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 牙剥く群青を掻き分けて。一際大きなランポスへと、キヨノブは渾身の一撃を繰り出す。王国の雇われ騎士は…一夜明けた今、何故かランポスの親玉と対峙していた。年端も行かぬ少女にタコ殴りにされたと思えば、今は獰猛な鳥竜達と乱戦中。不幸な我が身を呪わず、何を呪えるというのか?その理不尽な怒りは全て、ランスの穂先へと込められる。

「逃がすかってぇ、のっ!…ああもう、何やってんだろ俺」

 金切り声を張り上げながら、踵を返すドスランポス。キヨノブや他のハンター達に減らされたランポスの群れも、それに従うように後へ続く。この地に流れ着いて以来、こんなに疲労感を感じたのは初めてで。汗に塗れて膝を突くキヨノブ。そもそも何故、彼がハンター達に混じってランポスの群れを追い回しているのか?

「だらしないのね…下がってなさい」

 既に息の上がったキヨノブを、不意に叱咤する女の声。彼女は仲間達が指差す方向を睨みながら、流れるようにヘヴィボウガンを展開。まるで水鳥が羽根を伸ばすように、長大な砲身がカチン!と繋がった。すごすごと下がりながら、ぼんやりと眺めるキヨノブの視界で…炸薬を装填すると撃鉄を引き上げるブランカ。その頃にはもう、ランポス達の群れは彼方へ点となっていた。
 吹き渡る午後の風に、たおやかな長髪を遊ばせながら。迷い無く照準を定めると、ブランカは躊躇無く銃爪を砲身へと押し込む。砲声は景色の中へと吸い込まれ、その着弾は肉眼では確認不能。だが、彼女が次弾を装填する事は無かった。周囲のハンター達も撤収準備を始める。

「おいおい、今のが当たったってか?ネーチャンよ、幾らなんでもそりゃ…ととと」

 ツンと澄ましたブランカは、黙って双眼鏡をキヨノブへ放る。慌てて覗き込むレンズの向こう側に、辛うじて識別出来る青い物体…既に息絶えた肉塊は、先程キヨノブが手を焼いていたドスランポス。統制を失った群れは今、散り散りになって消えていた。

「倍の距離でも外さないわ…それにしても。大した事ないのね、王国の騎士も」
「もー、何とでも言ってくれ。わーった!イヤって程解ったよ…これがモンスターハンターね」

 差し出されるブランカの白い手。すがる様に手に取れば、力強く引っ張り上げられる。これが昨日、キヨノブが臆病者と挑発したハンター達の力。恥じる気持ちもあったが、それ以上に驚愕。噂に違わぬ、それ以上の猛者揃い…山猫亭に集うハンター達ならばもしや、と。そう思う気持ちがキヨノブにも芽生え始めていた。

「わかればよろしー!むふふ、大した事ない言われてるし」

 聞き覚えのある幼い、少年のように弾む声。悪戯っ気を多分に含んだ、小悪魔を潜ませるその言葉。振り返ればそこには、メル=フェインの得意げな笑顔があった。前座の掃討クエストに強制参加させ、大自然の驚異へとキヨノブを叩き込んだ、昨夜の騒動の張本人。彼女は満面の笑みでキヨノブの肩をポンポン叩くと、そのまま森へと歩き出す。見送る背にはアイテム満載のナップサックと、華奢な身に似合わぬ巨大なボウガン。

「クソッ、憂さ晴らしって訳かよ…可愛くねぇガキだね、ったく」
「『臆病者いうた!』って…すんごい怒ってたんですよ。まるで自分の事みたいに…ふふ」
「あら、いっちゃんも今日はガンナー?ま、あの二人と組むなら、ね…」

 あの二人、が遠くからノロノロやってくる。それを見ながらブランカは、小さな溜息と共に仲間を出迎えた。恐らくルーツを辿れば、彼女もまたキヨノブと同じシキ国の血筋なのかもしれない…御嬢様ハンター、イザヨイ。怪訝な表情で舌打ちするキヨノブに、彼女は優しく微笑んでいた。

「でも、一緒に汗を流す仲間なら…その忠告なら許すって。あのコ、不器用なの」
「あ?ああ…何だよそれ。はは…なるほど、ね」

 ボウガンを担ぎ直すと、イザヨイもまたメルを追って歩き出す。それはどこか、通学途中の女学生のようで。恐るべき飛竜との死闘を予感させる、張り詰めた緊張感はどこにもない。メルに追い付き肩を並べて…二人は丘の向こうと歩いてゆく。キヨノブの心に、清涼なる一筋の風を吹き込みながら。

「まいったね、こりゃ…なぁネーチャンよ。モンスターハンターってないいもんだな」
「当然よ、窮屈な宮仕えとは生き方が違うの。それと…あの二人を見ても幻滅しないで頂戴」

 清々しさに浸るキヨノブの横で、ブランカは眉を顰めて再度溜息。端整な横顔が憂いに翳る。彼女が言う"困った子"達の御登場…これでも討伐に名乗りを上げたハンターだから、ブランカの憂慮は計り知れない。大いに不安を感じるが、それも何時もの事。何もそう、彼女達にとって今日という日は、決して特別な日では無かった。仕事を請けて大地を駆けるは、ハンター達の生きる常。

「ツゥさーん、あったま痛いッスー」
「ウホッ、飲ミ過ギト思ワレ…イッチャン達先ニ行ッチマッタゾ?」

 同じ緊張感の無さに、ここまで格差があるものだろうか?気負いも無く、気概すら感じられず。よたよたと千鳥足のハンターが、キヨノブとブランカの間を通り抜けてゆく。キヨノブの胸を渡る涼風はもう、完全に吹き止んだ。説明を求める視線に、より深い溜息のブランカ。

「少しシャンとなさい?あと一時間も無いわ…日が落ちるまで」
「あー、ブランカさん!お掃除ありがとッス!みんなもありがとー」
「わたなべ氏モGJ」

 もはやこの周辺には、モス一匹すら居はしない…大人しいモノは追い立て追い払い、獰猛なモノは先程通りに。山猫亭馴染みのハンター達全ての手で、森と丘からあらゆるモンスターが追い出されていた。雌雄一対、龍の銘を戴く火竜を除いて。
 既に黄道を帰途に着く太陽…その日差しはまだ強くとも、徐々に傾きを増している。時は近い…大自然が支配する、深遠なる闇の夜は。光ある内に戻らねば、それは人間にとって死を意味する。屈強なハンター達とて例外ではない。

「ワタリベだっつーのぉ!…死ぬなよ、嬢ちゃん達」

 合流した四人は、互いに互いを小突きながら、和気藹々と稜線の彼方へ消えていった。

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