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 ジョッキをあおって一息付き、さてどうしたものかと…キヨノブは周囲を密かに見渡した。決して怪しまれぬように。無論、城から来た人間である事を悟られぬように。ここはミナガルデ、メリーF地区4丁目…山猫亭。周りの人間は皆、命知らずのモンスターハンターである。
 勅命が下ると同時に、多くのハンター達が挑んでいった…雌雄一対の恐るべき巨影へと。だが、今やどこの酒場も怪我人で静まり返っている。ここ、山猫亭を除いて。山猫亭からのクエスト受注はまだ、一件も受理されては居なかった。何故?それを調べるのがキヨノブの仕事だが…

「女将、もう一杯だ…それと。ここの馴染みは皆、ハンターを気取る臆病者かい?」

 わざと回りに聞こえるように、あえて挑発するように。女将からの返答は杯を満たしたビールだけだったが、店のアチコチで殺気立つ椅子の音。年長者の宥める声を聞きながら、それでもキヨノブは場の空気を煽った。澄ました女将の横顔を眺めながら、酔った勢いを装って。

「他ん所じゃもう、我先にと出かけてってるぜ?ここ数日、ただの一度もって事ぁ…ガフッ!」

 突如投げられた食器が、キヨノブの後頭部を直撃。内心しめたと舌を出しながら、彼はカウンターから振り向いた。解りやすいリアクションは大歓迎…それでサボタージュの謎が解けるならお安い御用。
 命の見積もりに厳しい、生死のやり取りで日々を暮らすハンター達。無理な仕事を避けるのは道理だが、この珍事は異常。王が不審に思う程、山猫亭のハンター達は凄腕で通っていたから。

「オッサン、うっさい!もー、黙って呑んでれー!」
「メル、それは投げちゃダメ…まだ入ってるから」

 振り向いたキヨノブの顔面を、続いて襲ったのは空の大ジョッキ。涙目で鼻を摩りながら彼が見たのは…今まさに、一升瓶を投げつけようとしている金髪の少女。いかにもな無頼漢に絡まれるものばかりと思っていただけに、キヨノブは呆気に取られてたじろいだ。可憐な少女ハンターは制止を振り切ると、容赦無く瓶を投げつけて来る。キヨノブの母国語で書かれた"酒乙女"のラベルが視界を覆った。

「たっだいまぁーッス!ほへ?何の騒ぎスか?喧嘩は駄目スよ〜」
「ウホッ、さんくタンいんシタォ。マァ、退屈シテタシナ」

 旅装も解かぬままに、山猫亭の扉を潜るサンク。その目に広がる光景は異様なものだった。血気盛んなハンター達が集う酒場なれば、揉め事も日常茶飯事だが。周囲が囃し立てるままに、見知らぬ男をボコボコにド突くメル=フェイン。彼女はどうやら虫の居所が悪いらしく、哀れな被害者を追い回して大暴れしていた。

「あらサンちゃん、お帰りなさい。クリオさん元気だった?」
「うむス、もう先輩もお腹こーんなに大きくなっちゃ…いっちゃん、止めなくていいスか?」
「いーの、あれもガス抜きだから。騎士様にはちょっと悪いけどネ…それよりサンちゃん!」
「お?…おうっ!いやぁ、お待たせしちゃって悪いスねぇ〜…んじゃま、失礼して」

 周囲の喧騒と活気を他所に。旅塵も払わぬままのサンクに、イザヨイは一片の紙切れを渡す。それを受け取り、人混みを掻き分けて。顔見知りと挨拶を交わしながら、サンクは酒場の隅の掲示板へ。手にするはクエストの受注票…綺麗な楷書でイザヨイがしたためた文字。仲間達に叩かれ突かれ、揉みくちゃにされながら、それをサンクは貼り付けようとしていた。山猫亭に集うハンター達全員が、待ちに待った待望のクエスト受注。

「あらサンク、今まで何処へ?私はもう待ちきれなくて、一人で行こうかと思ってたわ」
「マァ、ぶらんかハズット同ジ事言ッテタケドナ」

 不意にサンクを遮る細身の影。同じ受注票を手に持つ女性が、掲示板にもたれてサンクを迎えた。一言余計なツゥを軽く睨みながら、自分の名だけが書かれた受注票をもてあそぶ。ブランカもまた、誰よりも仲間を待ちわびていた…何度も貼り付けようとしては懐にしまった、丁寧に四つ折りされた紙片。

「いやぁ、村の方でランポスが大発生したって聞いて…でも、自分が行く必要無かったス」

 そう、必要は無かった。この街にハンターが集うように、あの村にもハンターが居たから。サンクが飛んで帰ったその村では、ランポスの群れは既に…新たに高みを目指す、新米ハンターの身を包んでいた。無論、当の本人が討伐し、その手で剥いで加工したものだ。そこにはもう、幼くも立派なハンターが居て。サンクは知らぬ間に大事な人を…大事な故郷を守られていた。

「それで急いで帰ってきた訳ね…夜通し走って。この討伐に参加する為に」
「そそ、だってほら、自分も…ただ竜と生きる、一人のモンスターハンターなんスから」

 困った子ね…そう言ってブランカが、自分の受注票を破り捨てる。ハンターとは確かに、どうしようもなく困った人種なのかもしれない。誰も彼もが我が身を賭けて、大自然の驚異に常に挑み続ける。日々の糧の為や、己の自尊心や名誉欲の為…そして何より、胸の内で燃える夢の為に。

「…ソレ、誰ノぱくりダ?さんくタンヨ、チョト格好良スギダナ」
「こらー!バカサンクー!いいからさっさと張れー!待ちくたびれた」
「まて、女の子がグーで殴っちゃ…イテ、悪かった!俺が悪かった!」

 仲間達の声に背中を押され、サンクがバン!と掲示板を叩く。キヨノブは薄れゆく意識の中で、確かに初の受注を確認した。メル=フェインに袋叩きにされながら。この日ハンターズギルドに、山猫亭より始めてのクエスト受注が確認される。同時に、これが最後の受注…決戦の時は直ぐそこまで迫っていた。

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