夜明けを塗り潰す緋の色に今、
それを見上げつつ、ニーナは
「ほい、前列交代ー。おじさんたちは、新しいハントマンを連れてきて。ファイターかローグ、ナイトだと嬉しいなあ」
ニーナ自身も若干の疲労を感じてはいたが、彼は錬金生物ホムンクルス。その身体能力は常人のそれを遥かに
だが、人間は別だ。
いかな屈強なハントマンとはいえ、この橋を守る戦いは苛烈に過ぎた。
すでに負傷し疲労困憊の二人が、左右からニーナを気遣ってくる。
「しかし、お嬢ちゃん……アンタ、さっきから先頭で戦いっぱなしじゃないか」
「そうだ、アンタの方が休んだ方が」
「んー、わたしはもうちょいいけるかな? 見て、避難民の中にハントマンが増えてきた」
そう、同業者たちも傷付き血に濡れながら、だんだんと橋を渡ってミロス連邦へと逃げつつある。恐らく、最後まで市民たちを守って戦っていた者たちだろう。そうしたハントマンが引き上げてくるということは、民の避難が完了しつつある証拠だ。
ニーナは壮年のハントマンたち二人組を下がらせ、自分も水分を補給する。
すぐにノリトが駆け寄ってきて、ニーナに携帯食料を渡してくれた。
「ノリトん、ユイちゃんの容態は?」
「ノ、ノリトん! ……え、いや、それよりも。かなりまずいですね。手は施しましたが」
「まさか、死んでないよね? それ、わりと詰んじゃうからさ」
「どうにか一命は……さすがは
非常にまずい展開だ。
両親とアイテルから得ている情報では、やはり人類の切り札は
その片方が今、実質的に失われようとしていた。
「とりあえず、怪我人も大勢います。引き続き私も治療、に――ッ、う!」
突然、ノリトがよろけて片膝を突いた。
見れば、顔面は蒼白で息も荒い。無理もない……ずっと休まずユイを治療しつつ、カザンの市民やハントマンの怪我も面倒を見ていたのだ。その分、彼はフロワロの毒を多く浴びている。この時代では、フロワロにある程度の耐性がある人類が栄えてはいるが……限界もある。
「だ、大丈夫です、この程度……それより、ニーナ」
「んー、ノリトんも休んで? あとはやっとくから」
「しかし」
「うっさい、寝ろな? ちょあ!」
悪いとは思ったが、軽く当身でノリトを無理矢理眠らせる。橋を渡るハントマンたちの一団に彼を託して、いよいよここからが正念場だとニーナは前に出た。
この橋だけは、死守する。
マモノの
さすがに焦りが込み上げた、その時だった。
見知った顔をみつけて、思わずニーナはほっと溜め息をこぼした。
「おーい、ナガミっちゃん! そっちは無事?」
三人の仲間を背負ったナガミツが、こちらへと向かっている。
だが、その背後に巨大な影が舞い降りた。
絶叫と共に翼を広げる、それは竜。ごくごく一般的なワイバーンタイプだが、今の戦力では橋の防衛は危うい。なにより、ナガミツの
だが、彼は
「悪い、ニーナ! 三人を頼む!」
「ナ、ナガミっちゃん!?」
「この橋は渡らせねえ……それに! まだ、あの国に! カザンにっ!」
ナガミツの振るうナイフが薄闇を切り裂く。遠くの
絶体絶命のピンチ、だがナガミツに臆した様子は見られない。
見せられないのだと思うと、ニーナはまるで人間のように胸の奥が痛んだ。
三人のハントマン、マメシバとレオパ、そしてスズランを引き取る。息はまだあるが、酷い重傷で意識がない。このままフロワロの舞い散るこの場にいれば、僅かにつないだその生命さえも危険だろう。
「ごめん、ナガミっちゃん! すぐ戻るから!」
「……ニーナ、あと頼む、な」
「え?」
ナガミツは振り下ろされた爪を避けつつ、跳躍。そのまま竜の首にナイフ突き立てた。そして、沈んだはずの月が
博打も同然の一撃必殺、もうナガミツにも戦術を組み立てて対処する余裕がないのだ。
そして、更に竜とマモノは増えてゆく。
それなのに、ナガミツの言葉は意外にも落ち着いていた。
「俺は、一度カザンに戻る」
「……は?」
「まだ大統領が、ドリス=アゴートが戦ってる。あのおっさんは、これからのエデンに必用な男なんだよ。……それに、似てるんだ。どこか、おっさんに……ガトウの旦那によ」
もう橋を落とせとナガミツは言う。
すでに市民の避難は終了し、ハントマンたちもさがり始めている。その流れに逆行して、ナガミツはカザン共和国に戻るというのだ。
正気の沙汰じゃない。
理解はできても、否定の気持ちが想いとなってニーナの胸にあふれかえった。
だが、さらに竜が押し寄せる。
身構えるナガミツの前に、ニーナは見た。
舞い降りる剣……朝日の光を浴びて輝く、鋭い一撃を。
「ミツにい、お待たせ! アチコチ忙しくて。でもわたし、守るよ……トラにいやおキクちゃんとの約束、守るんだから!」
「お前、エリヤ! 来て、くれたのか」
真っ二つに血を吹き出す竜の奥から、もう一人のホムンクルスが立ち上がる。
それは、その手にアゾット剣を握るニーナの姉だった。
「お姉ちゃん!? 今までどこに」
「あ、えーと、ニーナ? だっけ? ふふ、若い頃のシイナママにそっくり」
「いや、そういうの今はいいから! ……大丈夫かな、この人……お姉ちゃん、だよね?」
「だいじょーブイッ! ……じゃあ、ミツにい。橋を落とすね。……ごめんね」
頼れる援軍の到着とも思えたが、朝日が昇ればはっきりとニーナにも見えた。同じホムンクルスの姉、エリヤもまた満身創痍で傷だらけだった。恐らく、この突然の竜災害で即座に人々のために戦い始めたのだろう。不眠不休で、呼吸すら忘れるような勢いで。
なぜか自然と、姉はそういう人だと感じたし、バカだなと思った。
「お姉ちゃんっ、バカッ! そんなことしたら、ナガミっちゃんが!」
だが、ナガミツは片手の拳で挨拶を天に突き上げ、マモノの群の中に消えてゆく。
同時に、エリヤの非情な強撃が足元を貫いた。
慌てて橋を渡り切ったニーナの背後で、ミロス連邦へ続く唯一の退路は消滅した。
それを見届け、とりあえずの安全が確保されたと理解した瞬間……まるでスイッチが切れたように、ニーナも崩れ落ちて意識を失ってしまうのだった。