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 カザン共和国は今、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化して久しい。
 そんな中で、ナガミツは辛うじて見つけた一輪の花を手に歩く。小さな花びらの白い花だ。そして、目的の場所で雑にフロワロを蹴り散らす。
 何度除去しても、気付けば無数に狂い咲く。
 その魔素が満ち満ちたこの国はもう、マモノとドラゴンが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する危険な迷宮そのものだ。そして、ナガミツ自ら墓碑銘(ぼひめい)を刻んだ小さな岩がフロワロの下から現れる。

「早いもんだな、もう一年だ……そっちはどうだ? 大統領さんよ」

 たった一輪の花を供えて、ついでだから見つけてきた酒瓶の中身もかけてやる。
 すでにナガミツがカザン共和国で戦い始めて、一年が経過していた。
 必死で戻ったものの、間に合わなかったのだ。
 ドリス=アゴートを救うことはかなわなかった。
 勇敢に戦い抜いて、戦い終えたその遺体を弔うのが精いっぱいだった。そして自ら退路を断ったため、今もナガミツはこの国で戦っている。
 孤独な戦いだが、必ずまたハントマンたちは戻ってくる。
 備蓄されていた食料を食いつなぎ、時にはマモノを狩ってカロリーを確保した。
 そんな日々がもう、休むことなく一年も続いたのだ。

「まあ、あの豪傑オヤジだしな。あの世でもよろしくやってるだろうさ。そうだろ? ガトウのおっさんよ」

 ふと、何百年も前の偉大な先人を思い出す。
 どこかこの国の大統領に似ていた。
 そして、二人は同じ場所へ去ってしまったのだ。
 今を生きているナガミツも、片足はその世界に突っ込んでいる程度に損傷していた。元からフルパワーで動けなくなった上に、メンテナンスされないまま一年を戦い続けた。
 それでも、明日を信じて未来を勝ち取り続ける。
 街にのさばるマモノやドラゴンを処理し、ハントマンたちを待った。
 そんなナガミツを訪ねてくる、旧知の仲間の存在はとてもありがたい。

「ミツにいー、やっほー! 御飯持ってきたよ!」

 気付けば、マモノがひしめく大通りを避けて、長身の幼女が駆け寄ってくる。そう、ローグの旅装に身を固めているが、メリハリのありすぎる肉体に反してあどけない美貌の幼女だ。数百年前から大型犬みたいにナガミツたちに懐いていた、ホムンクルスのエリヤである。
 ナガミツが眠っている間、彼女もまた世界中を点々とし、別れを幾度も重ねて少し大人になったのだ。

「おう、ひさしぶりだな。……外の世界はどうだ?」
「んーとぉ、結構みんな頑張ってる。あと、フロワロの毒が弱くなったような?」
「ああ、それは俺の方でも確認している」

 エリヤは背負った大袋から「えいっ」と大量の薬品と食料を山積みにした。
 自分を生み出した文明が滅びているので、もうナガミツは充電による補給が不可能になっている。それを食物摂取によるカロリーで補っているのだが、なにかと効率が悪いのが玉に(きず)だった。
 それに、機械の身体ゆえに薬の効きも悪いが、エリヤの厚意が今はありがたい。

「お前も食ってけ」
「うんっ! あ、ちょっと待ってね。だいとーりょー、アーメン! なんまんだーぶ!」
「お前、意味わかって言ってんのか? ……まあ、祈りは通じるだろうがよ」
「もう一年が経つんだねー、あの日から」

 竜災害でエデンが地獄の釜に放り投げられて、一年。
 その間に僅かな変化があって、人類は今も抵抗を続けている。
 フロワロの毒が、僅かに弱くなったのだ。それもそのはず、強過ぎる毒は人間を……家畜たる生命全てを蝕んでしまう。殺さぬ程度に加減をくわえる、それは宿主を殺さず増えるウィルスのようなものだとナガミツは思っていた。
 強過ぎる病魔は宿主を殺し、広がる前に尽きてしまう。
 真竜の庭と化したエデンは今、生かさず殺さず全てを家畜に変えようとしているのだった。

「……あいつらはどうしてるだろうなあ。マメシバにレオパ、スズラン……ユイたち」
「それがねー、変なの。ちらっとミロス連邦にも顔を出してきたけど、みんな寝てるの」
「寝てる? 昏睡状態ってことか?」
「意識がなぜか戻らないって。アダねえがあれこれやってみたんだけど」
「アダヒメ……そうだよな、あいつもまた逃れられぬ運命を背負っている。やはりこの時代にもいるのか。そして、そのアダヒメの力でも意識が戻らない」
「身体の傷はとっくに治ってるんだけど、目覚めないんだあ」

 殺伐とした日々の中で、ナガミツはずっと仲間たちを想ってきた。
 短い間だったが、このエデンと呼ばれる地球で得た、かけがえのない仲間である。それはもう、遠い過去に去った友も同然で、今はかつての友情に誓って彼らの回復を信じている。
 だから孤独でも、戦える。
 思い出が、仲間を信じて待てとささやくのだ。

「まだ、希望はある。……この時代の巫女、ユイの母親か? 羽々斬(はばきり)の巫女は」
「巫女は純潔を失うとねー、ハバキリパワー! ってのが消えちゃうんだよ。でも、ユイちゃんが正式に巫女を襲名するまで、お母さんが引き続き巫女の務めを果たしてるんだ」

 神代の昔より紡がれてきた、邪を断ち悪を斬る凶祓(まがばらい)の血統……このエデンでは、竜災害を忘れた平和の中で祭事を執り行う旧家とは聞いていた。
 今の巫女は当初、戦いなどそもそも求められていなかったのだ。
 だが、ユイが目覚めて巫女を引き継げば、新たな道は開ける。
 ――はず、だ。
 大小二振りの斬竜刀。
 大刀はすでにはつれてほころび、小刀は今も眠りの中にある。
 それでも、必ず果たさねばならぬ使命があった。

「さて、そんじゃミツにい、もう行くね?」
「おう。ってかお前、いつもどうやって行き来してんだ?」
「こう、びゅーん! ぎゅーん! とぉ! って」
「チートフィジカルかよ。……いつもありがとな、また頼む」
「ミツにいも無理しないでねー?」
「ま、無理じゃねえから。無茶で滅茶苦茶かもしれねえけど、無理じゃねえ」

 エリヤは端的に世界情勢を語り、去っていった。
 彼女もまた、世界各地を飛び回っている。気のせいか、会うたびに血のにじむ包帯が全身に増えている気がするが、彼女はあの天才錬金術師が残したホムンクルス。中身は幼くとも、その戦闘能力はかつてのそのままのものだ。
 ナガミツはカザン共和国に居座り、反撃の時を待つ。
 その補給線を適度に適当に維持しつつ、エリヤはエデン中を飛び回っているのだ。

「お前こそ無茶すんなよ? もうお姉ちゃんなんだからな」
「! ……うん。うんっ! そうだよね、わたしお姉ちゃんなんだもんね!」

 大昔と全く変わらぬ笑顔で、エリヤは去っていった。
 そしてまた、ナガミツの戦いが始まる。
 この孤独な遅滞戦闘が、小さな実を結んで、やがて希望になる。そう信じるナガミツの孤軍奮闘は、こののち三年目の覚醒の日まで続くのだった。

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