な神秘の力があった。
それがユイからは、全く感じられない。
「でもさ、ナガミっちゃん。ちょっと来て……マメシバー、おつおつー!」
「あっ、貴女はあの時の! いやあ、マモノを押しとどめるだけで精いっぱいで。でも、こちらのユイさんが力を貸してくれて」
「むいっ! マメシバは凄かったのです。わたしも微力ながらお手伝いを……でも、やはりナイトさんの鉄壁の守りは頼りになるのです! フンス!」
まだまだ二人は両手を繋いで、ぐるぐる踊るように回っている。周囲のハントマンたちも若き英雄の誕生に、心からの拍手と手拍子を送っていた。すぐに誰かが楽器を鳴らせば、ゆきずりのプリンセスが歌い出す。
そんな仲、ニーナはマメシバが置いた盾を手に取った。
「変だよね、羽々宮の血は衰えてる、それはわかるんだけど。これ、どう思う? ナガミっちゃんの意見を聞かせて」
「おう。……って、これは!? おいおい、マジかよ」
マメシバの盾は先ほど、暴れ狂うマモノの進撃を食い止めた。マメシバと並んで、ユイが両手で支えたのだ。
そして、信じられない光景にナガミツも絶句する。
それは、微かな希望にも思えて、同時に巨大な謎として心に刺さった。
マメシバの盾にはくっきりと、ナガミツやニーナにしか見て取れぬ手形が刻まれている。全力で押し込んだ両手の、その手の平がうっすらと残っているのだった。