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「むぐー、これは厳しいッスー!」

 派手に転げて地に伏しながら、悔しさを噛み締めるサンク。軋む身体を痛みだけが支配し、立ち上がる事すら適わず震えるのみ。伸ばした手も力無く空を掴む。強靭な尾の一撃を受けた時、彼女は全身の骨がバラバラになるような錯覚に震えた。咄嗟に自ら後ろに跳んで、辛うじて致命傷を免れたが…根こそぎ体力を奪われ沈黙する。

「さんくタン、モウだうんカ?先イクゾ」

 傍らへ落下してくる相棒の声。鈍い音と短い悲鳴の後、すぐさまツゥは立ち上がった。噛み千切るように回復薬の蓋を口で開けると、苦い顔で一気に飲み下す。その手を離れた空瓶が地に着く前に、彼女は再び走り出していた。獰猛な唸りを上げて襲い掛かる焔龍リオレウスへ。
 鋼よりも硬い火竜の甲殻を、金属の塊が叩く音。サンクの鼓膜を続いて揺さぶるのは、焔龍の怒声と咆哮と…再度噛み殺される悲鳴。果敢に立ち向かったツゥが再び転げ戻ると、サンクはありったけの力を振り絞って立ち上がった。よろけながらもツゥを掴み、ずるずると引き摺りながら必死で歩く。辛うじて避けたのは、猛然と土煙をあげる焔龍の突進。

「スマネーナ、さんくタン…俺ガコンナ身体ナバッカリニ」
「それは言わない約束ッスよ…って。本気でやばいッスね、こりゃ」

 もうもうと粉塵を巻き上げながら、ユックリと翼を広げて立ち上がる焔龍。その眼が探す二匹の餌は、肩を貸し合って物陰へ。地に降り立って尚、空の王は王で在り続けた。今まさに、哀れな獲物達を追い詰めながら。ゆっくり羽ばたき宙へ舞うと、その開けた視界に目標を定め…内より湧き上がる業火の吐息を吐き出す。その恐るべき炎は、空の王を"焔龍"と呼ばせる程の威力。

「くっ、もう日があんなに。サンク!ツゥさん!…叩き墜すよっ!」

 真っ赤に燃える夕日は既に、その下弦を地平の彼方へ溶かし込んでいた。長い長い影を落す火竜が、洞穴を飛び出したメルの瞳に飛び込んで来る。中空に座を占め、今まさに火弾を放とうとする焔龍。反射的にメルはボウガンを展開すると、安全装置を外しながら崖を飛び降りた。最大仰角で逆光を睨む砲口が、夕日を背に唸る焔龍を捉える。その姿はまるで燃えるよう。

「メル、後ろっ!」

 続いて飛び出してきたイザヨイが叫ぶ。その声を掻き消すように響く地鳴りと振動。身を投げ出して回避するイザヨイが、視界の片隅をすっ飛んでゆく。何かが近付いて来る…激しくなる揺れに足を踏ん張りながら、メルは銃爪を砲身に押し込んだ。同時に背後の岩盤が砕け散り、もう一つの巨影が空へと飛び出す。
 それは一瞬の出来事。仲間の声に気付いたサンクが、振り向いたその刹那。ボウガンを構えたメルと、その射線の先に羽ばたく焔龍。そして…耳を劈く砲声と共に、巣へと続く小高い丘が木っ端微塵に砕けた。同時に視界を覆う巨躯…悲鳴を上げて墜落する焔龍。

「「「メルッ!」」」

 崩れ落ちる岩礫の中へと、金髪の少女は消えていった。代わって姿を現すのは、巣への侵入者に荒れ狂う后龍リオレイア。外へ続く狭い隙間を、怒りに任せて掘削してきたのだ…メルとイザヨイを追って。今ここに、雌雄一対の恐るべき火竜が邂逅。空の王は大地に伏し、地母竜の怒りは夕焼けの空に舞う。
 咄嗟にサンクは、支えていたツゥを放り出した。否、ツゥが自ら離れたと言うべきか。頭上を旋回するリオレイアに構わず、イザヨイもボウガンの激鉄を引き上げる。最愛の少女が消えた場所から眼を背けながら。そこに立ち上がる姿を見つけられなければ、今この場で泣き崩れてしまうから。

「サンちゃん、レイアは無視して!来るなら私が墜すから!」
「解ってる…解ってるス!めるめる、早く出て来て…自分の活躍を見るッスよ!」

 最大の攻撃を放つその瞬間こそ、最大の隙が生まれるもの。不意の一撃を被った焔龍は、激痛に身を捩って地べたを這い回っていた。着弾の瞬間、鋭い殺気に気付いて睨み返した焔龍。その視界では、迫る危機に怯まず武器を構える人間の姿。それを認識した瞬間には、抉れるような痛みと共に弾丸が腹部を襲い、彼は叩き落されていた。そして今、先程逃げ回っていた人間が向かって来る。見た事も無い、理解し難い感情を顔に浮かべて。

「めるめるの仇ぃぃぃぃぃっ!」
「糞っ!いっちゃん、ピッケル!メルは俺が掘り出しちゃる!」

 サンクは身の丈程もある大剣を無理矢理、渾身の力を込めて焔龍にぶつける。尾と言わず足と言わず、何処を狙うでもなく振るわれる刃。その間にもツゥは立ち上がると、我を忘れてメル=フェインに駆け寄る。イザヨイが放るピッケルを受け取ると、未だ土煙が舞い上がる崩落現場を掘り出した。
 夫の危機に尾を翻し、后龍の咆哮が空気を揺るがす。稜線に沿って飛びながら、そのまま低い空を切り裂くように滑空。その怒りは烈火の如く空を覆う。引き絞られた矢のように今、后龍は一点目指して急降下を敢行した。イザヨイの照準よりも速く、その音にも匹敵するかのような速度で…焔龍に張り付くサンクを吹き飛ばす后龍。まるでそう、一匹の虫を振り払うように。

「無理しないで、サンちゃん!こいつを…お見舞いするからっ!」

 飛び去り彼方で旋回する后龍。その姿を追うように首を巡らし、三度空へ舞い上がらんとする焔龍。巨大な太陽に浮かび上がる、雌雄一対の翼影を背に…イザヨイは特異なシルエットの砲身を構え、その激鉄を静かに起こす。本来なら対古龍用の切り札が、薬室へと厳かに送り出されていった。

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