《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

『そりゃ、砲身は持つさね…コイツを撃つ為に生まれたヘヴィボウガンだもの』

 脳裏を過ぎる匠の声。それはどこか、愛しいあの娘にも似て。姉妹なのだから当然と言えば当然だが…今は殊更懐かしく感じる。つい先程まで一緒に居たのに、もう傍らにメル=フェインは居ない。

『コイツは正確には飛竜討伐用じゃないんだよ…まぁ、効かない事ぁ無いさね。銘入なら』

 ココット村の名工はある弾丸を運用する為に、何度も何度も試行錯誤を繰り返してきた。やがて昆虫の硬い外殻より、一丁の試作ボウガンを完成させる。実戦での運用実績も、試射試験での命中実績もナシ…加えて言うなら、続く制式採用開発の予定もナシ。イザヨイが構えるインジェクションガンはいわば、ある生物を征す為だけに生れ落ちた、武器開発競争の徒花。

『コイツは"龍"を滅する為の弾さ。この砲でしか撃てない…今はまだ』

 祈るような気持ちでイザヨイは今、滅龍弾を装填したボウガンを構える。彼女はまだ、龍と呼ばれる太古の生物を見た事は無い。ただ、今の世に伝わる龍の恐ろしさ…それに例えられる程に強力な飛竜達が今、彼女達の相手なのだ。
 ギルドは飛竜の中でも特に危険な個体に、龍の名を冠して警戒を促す事が多々ある。それらは"銘入"と呼ばれ、それぞれその名に相応しい威容を誇っていた。同種の中でも飛び抜けて大きな身体に、より凶暴で獰猛な野生。加えて人間をも手玉に取る知恵。

『銘入の連中は…ありゃもしかしたら、太古に忘れた龍の因子を受け継いでるのかもねぇ』
「なら…なら効きますよね?ううん、きっと効く筈!」

 懐かしい声に別れを告げて、イザヨイは現実世界へと意識を戻す。汗ばむ手でグリップを握り直すと、細い指を銃爪へ掛けながら。射線の先には、身じろぎもがく焔龍リオレウスの巨躯と…その頭上を飛び回る后龍リオレイアの翼。めげずに立ち上がるサンクへ焔龍を任せ、イザヨイは砲口を空へと向けた。

「ウホッ!安心シタゼ…気ヲ失ッチャ居ルガ無事ダゾ、イッチャ」

 普段通りに戻った声を、インジェクションガンの甲高い砲声が掻き消す。独特のライフリングから搾り出された砲弾は、一際高い初速で空へと吸い込まれていった。その先で羽ばたく、后龍へと一直線に…到達時間は僅か数秒。着弾の瞬間を待ちわびるイザヨイには、永遠にも感じられる一瞬。小さな身体を抱き上げるツゥもまた、時間が止まったかのような錯覚を覚える。落日の太陽すら止まったかに思える緊張の刻。

「っしゃ、いっちゃんナイス!全弾命中でございまッス!」
「一発シカ撃ッテナイケドナー…ウホッ、メルチョ気付イタカ?」
「ん…平気。みんなは…無事?」

 七転八倒しながら焔龍と格闘するサンクの、その視界の片隅で。悠々と舞う女王の巨躯が揺れた。黒い衝撃が一瞬走り、粘度の高い血液が重い雨粒となって降り注ぐ。悲痛な叫びを上げながら、后龍はバランスを崩して墜落していった。その身に食い込む砲弾は、未だ嘗て味わった事の無い激痛を全身に振りまき暴れる。まるで糸の切れた凧のように…既にもう、その翼に漲る力は無い。
 焔龍の見開かれた瞳の、瞳孔が驚愕に震えて萎縮する。唯一絶対の伴侶に果たして、いったい何が起こったというのだろうか?目の前の人間を追うのも忘れて、妻へと飛び寄る焔龍。その翼が届くより速く、后龍は大地を削って身を横たえた。ただ一発の砲弾を受けただけで。

「メル!無事なのね…良かった。ホント心配したんだから」
「しっかし凄い威力ッスねー、ありゃ何スか?」
「滅龍弾…ナル姉が作ったの。それよかサンク!ツゥさん!」
「ウム、絶好ノちゃんすダナ!…」

 その身に色濃く残る龍の因子を、激しく内より食い荒らされながら。激しく暴れてのた打ち回る后龍。その上空を飛び回る焔龍も、心なしか弱々しい羽ばたき。千載一遇の好機を前に、ハンター達は素早く体勢を立て直して攻勢に転じた。灼けた砲身を冷却しながら、次弾を装填するイザヨイ。その横では既に、メルが前衛を援護すべくダイレクトサポートを開始していた。言い表せれぬ安堵感から、再度滅龍弾を装填するイザヨイの指運びは軽やか。そして…

「さんくタンヨ、ドッチ行クカネ!」
「尻尾ぉ!!」

 真紅に焼けた空を、イヤンクック砲の咆哮が切り裂く。上空を舞う焔龍は、その巨体からは想像も出来ぬ機敏さで砲弾を避けながら…それでも后龍に近付く事が出来ない。イザヨイも加わり二重奏となった砲声は、完全に焔龍を夕焼け空に縫い付ける。そして、それを好機と后龍へ肉薄する二人の剣士、サンクとツゥ。
 ただ一発の砲弾が今、ただ一時の勝敗を決しようとしていた。それは焔龍にとって、ただ一人の伴侶を失うという事実。その恵まれた体躯と知性は全て、太古の昔に忘れた筈の…失った筈の力。種としては薄れてしまった龍の因子。それ故に、滅龍弾でのダメージは通常の火竜を遥かに凌駕する。既にもう、后龍の翼が焔龍に連添う事は無い。無残に切断された尾先が、血のように真っ赤な夕焼けに舞った。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》